3章 第7話 「遺失物法に照らし」
ウィリアム・ブレイクはこの業界では珍しくないフリーのなんでも屋である。
誘拐、暗殺、破壊工作は当然のこと、重要物の奪取、強奪などを主な業務にしている。ちなみに副業で無認可の孤児院を経営している。
こういった人材は大抵がどこかしらの組織に飼われているものだが、逆にそうではない者はズブの素人か一流のどちらかだ。後ろ盾を持たない代わりに高額報酬であるのが常であることを考えれば当然だろう。
信じられるのは己のみ。危険を察知する勘の良さはもちろんのこと、運の良さも要求される。
当然、不運を跳ねのける実力も。
ウィリアム・ブレイクはそれら全てを併せ持つからこそ、この業界での超一流として名を通すことが出来たのだ。
今もまた、それら全てでウィリアムを上回れなかったどこかの雇われ者が死体を晒している。
「まったく……目的以外の事に労力を費やすとは、無駄な事を」
それは己にかける言葉であり、また自分を襲った相手に送る言葉でもあった。
(それにしても、あの男が絡むと全く巧く回らない。暴君と言うよりは死神……いや、疫病神のような奴だ……)
狙った獲物が大きすぎたか。宇宙人を捕獲するどころか、それより性質の悪い怪物に出くわした揚句、大事な駒を一つ無くした。いや、あのティラノサウルス(タイラント・レックス)から三度逃げおおせた事を幸運と思うべきか。
ウィリアムは自分がキツネやハイエナに属することを自覚している。大型肉食獣に正面から挑もうとは思わない。
だが時として、横から肉食獣の得物を掻っ攫う事もある。
ウィリアムは思った。まだツキがあったようだ。
ニヤリ、と唇の端を歪める白いスーツの男の往く先には、あまりにも珍しい翠の髪を持った、奇妙な格好の女性が倒れていた。
◇
気合い一発。ジャンピングアッパーで天井を撃ち抜き、勢い余ってその上の階まで突き抜けそうに。
慌てて勇御が天井に突き刺さった腕を引き抜くと、眼前には鎮座して動かない機動兵器の最後の一体が。
しかも何やら腹の底に響くような重低音を発している。この上無く不気味この上ない(重複)。
「死ぬなら一人だけで死なんかボケええええ!!」
相撲の如き立ち合いから極低空で自爆兵器へブチ当たる。ただし、今回は勇御の怪力を以ってしても一撃必殺とはいかなかった。
勇御の拳がロボット兵器の遥か手前て止められ、甲高く派手な音が響き渡る。陽炎のように揺らぐ勇御とロボット兵器の像。それは、これまでになく強固なエネルギーシールド。
「でもそれだけのモノ張るにもエネルギーを喰うよなぁおい!!」
お構いなしに勇御はシールドを殴りまくる。連打は速度を無制限に上げ、シールドごとロボット兵器を押しやっていく。
「このままシールドごとブッ潰――――――!!」
勇御が咆える。と同時に、全くの不動の思われたロボット兵器が突然動きを見せる。自爆の最大効果を得る前に、目の前の敵性生物に致命的なダメージを被ると判断しての行動だった。
勇御の嫌な予感はまだ消えていない。
シールドの強度はそのまま。胸部装甲を展開して主砲の砲口を晒し、更に尾の部分、機体の各所の発射口まで開き、躍起になったかのように勇御へと光線を放って来た。
時間制限有りにつき、勇御も全力真っ向勝負。出し惜しみ無し。
「ッハーーーーーーー!!!!」
速力、パワー、集中力。能力を最大限に活性し、暴れ狂うような攻撃は人間の限界を遥かに超える。
ビームは勇御に届くことも無く打ち消され、逸らされ、弾かれる。例え最初の防御を突破しても、拳で、脚で蹴散らされる。直撃しても、まるで勇御に効いた様子はない。
機動兵器のシールドも勇御の攻撃を防ぐどころか、逆にシールド・ジェネレーターが過負荷で大破。シールドは消失し、ジェネレーターのあった背の部分が内側から爆発した。
