3章 第4話 「姉の方もよろしく」
勇御が絶叫と共に携帯電話のキーを連打していたその頃、その姉はバイク三人乗りという無茶をして大型量販店へと来ていた。
何の為に勇御が神経すり減らしていたのかと。
「にしても相変わらずユウも甘い……偏り過ぎなんだよなー」
姉の方もその辺りの事は心得ているが、見た目に反して攻めの人。
「どうせバレまくってんだから守りに入ってもジリ貧だっつーの。本番前に弱いとこ見せてどうすんだか」
「ユーゴは弱くないですよ?」
こんな似非自称平和主義者の袖を引っ張る健気な抗議。
忘れていたわけではないが、虚を突かれたような顔で勇御の姉が己の傍らを見ると。
「ユーゴはスゴイんですよ。こわいへいしをアッというまにたおすしモノを投げてフネだっておとすんです」
小さな身体を目一杯いからせ、物言いをつける小さな少女。
ディナよりもやや背が高い勇御の姉であるからして、イファからもかなり見上げる姿勢になる。
姉的に、妹が(も)欲しかった、とか思いながらその頭をナデナデと。
かなり髪にもボリュームがあって手触りが良いが、この腰までの長さで更にボリュームたっぷりというのは、本当にこれでいいのだろうか。もしかしてそろそろ美容院にでも行った方が良いのでは、と思わなくもない姉だった。
「あの、あまりイファさまに乱暴な事は……色々と繊細な方なので……」
そんな勇御の姉を見て、少女の保護者、ディナは気が気でない模様。しかし強い態度に出ないのは、やはり第一印象が良くなかったか。生物として完全に気合負けしている。
「そんなに心配しなくても何もしやしませんよ。いやそれにしても我が弟にロリ属性が無くて本当に良かった。どっちかと言うとディナさんの方が一つ屋根の下では危険」
「どういうことですかそれって!?」
「年上の金髪……髪が長かったらド真ん中ストライク。ユウの力はもう知ってると思うけど……まぁ女の子無理やり押し倒す奴じゃないから」
「本当ですかそうなんですかわたし達に危険は無いんですか!?」
何故か不穏当な科白がディナを狙って発射。そして身内にバラされる青少年の女性嗜好。勇御もまた、姉の横暴に苦しむ世間一般の弟に過ぎないのか。
◇
嫌な予感をバシバシ感じ取り、思わず取り乱して携帯電話のキーを本体ごと押し潰してしまった叢瀬勇御。だったが、冷静になってみれば姉のやる事で、考えも無しに重要な保護対象を無防備にも外気に晒すなど、そんな初歩的なミスを冒す筈も無く。
(姉ちゃんが付いてるのなら、いっそ俺が付いているより安全かもわからん……)
とりあえず姉にはメールだけ入れておき、そして勇御が訪れた場所は。
都内近郊
警視庁公安部外事三課、特別拘留施設。
「おーう来たなぁ。て兄ちゃん、そういえば学校どうしたぁ?」
「分かっているとは思いますが、ここの場所や内部の情報、見た物、聞いた事、全て内密に願います。場合によっては違法行為に問われることがあるのをお忘れなく」
見知った捜査官の二人に出迎えられ、勇御は秘密の場所へと足を踏み入れた。海外のスパイや工作員を相手取る組織なだけに、こういう場所も自国民にも知られないように持つ必要があるのだ。
宇宙人を入れることは流石に想定外だったろうが。
「あるいは何者かが彼女の奪取に動くかとも思っていたのですが、ここまで動きはありませんでしたね。あなた、まさか付けられて来ては?」
「途中で思いっきり人間には無理目なショートカットして来たんで大丈夫だと思います。それにここじゃあ衛星からの監視も無理でしょ?」
具体的にどんなショートカットかといえば、スタントマンでもやりそうにないアクションシーンの連続だった。
「可能な限りうちで面倒見るとして……聡い野郎……例えばウィリアム辺りは昨日の顛末を見れば何が起こったか予想くらいするだろうからな。ここにでも襲ってくるかもしれねぇ」
「むしろ私達にはチャンスかもしれませんが」
勇御はそれをわざわざ止めようとは思っていない。今の時点では。
