3章 第5話 「宇宙史の始まり」
大抵はどんな国にも、いや地球上のどんな場所にも国益の為に汚い仕事、所謂ダーティーワークを請け負う専門職の人間がいる。もちろん法的にも人道、倫理的にも問題がある。
人権と人間の限界を無視した訓練や、生理的な強化処置。人間性を剥奪され、暗殺や破壊工作等を命令され、都合が悪くなると使い捨てにされる。
程度の差こそあれ、俗に言う『誰でもない』彼らにタブーは無く、どんな手を使ってでも目的を達成するように仕込まれている。
この手の人間は心は二の次。どんな状況でも冷酷に徹し、精密機械のように壊し殺す。法や人間性やモラル、そんな疑問を投げかける者は存在しない。
彼らもまた、道具として送り込まれて機能を実行することだけを求められている。だがしかし、どんなシステムも100%稼働する保証はない。特に不確定要素、外的要因が絡む場合。
例えば、外的要因が、鬼のように巨大な障害であった場合。
「コーヒー大丈夫そうです? イファちゃんと同じミルクティーの方が良かったのでは?」
「……良い香り。……なのに……苦い……」
「やっぱダメっスね」
文字通り苦い顔で項垂れる大人の女、ディナ。甘いミルクティーを嬉しそうに啜る女の子、イファがそんな保護者を見て笑っている。
勇御の姉も見た目は笑っている。しかし目が笑っていない。
カフェテリア周辺の雑貨店、洋服店で一般客を装ってる連中を意識の内に収め、戦術の組み立て中。
周辺地理。敵の配置。頃合い良し。
「ホットドッグとサンライズトースト。『じゅういちばんふだのかたおまたせしましたー』とか聞こえたら、この札持ってカウンターに行ってくださいな」
「……は!?」
ディナからすると、物凄く不吉な微笑を見せる勇御の姉が、突拍子も無く動き出すものだから、物凄く心臓によろしくない。
「それと絶対にこの店から出ないように。誰かに呼ばれても絶対に付いて行かないでください、注文の品を取りに行く時以外」
「いきなり何を言い出すんです……? まさか何か――――」
「いえ……ちょっとお手洗いに」
「ウソつけぇッ!」
ガッと席を立って突っ込みを入れるディナ。この1~2時間で大分勇御の姉に対する苦手意識も緩和されてきた模様。その突っ込みが若干、腰が引けていたとしても。
そして、勇御の姉は作り笑いを崩さない。
「ユーゴのおねえさん。何かあぶないことですか?」
「ダイジョブダイジョブ。5分位で戻るから、どうぞごゆっくり」
子猫にでもするように、イファの毛並みを愛でつつ勇御の姉が席を立つ。同時に、番号札11番にアナウンスがかかった。勇御の姉が受け取りにいき、不慣れな宇宙人が受けに行かなくても良くなった。
軽い足取りで軽食の乗ったトレイをディナに渡し、勇御の姉はコーヒーショップを後にする。
ディナ達から見えなくなった所で、勇御の姉は口の端に狂暴な微笑を吊り下げ、見えない卵でも握るように開かれた掌は、飢えた獣のように唸りを上げていた。
左右に商店が並ぶ地下街。平日のお昼時には多くの人が往きかっている。
その流れの中、人目を引く容姿の少女が、何故か気配も無く進んでゆく。その先には、獲物にされた事に感づいた狩人達が、正体不明の少女に対して身構えた。
それから5分の間、突然倒れた外国人達が地下街のあちらこちらで救急搬送されることになる。
◇
ここよりも遥かに遠い恒星系。具体的には銀河中心から見て太陽系の反対側。やや中心寄り。
その恒星は〝ウル〟と呼ばれ、周囲の惑星で連合国家を形成していた。
統一政府を持たない惑星をも含めたこの体制を作り上げるまでは、地球でもお馴染みの紛争、戦争を数限りなく繰り返した。
そして現在、未だに貧富の差、権利の差、民族や文化の違いによる争いの火種は燻り続けている。
これらを押さえつけ、そして連合国家を纏める楔となるのが恒星系連合国家の中央運営システム。
それが〝アンシェル・キシュラ〟だった。