それでも、文字通り機械的に抵抗を継続するロボット兵器は、勇御に向かってビームの爪を振りかぶる。
振り下ろされるそれを勇御は紙一重に屈んで躱わし、懐に入ったと思えばカウンターで叩きつけるフルスイングからの肘。
だがこれだけでは終わらせなかった。今まさにブッ飛んで行きそうだったロボット兵器の腕を掴んで引っ張り込み、そのまま中段正拳、抉りこむようなリバーブロー、身体ごと叩きつけるようなフック。
「ヴァッッ!!!」
致命的なダメージを負ったロボット兵器は残った腕を弱々しく向けてくるが、勇御は狂暴な肉食獣のように顎を向け、噛みつくようにして頭を叩きつけた。
◇
ようやく収穫を得られると思ったのに、どうやら今日はとことん運が無いらしく。
「ゼー……ゼハー……ゴハァー……」
またしても振って湧いたのは、暴君〝タイラント〟。
鉄屑の上で仁王立ちし、それこそ巨大な猛獣のように荒く息をついている。その光景に既視感を覚える、というかまるで先ほどの焼き直しだった。
またしても獲物を前にして、この男が立ち塞がる。
本能は圧倒的に危険→撤退を指示するが、ここまで骨を折って手ぶらで逃げだすのは何とも面白くない。
「フ―……フ―……止まった……か?」
勇御は運の無い男、ウィリアムに気づいていないのか、全く余裕の無い様子でベリベリとガラクタの装甲を毟り始めた。と思えば耳を当てて何かを聞き取ろうとしていたり。
その縦横が入れ替わった視界の中で、初めて勇御はウィリアムに気がつく。
「あ……あんたまだこんな所でウロウロしてたんか? 巻き込まれて吹っ飛んでも知らんぞ」
「なに?」
遠視の人間が近くのモノを見る時のように、目を細めてロボット兵器を凝視する勇御。
ウィリアムとしてはこの勇御の態度は看過出来ない。常に真っ向勝負の若造の言う事である。ブラフは無い。
らしくなく迷いを見せるウィリアムを他所に、勇御はコックピットハッチらしき装甲の継ぎ目に手をかけ押し広げる。かなり頑丈に密閉されているが。
「ぬぅらッッ!!」
例によって強引に引っぺがした。そして、その中にあったモノを見て、
「お? ……おー……」
暴帝は目を丸くし、なんとも言えない微妙なリアクションを見せた。
「う……っ……どうした……どうなっている」
勇御の後ろに転がっていたミドリさんも、痛んだ全身に鞭打ちふらつきながらも立ち上がる。目の前には、もはや恐怖の対象と化している現地生物。
「うおーい兄ちゃん、ウィリアムのペド……兄ちゃんにウィリアム!? どうした一体!!??」
止血した脚を引きずりながら、小脇に小さな荷物を抱える長尾も壁に体を預けながらここまで来たが、何やらただならぬ雰囲気に対応を決めかね。
「痛つつ……長尾さん?」
その後ろから、メガネを無くして頭からの出血ヶ所を手で押さえた相麻が、同じく状況を掴めず戸惑う。
一瞬、勇御が背後のミドリさんへ視線を向けるが、すぐに何かを諦めたように視線を戻した。
「お……おい兄ちゃん。何か―――何かが嫌な感じなんだが?」
「なに? なんなの??」
ウィリアムは長尾の持つ小荷物など目もくれず、ジリジリと退がり始めていた。
逆に長尾と相麻、そして吊られてミドリさんも覗き込むように勇御の向こうへと背を伸ばし。
3人の目に飛び込んで来たのは、どこをどう見てもデカイ爆弾の類とカウントダウンのデジタル(?)表示だった。
◇
「ど……どうしたの、ユウ?」
地球が滅びても死にそうにないこの弟のくたびれた姿と言うのは、勇御の姉をしてちょっと記憶にない。
おまけに、夕方近くに帰って来たと思ったら、妙な荷物を2つ抱えている。揃いも揃って煤だらけの埃塗れだ。
