表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
HART/BEAT Experience -T-  作者: 赤川
第4章
25/34

4章 第2話 「桜吹雪の漢の花道」



 警察病院、と聞くと物々しい響きを感じるが、警察関係者や被疑者、容疑者、犯罪者でなくとも一般人の診察もきちんと受けてくれる。決して要塞の様な重警備の医療施設ではない。

 ただ、警察の組合組織が福利厚生を委託する関係上、警備等を行うのに風通しが良いのは確かだ。重要な秘密を知った警官を監視して置くにも。

 現実問題として、負傷した警官が安心して治療に専念する施設は必要だ。

「だがこうなっちまうと、身内の方がおっかねぇわなぁ……」

 公安に入って以来、スパイ映画のような事も実際に見てきて世界の裏を知った気になっていたが、宇宙人の次は公安の自分が知らないような組織の人間の登場である。

 先日の事を根掘り葉掘り聞かれた上、案の定口外無用と脅された。

 口外しないと約束した覚えは無いが、もし相手の意に添わなければ、どんな災いが降りかかるか想像するまでもない。

 警視庁公安部外事3課捜査官、長尾圭滋ながおけいじ。先日の事件で軽くない負傷を負い、身動きが取れない状況。

 相棒の相麻夏生そうまなつおも同じだろうか。気にはなるが見に行こうにもベッドから起き上がることもままならない体たらく。

 身長185センチ85キロの鍛えた身体が、今は単なる重しに思えた。

「ったく情けねぇ……」

「と、おっしゃる割にはお元気そうっスね、長尾さん」

 いつの間にか、病室の戸口に青年が立っていた。

 一瞬身構える捜査官の長尾だったが、すぐに緊張を崩し。

「おお、兄ちゃんか!」

 見た目は青年だが、実年齢はまだ少年と言って良いよわい叢瀬勇御むらせゆうご、身長176で体重が85キロとかある女顔の細マッチョだが、実はまだ義務教育課程の最中。

 面会謝絶の筈なんだが、外で警備を行っている警官がどうなっているかはあえて考えないようにした。

「約束通り花持ってきました」


                           ◇


 現在、世界に18歳未満の少年(少女)兵は25~30万人いると言われている。

 第二次大戦以前とは異なり、現在の少年兵は拉致、誘拐など本人の意に反して使い捨ての兵士に仕立て上げられるケースが圧倒的に多く国際問題になっている。

 民族意識、同族意識から望んで銃を取る少年もいるが、本質的に未成年が戦闘によって死ぬことが問題であるワケだから同じことだ。

 この問題に関して、国際世論の関心が高いとは決して言えない。

 民族浄化に名を借りた異民族女性への強姦。それによって生まれる子供の少年兵化。聖戦の名のもとに狩り集められる子供。迫害される己の民族を見て、怒りと憎しみから自ら銃を取る子供。

 そのような子供達がどのように使われるか。安価で使いやすい銃を与えられ、ただ戦場に放り込まれるのだ。

 弾避け、囮、または移動銃座のように使われ、消費されていく子供。負傷した子供は碌な治療も受けられず、解体されて戦争の為の資金にされる事も。

 戦争捕虜となった異民族の女性は兵士を生む為の機械にされる。男達の性欲の捌け口にされて、そしてまた凄惨な運命を待つ子供を産む事になるのだ。

 これらの現実はアフリカや中東の紛争地帯で現実に起こっており、情報メディアも入り難い地域である為に報道されにくい。

 政治的な問題、国益の問題から第3国の介入も難しく、あまりにも刺激の強い事実は視聴率の問題から報道側にも敬遠されがちだ。国際法も、無法地帯では関係無い。

 だが、子供を兵士にするという発想は、何も紛争地域だけの物ではない。

 監視カメラがそこらじゅうに設置され、犬の虐待が夕方のニュースになり、子供の権利と保護を声高に叫ぶような国の中でも、子供を道具に仕立てるような事をやってのける者はいる。

 子供にポン引きをさせる親。生活保護費の為に養子を飼う大人。煽てて宥めて脅して子供をギャングに引っ張り込む成年。

 痛んだ金髪に白いスーツの男、ウィリアム・ブレイクは、自分がやっている事はそれと大差無いと考えている。

 そして天敵と言える男、〝タイラントソード〟も少年の身空で戦場に出ている。誰が己を批判出来よう。

(しかし面白くないものだ……。ユリは使えたのだがな……)