かつて、星の数ほどの命と宇宙ほどの血を犠牲に打ち建てられた連合。それが、繰り返される国家間の対立で瓦解しようとした時、真に平等で公平で効率的な連合の運営の為に作り上げられた、人のエゴによる干渉を完全に排除したシステム。
1000年の戦争を経た人々が縋った、平和と安寧の為の創られた神。
連合運営の為のあらゆるシステムはそこへ集中、統合され、その時が訪れるまで33の惑星16の衛星の人々を導き続けた。
〝ニーコッド〟とは、連合内外での紛争の鎮圧や大規模な破壊活動に対処する為に、アンシェル・キシュラが作り上げた戦闘用の生命体だった。
ニーコッドが生み出されてから起こった連合内の戦争は一度だけ。それも、ニーコッドによる圧倒的な制圧力とアンシェル・キシュラによる完全な強制統制により三日で終戦となった。
それは、心を持たないシステムによる統治を拒否する意思から始まった戦いだったが、連合内にシステムの絶対性を印象付けるだけの結果に終わった。
概ね人々はシステムによる統治を受け入れ、そして統治を受け入れた者にシステムは最大効率を上げてこれに応えた。
結果として、小さな不満は多少あれども恒星系連合国家は500年の平和を手にする事になった。
だがその平和は、システム〝アンシェル・キシュラ〟の下した連合国家の消去の決定と、その実行戦力〝ニーコッド〟によって破られる。
システムの閉鎖によるライフラインの崩壊。ニーコッドによる侵略と破壊。新たな秩序による古い秩序の抹消。
しかし500年の平和に浸っていた人々にこれに抗う術はなく、碌に抵抗も出来ないままごく一部の人間のみが恒星系を脱出し、
そして現在。
(あいつらは狂った機械だ……無抵抗の人間を殺し、イファさま……こんな小さな子供まで)
話を聞けるようになるまでは大変だったが、ようやく聞く事の出来たディナ達の境遇はこんなところだった。主に聞き出したのは勇御の姉だったが。
目の前にいる翠の髪の美女は、星間連合国家の管理システムが作り出した生体兵器。ディナも知る人達を殺し、住んでいた街を破壊した。
自分達と変わらない姿カタチを持ちながら圧倒的な戦闘力を内包し、暴虐の限りを尽くした彼ら(彼女ら)をディナがどう思っているのかは想像に難くない。
そして、ここまでの勇御の語りを外で聞いてしまった公安外事三課の刑事、長尾と相麻の驚きは想像のしようも無い。話が文字通り宇宙まで飛んでいるから付いて来れていないかも。
勇御としてもディナと意見はそう変わらなく、イファに銃を向けたこの女を見た時には、殺すつもりで箪笥を投げてしまった。だが、それに耐えて五体満足、というのも驚き。本当に人間よりも強靭な生命なのだと、女の腕を見て勇御は思う。
「そういやまだ名前聞いてなかった。あんた達〝ニーコッド〟にも個体を識別する名前ってあるの?」
「………」
『私は機械ではない』。そう発して以来、彼女は口を開いていない。
とりあえず、勇御が手を接触させる意味は察したらしく、無理やり振り払うようなことはしない。勇御の方でもかなりの力で相手の手を押さえつけている為でもあるだろうが。
「まあいい。あんたらの目的は? システムとやらは具体的には何を命令した? 社会を維持するシステムが、わざわざこんな所まで逃げた一人や二人を大人数で追いかけてきた?」
「………」
意味は通じている。でなければ、わざわざくすぐったい思いをして部分的に接触をする意味がない。
宇宙人の黙秘する権利など有るんだか無いんだか分からないが、こういった場合には二種類の人間しかいない。殺される前に喋る奴か、死んでも口を開かない奴か。
勇御としても異星人を相手取るのは初めてだし、姉と違ってこういう状況での対処法も心得が無い。勇御は殴り合い専門である。
だが彼女が前者か後者かと問われると、どうだろう。
一見して氷点下の貌に抑揚に乏しい声。しかし勇御の目で観察していると、まったく感情に乏しいワケでもない様子。