だが何か起こるその前に、聴けるうちにディナの話を聴いて知っている事実を補完しておきたいのだ。ディナやイファの、敵性側の話を聞いて。
「そういや回収した装備の方ってどうなりました? いや、長尾さん達の好きにしてもらってもいいんですけど」
「あんなヤバイブツ、どうすりゃいいんだ……見ちまった俺らもヤバイんじゃねーか?」
「長尾さん……家族は?」
「やめてくれよお兄ちゃん。洒落にならん」
窓の無い廊下を女性捜査官、相麻夏生の先導で進む三人。その片側にだけポツンポツンと無骨な扉が並んでいる。
扉には樹脂製の覗き窓が。中には拘留されている人間がいる。
そして勇御の目の前にある扉の向こうには、異星人が拘留されている。
「警察の方にこう言うのもなんですけど、なんでしたら俺の方で護衛なり保護なり付けますよ? 危険物の処理も、手に余るようでしたら」
「自分の面倒くらいは自分で見れらぁな。警察官が一般人のガキに頼りっぱなしってのもな」
「相麻さんは?」
「右に同じく、ですね」
「ま何かあったら頼まぁ」
扉のロックが外され、扉が開かれる。
拘留に用いられる部屋は、一面が白い内装に壁に固定された簡易卓にベッド、それに手洗いが。そして一番重要な、閉じ込められている人物が居た。
ディナとイファを地球にまで追い詰め、墜落した所を高速道路諸共に空爆し、ついでに勇御宅まで吹っ飛ばし、機動兵器で勇御と殴り合い、ディナに刃を向けた所を飛んできた洋服ダンスに跳ね飛ばされた、彼方の星から来た敵性宇宙人の女。
「ディナ達の時ほど苦労しそうはないな……」
部屋の端、ベッドの上で警戒感剥きだしで睨みつける緑翆の髪の女。
勇御が『ネイス』という彼女の名を知るのは、まだ大分後である。
◇
○八百貨店二階、婦人・子供服売り場。
試着室の外では、ピンクのポンチョ姿になったイファがしゃがみ込んで、ディナの着替えが終わるのを待っていた。
愛らしい顔立ちに後ろから見れば背を覆うほどの長さの髪。さらに、この追加装備でいよいよロリコン接近禁止な仕様に変貌を遂げた。
一方、その保護者は。
「あ、あの! これはなんか物凄く無防備な気がするんだけど、この星ではこれでいいんですか?」
「良いんだよ、この文化圏ではこれが普通。わたしだってほら」
「そ、そうかもしれませんが……なんでこんな……大体これ、簡単に外れたりズレたり、しかも簡単に破れそうだし……もっとしっかりした服は?」
「まあ無くもないけど諦めてくれ」
「なんで!?」
ディナとイファの暮らしていた所では、服と言うものは体型にピッタリフィットし、かつ動きやすく頑丈で快適なモノなのだという。
要するにディナ達が地球に降りて来たスーツが、そのまま普段着になっているとか。また、室内室外や行動目的に合わせてスーツに付けるモノが変化する。
そんな服装に慣れているディナであるからして、この星の(この国の)服装は頼りない事この上ない。
もちろん勇御の姉のコーディネートにも問題はあるが。しかしこの女、ここぞとばかりに楽しんでいる。
ちなみに、一応学校に行くつもりだった憂薙は制服のまま。自分の服装はファッションより防御力重視。後はどうでも良いとの事。
「着け方覚えた? 女物の下着は大体こんな感じだから。後ろとフロントの違いもあるけど……もう一着買っとくか。ガーターとかは機会があればまた今度だな。……念の為にジーパンも一本買っとこう」
こうして出て来たのは、ワイシャツにチェック柄のプリーツスカート、腿までのニーソックスにブーツ。上着に襟にファーを付けたコートというコーディネートを施された金髪のお姉さんだった。
子供用の制服のようなブレザーにディナと同じ柄のプリーツスカート。その上にピンクのポンチョを羽織ったイファと合わせても、地球人と何ら違いが見られない。
「……うん、まずまず」
二人を並べて見てとりあえず納得する勇御の姉。
フッ、と何か満足したかのような吐息を吐く少女に対し、ディナはやはり釈然としてない模様。特に下半身が。
「イファちゃんはどうかな。痛いとか痒いとかある?」
「私は下が酷くスースーするんですが……」