「で、その二人は……お持ち帰り? ユウったら姉ちゃんの知らない間ににそんな甲斐性が……」
「今は冗談を聞いている気分じゃねぇ……」
話は1時間前に遡る。
こういう様式美、と言うのは宇宙共通なのだろうか。
本来は人が乗り込むスペースだったのだろう。ヒト一人が楽々乗り込めそうなロボット兵器の内部に、大雑把に言って円筒形の物体が収まっていた。
素材や意匠がロボット兵器本体のモノと異なっており、明らかに別パーツであることが分かる。最初にバラしたロボットにも見られなかったモノだ。
トドメが、一定のテンポで変化する、光る記号の表示だった。
なんかこういうの、プレ○ターで見たことある。
「お、お、お、お、お、お、おい兄ちゃん、これってアレか?」
「似たような進化を遂げているだけあって、考え方も似るんですかね?」
「なにをのんきな事を――――痛たたた……貴女! 今すぐこれを止めなさい! 一緒に吹っ飛びたいの!?」
「多分聞き出したり止めさせる時間、無いっスよ?」
「じゃあどうするの!?」
「結構エネルギー量削ったんで、これなら大した爆発はしないと思うんですけど――――――」
言い終わる前に、勇御達は全力で逃げだした。と言っても勇御以外全員が怪我人だ。
比較的ダメージの少ない(後に頭蓋骨に罅が入っていることが発覚。)相麻が長尾(大腿部に銃創。出血多量)に肩を貸し、ミドリさん(全身打撲。両上腕骨骨折を始め、骨折多数)とプラス一名を勇御が抱えて穴開きチーズと化した化した建物から飛び出した。
「な、長尾! でかした、被疑者を――――」
「死にたくねぇなら逃げろ逃げろ! 全員建物から離れろ!」
「どこまで逃げればいいの!?」
「日本から逃げれば安心なんですけどね」
「兄ちゃん今は笑えねぇ!!」
呆と長尾達一団を見送った痩せたスダレ頭と、ちゃっかり脱出していたエージェント・スミス達も一瞬遅れて同じ方向へ逃げ出した。
遠巻きに現場を状況を見ていた警察官達も、長尾の剣幕にパトカーごと逃げ出しその直後。
眩い光が崩壊しかけた建物から走り、音と光が失われた。
そして時間は戻り、叢瀬宅。
「爆発……封じ込めればよかったのに……」
「姉ちゃんみたいにドッサリ手札があればそうしたがな。変に手を出したらその場でブッ飛びそうだったし、あの程度のエネルギー総量なら万が一爆発しても大した被害はない、って思ったんだよ」
「核爆発とかだったら総量とか関係無しにアウトじゃない。てか殴ってるし。もうどこから突っ込んでいいのか―――――」
「いいんだよいざとなったらオレにだって奥の手が―――――」
ドアを挟んで反省会、と言うか姉のダメ出し。
居間の中では現在、勇御の姉が失神したままの怪我人を引ん剥いての怪我の処置をしている最中だ。
結局、重症と言って過分無い負傷を追った公安の捜査官、長尾と相麻はそのまま病院へと直行。
最後の大爆発に巻き込まれて死んだ人間は皆無だったが、爆風と破片の嵐の中で無傷の人間もまた、皆無だった。
宇宙人の機動兵器による暴虐の犠牲者は、施設階上の財団法人職員約60名が全滅。階下の公安外事3課拘留施設に拘留中の逃げ損ねた容疑者3名と職員1名。
負傷したのが公安外事3課の6名。外国の公務員2名。急行した制服警察官40名。
物質的な損失は到底計り知れない。
現場は異星人の機動兵器が自爆したことにより、直径150~200メートルがクレーターと化し、死体の回収、判別は困難。
事の顛末を聞いた勇御の姉はその一因となった女性、ミドリさんの腕を包帯と添え木で固定しつつ、何とも言えない渋い顔をしていた。
「ん、まぁ…手が足りない中では良くやったんじゃないの? 巻き添え喰らった人たちは仕方ないよ」
「姉ちゃんはそれで納得できんの?」