惑星連合の法と秩序の守り手としてその歴史に創造された存在であり、自らを『機械ではない』と主張する自称〝人間〟。
ただ命令に阿るだけではなく自らの意志と想像を以て動くのであれば、それはたとえ機械の入れ物でも人間であるといえる。
緩慢に目的を実行しようとするだけの機械なら五秒で鉄屑に変えてやる所だが、人間となれば手加減もせざるを得ないのが勇御だ。
相手の作りが金属ベースであってもなくても。
「俺個人としてはあんたの話を聞きたいな……たとえば、子供を殺すことに抵抗や禁忌は?」
「……」
「子供を守る事は未来を守る事、なんて立て看板を持ちだす気はない。地球でもアフリカの紛争地帯なんかじゃ子供は弾避けか鉄砲玉にされる。少年兵なんてまだいい方だ」
「……」
「種族が違う子供を守るモラルはあんたらニーコッドには存在しない? それとも種そのものに始めからそんなものは存在しないのかな? ただの殺傷兵器にそんなものは必要ないのか」
「……」
「あんた達はどうして自分達が作られたのか理解しているんだろう? どうにも分からんのだけど、ニーコッドが最初に作られた頃には既に無人兵器が実用化されていたはずだ。なのにどうしてただの兵器を、命令されて動くだけの道具を一つの種族としてこさえるような無駄な事をしたのか―――――」
唐突に勇御の手が振り払われた。
椅子を蹴って立ち上がった翠の髪の女は一見無表情を保っているが、よく観察すれば瞳の奥に鮮烈な怒りを見てとれる。
思ったとおり表冷内熱。だが鎧を纏って誤魔化すタイプだ。これならば扱いやすい。
しかし勇御だって尋問方法に明るいワケではない。繰り返すが勇御は殴り合い専門。姉ちゃんならもっと巧くやるのになぁ。
「……我らは〝ニーコッド〟などではない。ウル恒星系エリドゥ帝国の……人間だ。機械でも奴隷でもない」
そして残念な事に女の主張は勇御には届かなかった。手を振り払ってしまっては意思疎通は不可能だから。
勇御は黙って翠の髪の女を見つめる。外見には落ち着いているように見えるが、内心では困っているだけだ。なにせ他に手の打ちようがない。
女は暫く勇御を睨んで立ち尽くしていたが、やがて自から勇御の前に戻って来た。
「では………最初から。あんたのことは何と呼べばいい?」
◇
都の近郊、警視庁公安部外事三課の使う特別拘留施設。
拘留室の一つにて宇宙人と部外者が面談し、長尾らが部屋んの外で待機しているそこへ、急ぎ足で来るスーツ組が四人。
「!? 長尾さん……!」
「おーう課長ぉ……と、誰だあいつら?」
肩をいからせ先頭を歩いてくる痩せた体のすだれ頭は長尾と相麻の直属の上司。外事三課長だ。しかしその後ろと左右にくっついているスーツ姿は、長尾も相麻も見覚えが無かった。
黒いスーツに黒いサングラス。そして三者三様の間逆を行く無個性振り。同一人物にさえ見える。
特徴といえば、スマートに見えてがっしりとした身体つきをしていること。そして、日本人ではないと言うことだった。
「長尾! 貴様一体何をやっている!?」
開口一番、神経質そうなスダレ頭がスパークした。
「どうも課長。先日言った爆発現場近くで連行した不審な外国人の拘留を―――――」
「『不審な外国人』だと? 貴様!? ……貴様今はこんな所で何をしている?」
今は拘留室内で勇御がネイスと差し向いになっている。一般人(しかも未成年)が逮捕勾留している人間と二人だけで会っているのだ。当然拙い。
だが、長尾も相麻もそんな焦りはおくびにも出さず。
「IDもパス(ポート)も無い外国人を住宅地爆発の現場の近くで発見しましたので連行しました。言葉も通じなかったので現在は通訳に話を――――」
「ま、事件との関連についてはボチボチですがね。何か分かりましたらすぐに報告を入れますよ。それより後ろの方々はどちらさんで?」
「貴様には関係無い! 何が『報告します』だ。ただの外国人などではない事を知っていて報告しなかったな。長尾、相麻!?」