 批判は無くとも今の所、結果はウィリアムの完敗だった。アレと正面切って戦う愚を犯すつもりは毛頭無いが、それならそれでやり様はある、筈だ。

 相手がどれほどの巨大組織でも、ウィリアムは常にその上を行って見せた。だが、あの男にはただ圧倒的な〝力〟だけで全てをひっくり返される。

 いささか、矜持が傷付けられた。

 矜持プライドは大切だ。自分の仕事に誇りを持ち、モチベーションを持続する原動力だ。今後の仕事や評判にも影響する。速やかに手を打たなければならない。

(そうだ。〝鍵〟となるモノを手に入れなければ主導権は得られん。それに、出来ればユリも取り返したいな)

 日本、都心の一流ホテル、最上階のペントハウススイートから下界を見下ろすウィリアム。狙撃の可能性など考えていない。

 部屋の内装も、ホテルのサービスも、この男の意識を引くことは無い。ただ子供のように、どうやったら皆を出し抜けるだろうか、その事だけを考えていた。

 そして打つべき手を定める。

 いつもやって来た事だ。隠れた所から小石を投げ、自らは目立たないように場をかき乱して観察し、絶好の機会に最小限度の動きで最大の効果を上げる。

 その時が来ることを想像した男は、ほくそ笑みながら携帯電話に向かい、投げるべき小石を吐きだした。

「そちらにカンザキという職員がいると思うが? 私? ただの情報提供者だよ」


                             ◇


 それは花、と言うよりは木、または枝だった。桜の枝だ。

「日本の桜は排ガスやら何やらで色がくすんでいるのが大体だと思ったんですけど、これは鮮やかなもんですね」

「そういやここ数年は忙しくて花なんか見てる心の余裕―――じゃなくて」

 淡雪のように白い花瓶に、いけられた桜の花は良く映えた。

 しかし長尾が言いたいのはそこじゃない。

「まさかホントに来てくれるとは思わなかったが、すぐに帰った方がいい。公安の俺でも知らないような連中がウロウロしてやがんだ。それに兄ちゃんは課長に見られているからな」

「オレの場合、何が相手でもあんまり関係ないっスね。あ、あとコレも」

 と言って勇御が取りだしたのは桜餅だった。芸が細かい。

「まぁ……甘いものは嫌いじゃねぇが」

「茶は、病院のがあるんですね」

 ベッド上で片脚を吊り上げてるゴツイおっさんと、見目麗しく早くもナースステーションを祭りにしている少年が二人して桜餅食ってる絵はなかなかシュール。

 イケない妄想をしている腐った看護師さんもいたり。果たしてどちらが×の前に来るのだろう。

「しかし思ったより大丈夫そうですね。昨日は長尾さん、ヤバい顔色してたんで正直ヤバいかと思ったですけど」

「あの後即手術でな。大腿静脈が傷ついてたらしいがなに、大したことはねぇや」

「いや十分命の危険が危ないですけど。相馬さんは?」

「まだ会ってねぇ。ついさっきまで内閣府情報管理室だか統幕の危機管理センターだかが放してくれなくてな……」

 大量出血、血圧低下で体力も落ちている所に容赦無い尋問。どちらかと言うと、そちらの方が長尾には堪えたようだ。

「後で見舞ってきますよ。相馬さん、ケーキ好きかなぁ……」

「意外とマメな奴だな、お前さんは……」

 病院の湯のみで茶を啜っている姿を見ていると、先日鬼のような暴れっぷりを見せていた人物とは到底思えない。これだけの容姿と力。他にいくらでも生きていく道がありそうなものだが。


 通称〝暴帝タイラントソード〟。PMC(民間軍事会社)NEXAS所属。

 最初に猛威を振るったのは、2年と半年ほど前にロサンゼルスで開催された主要12カ国会議だった。

 実質的なクーデターがあり、テロリストに偽装した海兵隊が各国の要人を狙ったが、主力を通りすがりの勇御に潰された事で企ては失敗。

 事件後、員数外の補欠人員としてPMCに所属する事になった勇御は世界各地で実戦に参加。あらゆる状況、兵器、策略、敵を正面から力で押し潰し、僅か2年でその筋からは災害のような認知のされ方をしている。

