序章 第2話 「シスター・シューティングスター」
謎の飛翔体が高層ビル屋上のヘリポートを削った時には少年、叢瀬勇御も肝を冷やした。
だが幸運にもビルを薙ぎ倒したりしないまま、謎の飛翔体は街の境を越えて往く。
これなら人死にを出さなくて済みそうだ、と自転車を飛ばしならが息をつく。
しかし安心した直後、その飛翔体はカクンとその軌道を下向き変え、一気に高度を落としたと思ったら、よりにもよって高速道路をピンポイントに切断、墜落した。
「んなあああああああ!!?」
そんなバカな、とその有様を見て絶叫。
高速道路というものは大体が街外れの何もない所に作られる。にも関わらず、よりにもよって狙ったように高速道路を両断してくれやがった。
巻き添えをくった車両と搭乗者は、物凄く運が悪かったとしか言いようがない。
(って~~~~流石にこんなのはオレ一人の手に負えんだろうな……)
落ちる所を見計らってどうにか―――と考えていたのだが、もはやそれどころではない。
携帯電話で救急車を呼ぶまでもなく、既に市街地からサイレンの音が聞こえてくる。
勇御は料金所を駆け抜ける(もちろん自転車で)。職員が料金所のボックスに待機していたが、間近で起こった大事件に勇御どころではない。
人と車を避けて路肩を走る。何が起こったか分かっていない人々はとにかく、ひたすら落下地点から離れようと転げまわっていた。
飛翔体の墜落地点へと急ぐ。人より少し、ほんの少しだけ、自分には出来る事が多いと考えて落下地点へと急ぐ。
だがその時、再び空を閃光が駆けた。
墜落地点へ追い打ちをかけるかのように光の筋が突き刺さる。圧倒的な熱量で空気が膨張し、爆風となって焼けついた空気が吹き荒れた。
「……っ! 攻撃ってブッ―――――――――――!!?」
突風に煽られ自転車ごと吹き飛ばされる。
巻き添えを喰う車と、枯葉のように吹き飛ばされる人々。そして攻撃された場所は、生存者がいる可能性諸共一気に焼きつくされる。
目の前に光景に、訳もわからないままに消えていく命に、勇御の思考が白熱する。
◇
彼らが地球を見つけたのは全くの偶然だった。
銀河の果てまで追いつめられて故郷からは遥か遠く、何も無い、誰も知らない宇宙で果てるのか。誰もがそう思ったその時、訪れた奇跡。
サファイアよりもなお碧く美しい、漆黒の宇宙に漂う宝石のごとく。
広大な銀河、宇宙全体にあっても希少な生命球型の完全自立の惑星との出会い。
しかし、それを喜ぶ暇はなかった。
かつては『守護者』。今となっては『天敵』ともいえる存在に喰らいつかれているこの状況。自分達が降りる事で影響を受ける惑星の環境や現地の生物に配慮する余裕は無かった。
だから今、母星を離れ、艦隊を離れ、母艦を離れてたった二人でこの星にいる。
その船内。メインコントロール室。
「―――――ったぁ……じょ、状況!」
『緊急着陸成功。船体構造にレベル2の負荷を確認。補修が必要です』
「生き残ったら後で! 連中は!?」
『直上より揚陸艇接近中。接舷が目的と思われます』
「フィールド最大、時間稼いで! 直近の……〝アマルデン〝に状況送って応援と救難要請!」
『警告。ニーコッド追撃艦よりマスキーム・ブラスタ発射確認』
「げ、迎撃を!」
人工音声相手に地球外の言葉で怒鳴っているのは若い女性のように見える。
10代から20代へ移る若さと成熟されつつある中途の身体を、所々に装甲が着いたウェットスーツのような衣服で包んでいる。
ショートヘアの金髪に、凛々しい容貌。平時ならばその表情にあどけなさをも見出すこともできただろうが、生きるか死ぬかの瀬戸際にあっては厳しい色しか映っていない。
眉は吊り上がり、双眸は鋭く、艶のある唇からは血が滴っている。
それを拭う暇もなく、彼女を強い震動が襲う。船体へ攻撃が突き刺さった衝撃だった。
「損害――――――」
『敵船マスキーム・ブラスタ着弾。フィールドジェネレータ過負荷により緊急停止。フィールド消失。全装甲貫通されました。住居区画、有機合成炉、環境調整区画消失。本艦〝リモデーチェ〝は外洋航行能力を失いました』
「ッ……!?」
『〝アマルデン〟よりメッセージ。救援は160時間後に到着予定』
「間に合うわけないじゃない!!」
現場との温度差も激しい緊張感の無い通信内容に、頂点に達した緊張と恐怖を目の前の操作盤に叩きつける。両の拳を駄々っ子のように振り回す彼女の瞳には涙が浮かび、先ほどまでの鋭利な貌は崩れかかっていた。
『ディナ、そっちは!? こっちはもう処置なし!』
人工音声とは異なる生きた声が通信で入ってきた。僚艦から離れて応戦している、機動兵器に搭乗する仲間からだ。
しかし、ダメージコントロールに必死になっている女性、〝ディナ〟には返答する余裕が無い。
『ディナ! ディナ!? リモデーチェ、状況は!?』
『外洋航行能力喪失。破壊が中央機能に及びました。動力炉を緊急停止します。機密保持条項並びに外惑星保護規約に基づき本艦は自沈自爆フェイズに入ります。艦員クルーは即時退艦をお勧めします』
感情も抑揚も無いくせに、最大級に危険なヤバい警告を発する管制AI。続けて、遭難時の行動規範や『敵が艦内に侵入』と警報を発信してくるが、管制AIなんだからそういうのも自動で対応してほしいと思うディナ。そこでフとAIからの警告メッセージを反芻し。
「って『敵が侵入!?』」
致命的な事態の発生に目を剥いた。
「あっぶない!? そういう生死に直結する情報をサラッと流すんじゃないわよドチクショウ!」
『女の子が『ドチクショウ』とか言うんじゃありません!』
通信が繋がりっぱなしだった相棒から突っ込みも入るが、実際に艦内に敵が突っ込んできてヤバイ状況になっているのだ。尚更返答しているヒマなんかない。
「敵ってどこから!?」
『外装装甲破損部に敵揚陸艇接舷。20名の侵入者。装甲強化兵です』
「ローナ!」
『こっちは手一杯って言ったでしょ!』
「迎撃はどうしたの!?」
『回避されました』
「このダメシステム!!??」
取り付かれた以上は逃げても駄目だ。どうせ船はこの星からは出られない。
応援も間に合わない。僚機は宇宙で敵と戦い、母艦と艦隊の方も危機を脱してはいないだろう。
腹を括らねばならない。
自分は母星と種族と、そして小さな命を背にしているのだから。