核心をピンポイントで突かれる二人だが、それを素直に顔に出したりはしない。
「『だだの外国人ではない』とは? こっちはようやく南アフリカ系少数民族の系類で中東に大移動した末裔が東欧の小国に帰化したインド在中の外国人ってことしか分かっていませんが?」
「おかげで言葉がわかる人間を探すのに苦労しました」
「ええい黙れ黙れ黙れ! 貴様の口先三寸はもうたくさんだ!! 拘留中の外国人は移送される、いいな!」
課長が言うが早いか、先ほどから一言も発しない外国人三人が拘留室の扉に近づく。これを長尾と相麻が立ち塞がって動きを制した。
「長尾、命令だぞこれは!」
「まだ名前も聞いてない外国人をそこの〝エージェント・スミス〟に売るつもりですかい、課長?」
「これは上の決定だ! 現場の人間ごときの判断が及ぶ所ではないぞ!」
どういう伝わり方をしたかは知らないが、案の定某国の圧力が長尾達を襲う。
一応、日本の一警察官として言うべきことは言っとくが、だからと言って件の宇宙人をどうしたいかと言われると、イチ警察官には持て余しているこの現実。
しかし外国人犯罪や防諜を主任務とする三課の長が、合法的に活動しているか怪しい外国人の走狗と化しているのはどうなんだろう。長尾は三課に入った当時の信念を今になって思い出していたりいなかったり。
その怪しい外国人(×3)は長尾達など見えていないという様子で脇をすり抜け、扉の取っ手に手をかける。
◇
外で怪しい外国人、長尾曰く『エージェント・スミス』が扉の取っ手に手をかけたその瞬間、フォン……フォン……と、どこからともなく透き通った音が流れて来た。
音の出所はどうやら勇御の目の前に居る女からの様だ。音質こそ違うが、その響きに妙な既視感を感じる。
アレはたしか、勇御の家がぶっ飛んだ直前だったか―――――――。
「……ってテメェ!?」
「………ッ!!」
勇御に襲いかかる翠髪の女。人間の形をしているが中身は遥かにハイスペック。鋭く尖れた爪が勇御の顔面を引き裂きにかかった。
思いっきり顔面を縦に引っ掻かれるが、ミサイルの直撃にも
「いだあッッ!!??」
で済ませる勇御であるから、例え眼潰しを喰らっても問題は無いが、
問題はその直後。
ズズンッッ……という振動が施設を揺らす。腕を捻り上げて翠髪の女を制圧した体勢で、勇御は天井へ視線を走らせた。
その天井の向こうに見える、つい先日に交戦したのとよく似た機動兵器の存在が。しかもその数、十体。先の振動はそこからの攻撃だった。
そして時を同じくして、この混乱に乗じて施設に侵入してくる影達があった。全部で五組。国籍はバラバラ。セキュリティーが脆いとは言えない施設に裏口から、二階から、屋上から、そして正面口から侵入してくる。
その中に、白いブランドのスーツに身を包んだブロンドの男がいた。
◇
公安外事三課、特別拘留施設はその性質上、常に襲撃される可能性を抱えている。
故に場所は自国民にも秘密。ごく一部の人間しか知らないし、外からも見つけられない。ここは某公益財団法人施設の地下にあった。
上の人間も地下に何があるかを知らない。その施設の特殊性故、事情を知る人間の指示により、先だっての事業仕分けの対象にもならなかった。
だから、とばっちりも良いところだろう。突然現れた謎のロボット兵器に建物を、人を無茶苦茶にされる。
光線、熱線が降り注ぎ、鉄筋コンクリートを切り裂かれ、焼かれていく。その最中で人間が粘土の人形のように、何かのついでのように壊されていった。
この機に乗じた者達は、そんな犠牲者たちを一顧だにしない。
目的はただ一つにして、ただ目的のみに邁進する人間達。彼らもまた、タンパク質で構成された機械に過ぎなかった。
「保安室! どうした保安室、応えんか!」
壁に設置してあるインターコムに怒鳴るのは、長尾達の上司である外事三課長だった。