 その姿を見た者はおらず、しかし確かに存在する戦場の天災。だが津波や地震、ハリケーンは自ら人を襲わない。

 その影が見え隠れし始めたら、何を置いても速やかに避退すべし。

「……〝タイラント〟かぁ」

「あれ? オレ、長尾さんにそれ言いましたっけ?」

 それがこんな所で桜餅食っているとは、大統領だって知りはすまい。

「……まぁいいじゃねぇか。いや、〝平地の雪崩〟とか〝安全装置の無い核兵器〟だとか噂されているのに、実際に見ると随分気のいい兄ちゃんだと思ってな」

 だが勇御は何故か渋い顔をする。微妙に気まずそうだ。

「なんだよ。変な事言ったか? 他意はねぇぞ」

「あの……その……色々噂有りますけど、オレもいつもやり過ぎないようにー、とは思っているんですけどね……」

 暴帝にもそれなりの悩みがあるらしい。

 勇御には噂をされるだけの自覚があり、あまり自分のやって来た事に後悔も無い。と言うより、後悔の無いようにやってきた結果が、この大仰な二つ名だ。

 以前南米である傭兵組織と対立した折、

『お願い! わたしには何をしてもいいから命だけは助けて! せめて仲間の命だけは―――』

 と、年若い(でも勇御より年上)女の傭兵に全泣き(鼻水付き)で命乞いされた時は流石に、このままのやり方でいいのか、と真剣に己の行動ついて悩んだが。

 後日、その事をポロリとボスに零したら、

『犯っちゃえばよかったのに勿体ない』

 と言うどうでもいいコメントを貰った事はもう忘れよう。

「……どうしようも無い事って世の中にはありますよね。オレに出来ることなんて、馬鹿力でどうにかなる事だけっスよ」

「そ、そうか? いやおっさんは大したもんだと思うぞ」

 春の日差しと真っ向から反発する薄暗い微笑を窓の外に投げる残念な美少年。外はいい天気だなぁチクショウ。

「だがまぁ、兄ちゃんの方はホントに大変だな。って他人事みたいに言っちまったが……大丈夫か、新顔達は?」

 外の天気と違い顔色が晴れないのは長尾も同じだった。

 既に二人の異星人を保護し、更にその敵性宇宙人一人に殺し屋の幼女一人を押しつける事になってしまった。

 自分はこの有様で何も出来ない。何故か妻と子供の顔が頭から離れなかった。

「公安っても要は警察官だ。この国の治安を守るのがお仕事だ。だってのに兄ちゃんに面倒押し付けっぱなしじゃなぁ……」

「それは言わない約束よおとっつぁん」

「誰が『おとっつぁん』だよ」

 お茶目なジョークだが、勇御の微笑が若干怖い。だが、これでも長尾に気を使っているのだとわかる。

 若いのに大したもんだ、と長尾は素直に感心した。

「ミドリさんの方はガチガチに固めてあるんで大丈夫です。小さい方は何というか……なんでしょう?」

 昨日、ミドリさんと一緒に連れて帰ったウィリアム・ブレイクの娘は〝ユリ〟と名乗った。日本語で〝唯理〟。日本語も英語も会話可能。

 年齢は5~6歳と言ったところか。本人もよく知らないらしい。

 直毛の黒髪を後頭部で団子にしてるアジア系。日本人のような黄色人種。だが瞳の色が少し赤い。体格はまさに子供。イファと同じくらい。

 だが内面に関してはさっぱり分からない。

 とりあえず連れてきた経緯は説明したが、動揺や不安を持った様子は一切見られなかった。まるで感情自体が初めから存在しない、人形のような少女。

「なんにしてもウィリアムの娘だぞ。油断は出来んだろう?」

「ええまあ、そうなんですけど……多分危険は無いですね」

 気になることはいくつかあるが、邪気は無い。勇御は人を見る目に自信など無いが、人には無い〝目〟を持っている。

「事前にウィリアムに何かしらの指示を受けている可能性もあるんで、そこは目を離さないように言ってあります」

 とは言え、イファの保護者ならば放っておいてもイファに危険を及ぼす可能性のある者から目を離したりはしないだろう。

 ただ分からんのは、何故かイファの方が〝ユリ〟にえらく興味を持ったらしい事だ。言葉が通じないので近くをウロウロするのが関の山だが、ディナとしては心臓に悪い事この上ない。

