3章 第3話 「セールストーク」
ディナの勇御の姉に対する誤解(?)を解いたり大泣きのイファを宥めていたりしているうちに、どうにかコミュニケーションをとれるようになっていった勇御。ただし、それには多少の問題も残った。
「……届いてる?」
「うんにゃ全然。ユウの方こそ波、拾えてるの?」
姉とは違い、勇御の能力でディナやイファと意思疎通を行うには、物理的にかなり接近しなければならなかったのだ。
具体的に言うと、部分的に接触しないといけないくらいに。
「……どうにかならんの? この微妙過ぎる距離」
「ユウの場合〝波〟は見えてるし、自分の調整や調律は出来てんだから後は慣れの問題だと思う。先ずは出来る範囲で始めてみなさい」
「とりあえず今、手っ取り早くディナやイファと話しするには?」
「……手でも繋げば?」
手を繋げばお話しできます。
「………」
勇御の姉の発言は、自前で作ったフィルターを通しているのでディナとイファにも意味は通っている。
それに、ここまでで勇御はディナ達との会話を成功させている。精度が問題なのだ。単純な距離の問題でもある。
「うんまぁ……概ね今まで通ってことか」
「ユウがそれでいいなら姉ちゃん何も言わないけどさ」
落ち着きがあっても器がでかくても、所詮は中学3年生。年上のお姉さんと手を繋いだりするのは考えてしまうお年頃。ロリコンではないから、イファ相手ならあんまり問題無い。
それでも当面の問題は解決したと考えるべきか。いや、新たな問題が持ち上がったと頭を抱える場面か。
会話以外の事も姉に相談したかったのだが、少年は今目の前ある問題を先送りにする事が出来ない性格。
難しい顔で黙ってしまった弟を他所に、姉の方は奥の部屋に引っ込んでしまった。
一分後。
「わたしが呼ばれたって事は、こういう役割も求められているワケだ」
微妙な沈黙を保っていた居間に姉が戻って来た。両手に一杯の衣類を抱えている。全て女物だ。
「そういや何でここに来たの、ユウ? わたしがそっちに行くほうが二人には良かったんじゃない?」
「……いや、それはさ……」
この時点ではまだ、姉は弟に管理を任せた家が消し飛んでいるとはまだ知らない。姉の少なくない私物と共に。
「ディナさんの方はわたしのサイズで十分だと思う。イファちゃんの方は……どう頑張っても無理だよねぇ?」
「ごめんなさい……小さくてごめんなさい」
申し訳なさげに、小さな体が更に縮こまっている異星の少女、イファ。
「後で買いに行くか……食料品と一緒に。三人も増えるとは想定外だったから全然足らん」
イファの頭を撫でながらひとりごち、次いでディナに向き直った。
「ディナさん達の服ってどうなってんの? 地球の下着の付け方とかわかる?」
「い、いえ。なんかわたし達のスーツとは付け方が逆な感じで……」
「と言ってるわたしも言うほど詳しいわけではない、と。ガーターとか言われると正直わたしもショーツが先なんだか後なんだかよく分からんので、基本的な衣服の着方だけサラッと教えますね。後でディナさんのも一緒に買っちゃいましょう」
「は……はぁ……」
どうやらディナには勇御姉に対する苦手意識が付いてしまった模様。ある意味、生き物として相手の脅威を測れる素晴らしい生存本能と言える。
「いいですけど……怖がられるのはいつもの事ですけど……」
◇
やや凹みながら、姉がその場でディナの服を脱がしに(剥きに)かかったので、勇御は黙って居間を出て来た。姉なりのスキンシップなのかもしれない。ディナの悲鳴が聞こえるので、追い打ちなのかもしれないが。
あれで面倒見のいい人である。任せとけば大丈夫だろう。と思う事にする。
そんな事を考えていると、勇御の携帯電話が着信メロディーを発信。ちなみに時刻は午前八時を回っていた。
学校に出席しなければなるまいが、今日は自主休校だ。
「で、誰やねん」
見覚えの無い着信番号。この携帯はプライベート用。
仕事柄携帯番号を教える相手は気を使っているので、特にプライベート用の携帯番号は教える相手を厳選している。知らない着信番号なんて無いと思ったのだが。
「……はい」
考えても仕方が無いのでさっさと出た。いきなり名前を言うようなヘマはしない。
『いよ~うお兄ちゃん』
お兄ちゃんとは言われるが、相手は妹キャラではない。ゴツイ体格のおっさんだ。
『おはようさん。元気か? あれからアレ、なんかあった?』