爆発音と衝撃は彼らの居る地下までを揺るがし、止む気配が無い。
何が起こっているか分からないが、これが事故や地震の類ではない事だけはわかっていた。
「なんか相麻……俺ァ今、ものスゲー嫌な予感が……」
「ええ。私も死体も残さない死に方をする前に逃げ出したいのですが」
「本庁に緊急事態を要請しろ! 聞こえてないのか保安室!?」
保安室どころか、周囲1キロの通信ラインは電磁パルスのノイズでオーバーフローを起こし、使い物にならなくなっていた。だがすだれ頭の三課長にそれを知る由も無く。
こんな緊急事態を無視して、サングラスに黒服の〝エージェント・スミス〟は拘留室の扉に手をかけた。
「仕事熱心なこった……」
「黙っていろ長尾! お前はこんな所で油売っとらんで上の様子を見てこい!」
「課長、拘留中の容疑者は――――!」
「楯突くのか相麻―――――!?」
そんな捜査官達の言い争いも己には関係ないと黒服は態度で示し、扉を開いたその先には、
「ッあ! 離せ野蛮な化け物め!!」
「子供に銃向けるようなクソったれより化け物の方がマシだわボケぇ!!」
纏っていた服が部分的に引き千切れ、下から胴を持ち上げられて暴れる翠の髪の女と、上から滅多打ちにされて牙を剥く少年、勇御の姿があった。
その場面をどのように解釈していいのか、流石に〝エージェント・スミス〟達の動きも止まる。
「おま……何やってんの? 新しいプレイ?」
「……所詮は男……ですね」
「これ見てどうしてそういう感想になるのさ!? てかこっ……押さえるとかぶヘァッッ!?」
喋っている最中に膝蹴りを喰らい、勇御が顎(+舌)を強打。立て続けに横っ面を蹴り飛ばされ、それでも勇御は手を離さない。鼻は折れないが心の方が折れそうだった。そうなれば勇御が加減をし損ねて女の背骨を折りかねない。
見た目では勇御が力任せに翠の髪の美女をお持ち帰りしようとしている様に見える。実際には並みの人間なら頭骸骨を砕かれかねん威力で蹴り飛ばされているワケだが。
「その女を引き渡してもらう」
「ああ!? このクソ面倒な時に何言ってんだ。コレ奪還しにとんでもねーのが突っ込んで来ているってのに――――」
勇御の言も完全に無視し、勇御の抱える翠の髪の女の腕を掴みにかかるエージェント・スミス達。だが抵抗する女の力は完全に男達の予想を超えており、体重100キロを超える男が二人がかりで振り回される。
パッと見は恋人同士の痴話喧嘩にも見えた勇御と女のやり取りだが、その内実はクマとトラの喧嘩に等しかったのだ。迂闊に近づくと巻添え喰ってスライスにされる。
「な、何だこの力は!?」
「薬を使え。すぐに運び出せガハッッ!!??」
「触るな原生生物が……」
そして肘打ちで顔面をタタキにされかかる〝エージェント・スミス〟の一人。とりあえずスカしたサングラスは片面粉砕。
一方、暴れる翠の髪の女を抱えたままの勇御だが、こちらもそんな悠長(?)に構えている場合ではなかった。
「な、長尾さん。ヤバイ兵器が十体、こっちに向かってる! すぐに退避してください!」
「なに!? やっぱりか! ヤバいのか?」
「生身でやり合うと多分挽肉か消炭にされます」
「そりゃヤバい」
そんな緊張感のない会話を交わす間にも、地上は悲惨な事になっていた。
壁など障害物にもなりはしない凶悪な機動兵器群は、路傍の石コロのように人間を蹴散らしていく。
レーザーが、プラズマが、イオンブラスターが、そして分子分解ビーム(仮称)が豆腐かゼリーのように建造物を抉り取ってゆき、終には地下5階、約100メートルのフロアに殺到した。
「って状況だってのに、それ、何やってんスか長尾さん?」
敵は単独でも戦車どころか巡洋艦クラスすら撃沈しかねない化物兵器。それが10体、徒党を組んで来ているのだ。
一方、長尾と相麻が遊底を引いているのは9ミリ口径の拳銃。装弾数9発。どっちかと言うと自衛隊員の装備で、警官の持ち物としてはかなり上等な部類に入るが、これでは相手の装甲にすら届かないだろう。