「俺なんかの見舞いに来ている場合ではないんじゃないか、兄ちゃんよ」

「長尾さんには一応報告しておいた方がいいと思ったんですよ。見舞いついでに」

 しかし、たった今用事は終わった。

 勇御は席を立ち、パイプ椅子を畳んで壁に立てかける。

 スッ、と静かに長尾のベッド脇に来た勇御は、最後に声を潜め。

「で実際の所、長尾さんの方は大丈夫なんですか?」

 外には警備の警官(気絶中)がいるが、問題は長尾の身内の方だ。ミドリさんを見た事を不都合と感じた政府関係、あるいは警察関係の人間が、長尾と相麻を消しに来る可能性は無いのか。

 平和ボケした国だが、死と暴力と陰謀を秘めた闇の部分は確かに存在する。本質的に、民主主義は見える所だけで行われ、見せない所では権力者と為政者が好き勝手やっているのはどこの国も変わらない。

 国家の存続。国益。この国に住む人々の為、という〝おためごかし〟。『非常にデリケートな問題』は人命も個人の意思も優先しない。

 ヒト一人の命など、ゴミだ。

「そんなヒネたこと言っちゃいかんよ、お兄ちゃん」

 しかし長尾は、人生の先輩らしく若者に語りかける。性善説を前提にしたシステムは機能不全を起こして然り。ただ、性悪説だけが人間でもない。それなら、長尾達のように人々の為に命をかける人間など、初めから存在はしないだろう。

 善意を信じる事もまた、システムを維持しようとする人間の前提(信じる事)なのだ。

「確かに俺を黙らせておきたい輩もいるだろうが、それを織り込み済みで警護を付けてくれる分かっている奴も警察にはいる。政治や官僚の圧力を受け流して刑事の本分に徹する出来る奴も上にはいる。本気で正義を全うしようとする青い刑事もいる。だから兄ちゃんはこっちのことは心配するな」

 目の前の中年の警察官もまた、正義と信念を持った漢の一人だ。特別な事など無い、ただの人間を超人に変えるのがこの二つだ。

 現場にこんな人物がいてくれるのは、とても頼もしいことだ。

「……裏の事情はオレより詳しいでしょ? 実はあんまり心配してません」

「そうかい。なら俺より兄ちゃんの方がヤバいかもな」

 そのベテラン長尾の声色が低く、慎重なモノに変わった。静かな病室に、空調の音がやけに耳に付く。

 遠くに看護師達の声が聞こえる。長尾は少しの間耳を澄まし、周囲に気を配った。

「多分な、兄ちゃんが〝現物〟を持っている事は割と知られていると思うんだよ」

「昨日はドサクサでしたけど、長尾さんの上司とかには顔見られてますからね。でも人物特定までは難しくないですか?」

「でも時間の問題だ思うわ。今回のヤマは正直おっさんでもビビるくらいにデカ過ぎる。兄ちゃんの正体を知っても、それでも仕掛けてくる奴はいるぞ」

 冷静見れば、勇御を相手取るのは難しくなく感じる。目的にもよるが、正面から当たらず正体も悟らせず、徹底的に身を隠して事を運べばいい。

 例えば、勇御の目を盗んでの誘拐拉致、破壊工作。

 例えば今のように、勇御不在を狙えば異星人の奪取は可能。

 しかし現実に実行するには、目標の居場所も分からない上に、越えられない壁のような勇御の姉の防御システムの前に阻まれるだろうが。だからこそこうして勇御も安心して外を出歩けるワケだ。

「別にオレが狙われる分には全く問題ないですけど……」

 問題があるとすれば、ディナ、イファ、ミドリさんにユリ。彼女達を抱えての今後の見通しが全く立っていない事だろう。

 先送りにしていたが、当面の生活や暫定的な方向性を考え、苦渋の決断もせねばなるまいか。

 要するに、このままディナとイファが地球で生きていかなければならないのなら、その天敵や潜在的な脅威はあらゆる手を使って遠ざけねばならないという事だ。

「ま、気をつけますよ」

 最後の最後に、どうにも締まらない生返事をしながら、勇御は病室を辞して行った。

 そのまま考え事をしながら病院を出た勇御だったが、その直後に四方八方からの観察する視線を受ける事になる。

 予想よりも、事態が動くのは早そうだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