「いえ、帰って飯食って風呂入って寝ました」
異星人二人に歯を磨かせることも忘れない。一通りの生活用品を揃えている姉のマメさはいつもの通り。爪楊枝から個人携行の自由電子レーザー砲までまでまで。
「それよりそちらの方はアレ、どうなりました。こっちよりそっちが心配でしたよオレは」
『あー、アレな。とりあえず泊っていってもらってるが、だが実際どうすりゃいいと思う? 言葉は通じねぇし、いつまでも置いとけねぇし』
通話相手の警視庁公安部外事三課、長尾圭二。外国人相手の防諜、秘密警察活動を担う外事三課の警察官。
複数の未確認飛行物体が日本へ飛来し、交戦の末に墜落。未知のテクノロジーか何か価値あるモノを求め、先を争うように日本へ殺到して来た外国の諜報員による違法活動を摘発するべく行動している。
その過程で異星人との未知との遭遇を果たし、ついでに規格外地球人とも遭遇し、ラーメン食ったり宇宙船から攻撃されたりクルマ(警視庁備品)を吹っ飛ばされて上司に怒られたりした挙句、先に降りた宇宙人の敵性宇宙人(クルマを吹っ飛ばしてくれた張本人)を逮捕して今に至る。
『相棒の奴は全て公表して、警視庁の方で正式に取り調べするべきだって言ってたけど、どうなると思う?』
「僻地に飛ばされて口を封じられるか、口を閉じる見返りに昇進できるんじゃないっスか? そうなりゃどっちみち〝ミドリさん〟は全米ツアー決定で日本(政府)に出来る事は無いと思いますよ?」
ちなみに『ミドリさん』とは先日勇御が箪笥で轢いたディナ達の敵性宇宙人の呼び名である。髪の色から長尾が命名。
どうせ本名なんて分からないんだ、と調書の方にもこの名前が書いてある。警察の取り調べが問題になってる昨今だが、宇宙人なら問題ないのか。と勇御は勝手に納得していた。
『だよなぁ……相麻だっていいとこ出てんだから分かりそうなものを……何を熱くなっているんだか。とにかくスパイ容疑のある外国人、ってでっち上げもそろそろ課長がな……他所のプロどもを釣るにもちょっと餌が大きすぎるしなぁ』
「餌がスゴ過ぎて釣り人ごと喰われかねませんね。先日お話した通り、そっちは長尾さん達で好きに料理してくださって結構ですけど、手に余りそうですか?」
『ううむ……俺は昇進とかはどうでもいいが、いっそ上に丸投げちまった方がいい気がしてきた。大火傷するのも面白くないし、相麻の奴もせめて昇進すればとりあえず落ちつくかもしれん。ミドリさんはちょっと可哀想な気がするがな』
政府に知られればアメリカに知られる。そうなれば、日本政府はあっさりミドリさんを引き渡すだろうし、その後彼女がどんな目に遇うかは想像に難くない。
勇御としては既にディナとイファを保護しているワケで、敵性宇宙人までは面倒見切れないというのが正直なところ。
勇御のボスに相談することも考えたが、色々骨を折ってもらった長尾達に実益を与える意味もあって、独断でミドリさんを逮捕させたのだが。
正直な感想として、イファに銃口を向けた為、勇御のミドリさんに対する印象はすこぶる悪い。生きようが死のうが知った事ではないくらいに。
だが今、冷静になってみると、ミドリさんの生き死には知った事ではないが、あの国がうっかり異星のオーバーテクノロジーとか手に入れてしまうと、それはそれでロクでもない事になりそうな予感。
「……長尾さん」
『んん?』
「会話の方はどうにかなりそうなんですよ。なんでミドリさんと話をしてみたいんですけど――――」
ようやく詳しい話を聞く手段も手に入った事だ。先ずは先方の言い分を聞いてみるのもいいだろう。事によっては、慣れない事(暗殺)とかも視野に入れて。
「姉ちゃん、オレちょっと出かけて―――――」
通話を切って居間に戻った勇御だったが、そこで偶然にもディナやイファの着替えシーンに遭遇する、などという事は無く、それどころか誰もいなかった。
風呂にでも行ったのか、と思いきや、テーブルの上には書き置きが。
『三人で買い物に行ってきます』
思わずそのままの姿勢で固まる勇御。
頭の回転は速い方だが、その紙切れが意味する所を頭の中で反芻し、理解し、シミュレートし。
「ち、ちょ……ちょっと待てバカ姉ええええええええええ!!??」
硬直から復帰。
暴君竜はお空の向こうでニヤリとした笑みを見せる姉に吼え、今時の女子高生バリに携帯のキーを連打する。