「仕事で納得した事なんて、多分生まれてこのかた一度も無いなー」
脱力した人間に服を着せる、脱がせるというのはかなり労力を要することだが、なにせ勇御の姉は器用(貧乏)な人である。自分に近い体型の女性に、自分の服を着せていくなど造作も無い。
もう一人の方も、今日買ってきた子供用の服がさっそく役に立っている。多めに買ってきて良かった。人生どこで何が上手く回るか分からない。
東京の至近でこれだけの事件が起きたのだ。あまりにも現実が飛んでいる為、テレビの報道もまだ情報が錯綜しているが、ネットの方には既に当時の動画まで投稿されている。中にはかなりハッキリ、地球の物とは思えないロボット兵器の姿が映っている映像まで。
これはちょっと大事になるな。
既に十分大事になっているともいえるが、この規模にまで発展してしまうともう隠蔽も出来まい。後は猛烈な勢いで事態が転がって行くだけだ。
そんな風に今後をぼんやり予想していると。
◇
この二人を忘れていたワケではないのだが、ちょっと脳が現実から目を背けていた節が。
しかし、現実は少年に反省する時間を与えない。
「戻っていたのですか、ユーゴ。こんな所で何を?」
「おかえりなさい、ユーゴ!」
声をかけられた瞬間、(ヤッベーどうしよう)といった焦りやら何やらが湧いて出たが、声の主を見た瞬間にそんな考えが消し飛ぶ。
「おお……スゲ」
異星から来た金髪のお姉さんと人形のように愛らしい少女は、見事に地球の服を着こなしていた。特に小さい方は、最後に見た時にはサイズの合わない服を無理やり着て茶巾寿司の様になっていたのに。
「宇宙人だってことを忘れるな。……これはこれで別方面での心配が……」
これからは外国の諜報員に宇宙人に普通のロリコンに白いスーツのロリコンの事まで心配せねばならんのか。
「……なんだその顔。どこかおかしな所でも?」
「おねーさんには似合うって言われたんですけど……」
「ん? ああ、似合うんじゃないの? 違和感も全く無い」
接触しなければ意思疎通が出来ない。二人もそれは分かっているので、特に躊躇なく勇御の両サイドから触れてくる。だが年頃の少年の方は心境穏やからず。
ディナは首回りが大きく開いているボーダーセーターに黒のチノパン。この時期に薄着じゃないかとも思うが、雨中の寒さに比べればどうって事ないのだろうか。
一方のイファは、フリルやリボンのあしらわれた白と黒のワンピース。これ外着じゃないのか? と思わなくもなかったが、当のイファが嬉しそうに裾を持ってクルクル回っているので何も言わない。あまり気の利いたコメントも思いつかないし。
問題は、だ。
「ユーゴにもおみやげがあります。おねーさんもユーゴはよろこんでくれるって――――」
「あ、いやちょっと待った! 今はちょっと姉ちゃんも立てこみ中!」
「いやもう終わったけど」
前触れ無く扉は開き、扉に背を預けていた勇御がその中に倒れ込んだ。仰向けになり、姉のスカートの中が視界のド真ん中にくるが、そんな事を気にしていられない緊急事態。
「ちょ、ちょっと待った。オレまだディナになんも話してない……お願いだから――――――――」
「今話しても後で話しても同じだよ―。何か考えがあって連れて来たんじゃないの?」
日本の治安維持組織は大混乱の最中にあったし、気軽に道端でポイ捨て出来るブツでもなかったからだ。
のんびりしていたら、またウィリアム・ブレイクのような輩が寄って来ることは目に見ていたし、それにあのロリコンに子供を渡す(返す)のも断固阻止したい。
つまり、勇御が何を言いたいかと言うと。
「………おい」
「――――――考える時間をくれ……って無理?」