「スカートなんてそんなもんだよ。しかし人が穿いているのをいるのを見る分には可愛い」
「……なんだと?」
自分がやられて嫌な事は、人にやってやりましょう。
「んでイファちゃんはどうなの? ちょっとクルリとその場で回って見せて?」
意図を掴みかねるイファだが、勇御の姉の言うことであるから素直に回って見せた。
ピンクのポンチョが傘のように広がり、胸元の同色のボンボンが元気に揺れた。
「うん、可愛い。すっごく可愛い」
頭を撫でられるイファは、少々困惑気味でも嬉しそうだ。
「そしてディナさんも文句なく可愛い。ちょっとカッコいい成分も入っているのがとても良い」
「う……うう、そう?」
「ねー、ディナお姉さんいい感じだよねー?」
「はい。ディナのすかーと、かわいいですよ」
「うぃ!? イファさままでそんな――――」
無邪気に頷く幼女を見て、何故か男前な感慨深い微笑を見せる勇御の姉。そして、さりげなく向かいにある紳士服売り場の方を横目で窺う。
(ただでさえこの国じゃ外国人は目立つのに……まぁこの際、分かりやすいのは良いことだ)
紳士服売り場の試着室やスーツの向こうに、チラチラと玄人臭い男達の姿が見える。
「あと5~6着服買って、下着も揃えて、他は生活用品か……それだけあれば生活するには困らんだろう。……ついでにメガネも買っといて―――――」
そもそもは二人が地球で生活するための買い出しの筈だったのに、既に勇御の姉の趣味に走りだしていた。
あっちでは出番が少ない主人公なのでその辺の描写はまだ成されていないが、あっちではやさぐれて(不貞腐れて)いるだけで、本性はこんなもんだ。
そして、
「―――そろそろやるか」
平和な生活の中で押し殺す、狼のような本性が目を覚ます。
◇
〝ミドリさん〟の姿恰好は先日から変わっていなかった。
スクラップにされた機動兵器から這い出て、自ら瓦礫と変えた勇御宅の怒りの箪笥に直撃された時のまま。
元より頑強な種族故か、常人なら骨の一本や二本どころか内臓まで逝っててもおかしくないダメージだった筈だが。
「何ともないっスね……」
「奴さん落ちている間に医者にも見せたが『何ともない』ってよ……そもそも人間じゃねーんだがな。ヤブか、あの医者」
見た目からは青痣の一つも無い。医者がヤブでないとしたら、彼女らは地球人とほとんど差異を見る事が出来ない生物である、という事になる。
興味深い。そちらも早いうちに検証したいが、今はもっと他に確認をしなければならない事が。
姉の協力で意思疎通が可能になってから、ディナ達の状況と敵の素性については大まかに話を聞いている。
彼ら(彼女ら)は生物的強者として人工的に創造された種族。そして、ディナ達の社会と文明を守る事を存在理由としていた者達。
その、筈だった。
「オレもついさっき聞いたんですけど、見た目華奢だけど中身はゴリラ並みらしいっスよ?」
「マジかよ? ヤッベ、話聞こうとした時俺一人だった。良かった殺されなくて」
確かめなければならなかった。常に、敵を知ることから戦いは始まるのだから。
そういう意味では、まだ開戦前。これまでのは前座、前菜、前哨戦でプロローグ。ダレる前に本筋に入りたい所。
「じゃ、ちょっと話しさせてもらいます」
「私達は外で……」
「どうも」
鋼鉄製の重い扉。
ディナ曰く、彼らの種族は見た目は華奢であっても中身は殺人兵器そのものだとか(怨)。
自分達を守る存在に造反されて、こんな銀河の端にまで追いやられたのだから、多少恨み交じりの情報も混ざっているのは仕方がないだろう。
「さーて、どう始めようか……」
だが見た目は飽くまで普通の、というより髪の色こそ特殊だが線の細い美しい女性だ。
そんな美女は他所の星の人。そして思い返してみよう。未熟な勇御が彼女と意思疎通を行うには、どこかしら物理的に接触して行うしかないという事実。
「………」
そうなると、傍から見たら勇御が美女に言い寄ってるようにも見える図柄。やり難い事この上ない。
「まあ……そんな事も言ってられない、か」
