4章 第3話 「水面下を見下ろす」
腐った看護師に目を付けられた少年、叢瀬勇御が殉職しかかった警察官を病室にて見舞っていたその頃。
叢瀬家では。
「ううう……なんでおはなしできないんですか? ユーゴとはおはなしできたのに」
「イファさま、ユーゴとお話が出来たのは何か特殊な能力があっての事のようですから、それ以外にこの星の人間と話すのは――――――」
正直、止めてほしい、とは言えない金髪麗人の保護者。
イファには自分と同じ年頃の少年少女と話した経験が無かった。
生まれた瞬間から何もかもが厳重に管理され、世話をする人間はいても親や友達はいなかった。
ディナも、イファに懐かれるまでは時間と労力を費やしたものだ。だからあっさり懐かれた勇御がちょっとジェラしい。
だが年上の勇御やディナとは違う新たな少女の登場(翠の髪の女は論外)。
死者のような生活で埋もれていた少女らしい好奇心が刺激されまくっているのか、イファは近づいては離れ、近づいては離れを繰り返していた。
勇御からは、『害はなさそうだが念の為要注意』、とか微妙な事を言われている。保護者のディナは気が気ではなかった。
(だいたい本当に大丈夫なの? この娘、なんかニーコッドと似たような感じがするんだけど……)
唯理・ブレイク。痛んだ金髪の男、ウィリアム・ブレイクの娘。
家から出なければ(唯理の事含め)安心、と勇御は言うが、天敵とハイエナの娘が一つ屋根の下にいてどの辺を安心すればいいのだろう、と言いたい。
言いたいのだが、肝心な勇御はまたも外出してしまった。また変なモノ(天敵とかハイエナの娘とか)を拾って来なければいいのだが。
現在、変なモノその一は、女としてどうかという姿で拘束されている。
とりあえず食事と排泄の問題はないが、ヒトとしての尊厳ギリギリの恰好をサラッと要求する勇御の姉は、本当に恐ろしい生き物だとディナは思った。
変なモノその二はイファの気を無自覚に魅きまくって微動だにしない。その何考えているか分からない寝ぼけ面は、まさに地球産小型ニーコッド。
この星に落ちて来て4日。勇御の家以来ニーコッドの襲撃は無いが、翠の髪の女を奪還するために襲撃があったらしい。
勇御は多くを語らなかったが、件の女を連れて帰らなければならなかった事態が起こったのだろう。
以前、イファは涙ながらに此処に居たいと言った。おさない少女は此処に来て、生まれて初めての安らぎと平穏を得られたのかもしれない。
それでも正直に言えば、ディナは故郷に帰りたかった。
例え戻るべき故郷が無くなっていたとしても、望郷の念は少女の守護者を苛んでいく。
◇
無条件に国益を優先する組織はどこの国にも存在する。
手段を択ばなければ道徳や禁忌、家族、友人、愛、理屈、その他全てを二の次にする人間と、その集団の作り方は、昨今ではネットを検索すればケーキのレシピの横に見つけることが可能だ。ちなみにイエローケーキの作り方はその次のページだ。
思考停止した道具。為政者の作った便利な駒。現在、勇御を追っているのはそのような手合いだ。
警察でも自衛隊でも無い、どこにでもあるような存在しない組織。
ただ、〝対策室〟と呼ばれ、霞が関に一室だけ設けられた部屋の中には電話が一つだけ。
その存在を知る数人の政治家だけが、一方的に命令を下す。質問も拒否も無し。
ただピザを注文するように命令が出され、、結果だけがもたらされる。
『対象、河岸公園前交差点を通過。入江崎方面へ依然進行中』
勇御の行動は既に監視下にあった。
機械のような人間達が、機械的に勇御を追尾し、観察し、行動していく。
目的は勇御の拉致。そして、その背後にいるモノを奪う事にあった。
電話からの命令はただ一つ。異星人に関係あると思われる全てを、誰よりも先に手に入れよ。
追尾する車5両台。人員30名。監視カメラによる監視。あらゆる手段に訴えた盗聴。建物の屋上には狙撃手に観測手、連絡員。付かず離れず入れ替わり立ち替わり勇御を囲んで移動する尾行達。
目的のモノの場所まで勇御を泳がせる算段だ。
だが、
『対象、速度に変化。進路変更。湾岸公園方面へ移動中』
『二班、配置変更。一号車を〝カシミール〟前へ移動しろ。対象の予測進路は』
『不明です。対象、現住所不明。目的地不明です。予測不能』
『新島橋前、アクアリウム方面を封鎖。対象を新島方面へ誘導。捕獲しろ』
突如行動パターンを変化させた獲物に、気が付かれたと判断するや否や即座に拉致する方針へと切り替えた。
『モノレールを停止させろ。周辺道路を封鎖。新島東側で行動に移す。三号車、周辺確保』
対象、勇御は周囲が気になるような素振りを見せながら〝対策室〟に追い詰められて行っている、ように見える。
四方を川と海に囲まれ、出入りは三つの橋を使うしかない埋立地。
新島。
勇御は圧力に逆らわず島内へ。
風下から這い寄るハイエナのように接近する〝対策室〟であったが、
獲物に気を取られた狩人は、得てして自分以外の狩人に気がつかないモノである。