勇御の姉の後ろにいる人物を見て、ディナの瞳孔が散大した。ただならぬ保護者の様子に、同じ方向を見たイファも息が止まる。
二人の目に飛び込んで来たのは、つい先日イファに刃を向けた翠の髪の女の姿。
彼女らのかつての守護者であり、今は最悪の天敵となった〝ニーコッド〟だった。
「……どういう事だ? なんでアレがここにいやがる!!?」
「……!!?」
またもディナの口調が荒れたバージョンに。イファを守ることが至上命題であり、多くの仲間を殺された彼女の立場からすれば、この反応も止むを得ない所だろうが。
翠の髪の女は重傷を負っている上に、スチルワイヤーで手足を拘束されている。ワイヤーの方は姉の仕業だ。
負傷に、拘束状態。だが、例え野放しの状態でも、ディナは今のように掴みかかって行っただろう。
「ザマぁないな殺人兵器が。丁度いいから仲間の借りを返してやる!」
「………」
ディナの手が首にかかっているが、ミドリの髪の女に動揺や揺らぎは全く見られない。勇御が連れて来た時からそれは変わらない。暴れた所で勇御+姉が間近にいる状況ではどうにもならなかっただろうが。
しかしいくら肉体的に頑丈だとはいえ、このままではディナに嬲り殺しにされかねない。面倒事は一つ減るかもしれないが、勇御としてもディナがイファの前で蛮行を働き、信頼を失うような事になるは避けたかった。
だが、勇御はディナにかける言葉が見つからない。勇御がディナの立場なら、と考えれば。
(……オレなら……誰かに止められる前にブッ殺した? 他に優先することがあれば……いや、どうだろう?)
「連れてきちゃったけど……やっぱり今殺しておく方が後々の為かなぁ?」
「わたしに訊かれても……」
姉としては、この件に関しては外様だ。こんな時、このヒトは口出しを控えるが。
「まぁ……わたしなら必要な時に必要に応じて殺せば良い、って考えちゃうかな。今殺してもあんまり意味ないし」
「スゲー姉ちゃんらしいけど、もうちょっと人道的な意見が聞きたかった」
きっと姉なら明確な指針を持っているのだろうが、必要無いと思えば何も言わない人だ。今回は自分で考えるしかない、と勇御はちょっと自棄気味に思った。
イファが泣きそうな瞳で勇御を見ている事だし、とりあえず今はディナの方を止めておこう。
「聞きたい事もあるんだ。用が済んだら好きにしていいから、今はイファの前で殺すなよ、ディナ」
「……ユーゴ!?」
腹の虫がおさまらないディナは勇御に喰ってかかろうとするが、セーターを後ろから引っ張る少女に無言で縋りつかれ、怒りのやり場を無くしてしまった。
「……これからどうするの、ユウ? わたしの方もいろいろ面倒だから、あんまり手伝えないけど」
「どうすれば良いと思う?」
流石に勇御も疲れていた。
そうでなくとも苦労を抱え込みがちな姉に余計な負担を与えたくない。だが、いかんせん頭の良さでは完全に姉が上だと思っている。ここは素直に助けを求めるたい、と考えるが。
「ベターな落とし所を見極めるには先ず、現状を見極める事が最低要件だよ。大抵はそれが最短距離とゆーか、唯一のルートになるとゆーか。この人にも話を聞いて、ディナさんとは別の方向から情報を得ようとしたんでしょ? その考え方は間違ってない」
やはりこの姉には勇御の考えはお見通してである。
「……でも短絡的な結論に依らず、思考停止せずに最善を尽くそうとしてくれてお姉ちゃんは嬉しいなぁ」
「……なんで姉ちゃんが喜ぶんだよ」
「一つ注意して置きたい事があるとすれば、それはあんまり考えすぎない事。ユウの最大の長所は限界無しの大パワーにこそあるんだから、好きな落とし所が見えたら多少強引でも後は力尽くで片づけちゃえ」
「ヒトをパワーバカみたいに言わないでくれ」
自覚はあるので切なくなってくる。