「そいつは兄ちゃんを……あの〝タイラント〟をビビらせる程の代物なんだろ?」
「……ビビるっていうか……普通の人間だと多分簡単にミンチに……」
「そんなのにこんなもので勝てるなんて思っちゃいねぇが、警察官としてやるべき事はやらなくちゃなぁ」
「いつもそんなに仕事熱心でしたっけ、長尾さん」
「俺ァいっつも仕事だけぁ真面目にやってんのよ」
そこ限定なんだ、と変に感心してしまう勇御だったが、また一段と近づいた爆発音に我に返った。即、その目で壁を透して敵を確認すると。
「長尾さんヤバイ! もうすぐそこまで来ている!」
「おっとそりゃヤバい。兄ちゃん、連中の狙いはミドリちゃんだな!?」
「多分。服に発信機が縫い付けてあったんですよ。ブッ壊しましたけど」
「レイプ未遂じゃなかったのね……」
「警察の施設で強姦って、どんだけチャレンジャーなんですか、オレ」
「〝タイラント〟(暴君)ってそういう意味なのか、と納得しかけてました」
非常事態の最中にして力が抜けた。もう帰りたくなってきている。
しかし、冗談でもこの場を放棄すれば何人死人が出るか分かったものではない。
「な、長尾!? 一体何が起こっている!? 襲撃してきているのは何者だ!?」
「そこのエージェント・スミスに聞いてみればいいんじゃねぇですかぃ? ミドリちゃんの正体にアタリが付いているんなら、何が取り返しに来ているかは想像もつくってもんでしょう」
「それでこれからどうします? 叢瀬さん。敵の正体に見当は付いているんですよね?」
「分かりやすく言うとビーム兵器とエネルギーシールドを備えた人型UFOです。数は10体」
「今すぐに逃げましょう」
迷わず逃げにかかる出来る女、相麻夏生だったが、先輩で相棒のベテランは意見を異にする。
「被疑者や容疑者の安全を確保するのは警察官の義務だ。お前警察何年目だ?」
「6年になりますし、これからも日本を他国の諜報員やテロリストから守っていきたいと考えています」
「その心は?」
「〝○07〟や〝2○〟で死ぬのなら本望でも、〝スター○ォーズ〟で死ぬのは真っ平ごめんです」
いまいちその辺のこだわりが分からないのは、きっと勇御の日常がアクション映画だからだろう。だけどホラー映画は勘弁な。
「ところで〝ギャラ○ティカ〟とか〝スター○レック〟とか〝アンド○メダ〟ってアレSFなんスか?」
「今度みんなで〝プレデ○ーズ〟見に行こうぜ」
「さながら長尾さんは高所恐怖症の警部ッスか?」
「私はまだ天井に引き摺りこまれて死にたくありませんよ、ダニーボーイ」
「貴様ら質問に答えん――――――!!」
すだれ頭の痩せた三課長が顔を真っ赤にして怒鳴ると同時に、廊下の突き当たりが轟音を立てて突き破られた。
勇御以外、誰もが目を疑っただろう。メタリックな巨獣がその体躯を捻じ込むようにしながら、特別広くもない地下の廊下を掘り広げながら突っ込んで来るその光景を。
生き物と言うものは人間に限らず、理解を超えた現実に直面しては情報処理が間に合わずに硬直する。
一般人よりも圧倒的に荒事に慣れているこの場の人間達にも、自分が異星人の機動兵器に押し潰されるなどという死に方は想像も出来なかっただろう。
壁を押し広げ、床を沈め、天井を崩して突っ込んで来る逃れ得ぬ運命という名の超特急。
だが運命と言うモノもまた、時に強固な意思によって真っ向から打倒される。
「―――でぃえええええええええりぃあああああ!!!」
耳の近くで雷が落ちるような音。
その拳(というか肘)は、勇御の断固たる意思を表す一撃に他ならず、敵機動兵器の正面装甲を叩き潰した上、半分壁に埋まっていたその巨体を大きく後方へと叩き返した。
ロボット兵器を肘で撃ち抜いた張本人、勇御はその姿勢のまま、原形も残さずグシャグシャに潰れた機動兵器を見て一言。
「しまった……ちょっとやり過ぎた」