女性の体を触ったりするのは、そこは勇御もまだ若人。ちょっと恥ずかしい。なので気合で送受信範囲を拡張しようとがんばってみる。
何か睨みつけるような面になってしまうが、やはり荒事専門の人だからか、翠髪の美女も勇御から目を逸らさない。話し合いをする前からガンの付け合いになってしまっていた。
「……オレの言ってることが分かるかな?」
「…………」
「応える気がないのか……やっぱり意味通じてないのか?」
努力空しく後者だった。
いきなりレベルアップの必要に迫られるも、数日前に変な流れ星を目撃(直撃?)して以来怒涛の勢いで事件が推移していくので、自身の力を鍛える時間がさっぱり取れない。姉のレクチャーでそれでも大分マシになっているのだが。
「……此処に至れば是非も無し、か。悪いね」
「………ッ!?」
言い訳気味に有無を言わせず、どうせ言っても分からないし、という勢いで女の華奢な手の平を鷲掴みにした。当然、突然こんな暴挙に出れば地球の女性だって反射的に振り払おうとするだろうが。
「ッ……!? 離せ……離せ……離せ……離せ……」
「うッ! ゴッ!? いでッ! 痛でぇ!!??」
掴まれていない自由な方の細腕で、勇御の顔面を滅多打ちにするミドリさん。科白同様、単調で規則正しく、正確に同じ点へ繰り返す杭打ち機のような打撃だった。
短SAMの直撃で吹っ飛ばされても『痛い』で済ませる勇御だったが、逆に、画鋲が刺さっても痛くないワケではないのだ。
だがこうも無表情で機械的に美女に顔面を狙い撃ちにされると、どっちかと言うと心の方にダメージが。だが甘んじて受け入れよう。そんな諦観だか悟りだか分からん境地に逝きかける勇御だが、それでも掴んだ手は離さない。
「ってか痛てぇよ! どんだけ精密動作だこんの人間削岩機があああ――――!」
離しはしないが、忍耐は早々に手放した。ちょっと涙目だ。
勇御に規則正しい打撃を加えてくれる方の手も掴み、力比べの体勢になる。無論、勝負にはならなかったが。
だが勝負にはならずとも、緑の髪の女は尚も機械的に勇御に蹴りを見舞ってくる。
達人でもない限り、人間が何かをしかけてくる直前には微細でも徴候というものが存在する。分かりやすい所では、息を飲む、息を止める、体が硬直する、など。これが戦闘に慣れた人間になると、限り無く兆候無しで、いきなり攻撃が飛んでくるのだ。
だがこの女は違う。
まるで強引に回る歯車が、規則正しく工作機械を動かすように人を害するのだ。それこそ、相手が子供でも少年でも異星人でも関係なく。
「っそ! マジで生き物っぽいのは外見だけか!? こんの冷血油圧機械化人間が! 全身骨折にしてや――――」
「黙れ……!」
勇御の股間を連打で蹴りあげていた脚が、今度はその足で勇御の胸を踏んで強引に引き剥がしにかかった。
外見に合わない驚くほどの膂力を見せるが、当然勇御に及ぶほどではない。女の骨が過負荷で悲鳴を上げて、引き攣った皮膚が色を失い裂けようとしても、腕など切り捨てるかのような勢いで更に脚の方に力を入れた。
比喩的表現抜きで、このままだと腕が千切れる。
「ッ――――そが!?」
見てくれだけでも美女なんだから、その両腕をブッ千切りたくはない。結局は勇御の方が根負けして、女の両腕を離すことになった。
勇御の馬鹿力で握られ、これまた規格外の女の脚力で引っ張り強度の耐久実験をした腕は青紫に変色していた。だがその表情に苦痛の色は見られない。
「あー……大したもんだな。生物って言うか、姉貴流に言うなら高度にシステマティックな生物……じゃなくてタンパク質ベースの機械って感じ――――」
ディナ達とは全是違い、そしてディナの語った通りの人間味の無さに、流石に呆れ気味の勇御が言い捨てる。が、
「……我々は機械ではない。意思も誇りもある。人間だ」
「――――あ?」
肉体的には、女は苦痛の色を見せない。しかし彼女にも目を逸らせない矜持がある。
たった一つの女の呟きに、ここに来て初めてミドリさんの人間性らしきものを垣間見られた気がした。
ただの機械は、自らを人間であると主張したりはしない。