「羨ましい、って事だよ。わたしみたいに因縁因果、しがらみや後悔で雁字搦めになるよりはずっと良いよ。ユウは姉ちゃんみたいにならないでね」
弟としては、姉の方にこそもうちょっと気楽に生きて欲しいと思っていた。自分から重荷を背負うような生き方をしないで。
姉が現場から放され普通の生活に放り込まれて、まだひと月足らず。いっそこのまま、ただの女の子として生きてくれれば、と。
(無理だろうなぁ……ヴィンセントのおっさん達には悪いが)
骨の髄まで修羅場に染まった勇御の姉がミドリの髪の女を引き摺っていこうとする。あまりにも手慣れていて、見ている方が不安にさせられた。今までにどれだけの人間が、こうやってこの女の手で刑場に引き摺られていったことか。
本能的に感じるモノがあったのか、ミドリの髪の女も僅かに身を固くしていた。
姉が平和な生活に染まるのは当分無理そうだ、と弟は深いため息をついた。
「ハァ……そっちはオレの部屋にでも運んどいて。こっちは……こっちもどうするか考えないと……」
「こっちの子もちっちゃいけど玄人っぽいねぇ。ま、今更ユウが見てくれで油断するとも思わないけど」
「いや、オレ結構見た目で騙されそう……。それより姉ちゃんの方はどうなのさ? そっちでも何か起こってんじゃないの?」
「ああ……こっちはまだ外堀固めている段階で……だから人の事情にかかずらってる場合じゃなかったり」
この後もひと仕事あるのさ、とヒラヒラ手を振りながら部屋から出る勇御の姉。争い事から遠ざけたつもりで、やっぱり本日も絶好調稼働中だ。今度は何を壊すつもりなのだろうか。
一分もしないうちに部屋から戻った姉の身体に血痕などは見られない。翠の髪の女は壊されなかった模様。
「あっちのヒトは頑強だから放って置いても死にそうにもないけど、こっちの子は詳しく調べてみないと……。あっちのヒトと違って脆そうだし」
「それこそ姉ちゃんの得意分じゃんよ。調べてくれないの?」
「あんまり自分の能力を過信しない事にしているの。病院に連れて行けるのならそれが一番」
外傷は無く、姉が診た所はカラダの中身も無傷であることから、脳震盪を起こしているだけらしいが。
だが事情が事情だけあって、簡単に病院に連れていくワケにもいかない。
白いスーツのロリコン野郎が奪還に来ることも考えられる。もっとも、躾けられた度合いによっては自ら帰る事を望むことも考えられるが。
改めて勇御は自覚する。何とも厄介なモノを同時に二人も抱え込んだことを。
(……捨て置くわけにもいかなかったし……選択肢なんか無かったんだ……)
やや自分に対する言い分けくさい。
落ち着きを取り戻したディナとイファは、今はその興味を翠の髪の女とは別のモノ―――別の人物へ移している。
勇御は公安外事3課の拘留施設から離れる際、長尾から二つの荷物を預かった。
一人はディナ達の天敵で、同郷の翠の髪の女。
そして、もう一人は、
「………ん………ん?」
たった今、目を覚ました。
イファ程に小柄で、見た目年齢も変わらなく見える。だが、表情は翠の髪の女ほどに感情が見えず、ハッキリと覚醒していた時すら今のように眠たい目をしていた。
勇御が拾ってきたもう一人は、ウィリアム・ブレイクの〝子供〟の一人。ウィリアムには、『ユリ』と呼ばれていた少女だった。
覚醒した少女は特に慌てる様子も見せず、首を傾げるように周囲を見回してから居並ぶ面々に一言。
「………おはようございます」
天然なのか、ウィリアムの教育の賜物なのか、なかなかの大物ぶりである。
以って現在勇御の周りには宇宙人三人に幼女一人。美人の姉ちゃん二人に女の子二人。
なんにしても、面倒事は増えたが事態は全く進展せず、今後の生活に不安を見せつつ次回へ続く。




