2章 第8話 「材質は異星の宿り木」
中級機動兵器〝オナグル〟。
ニーコッド――彼らはこの呼ばれ方を好まず、自らを〝エリドゥ〟と呼ぶ――その主力兵器である。
強襲、制圧、防衛とあらゆる状況に対応でき、オプションを追加装備することで偵察や調査といった特殊作戦にも用いる事のできる、エリドゥ帝国軍で最も多く配備されている型式の機動兵器。そして彼ら作戦部隊の持つそれはまさに、この特殊作戦仕様。
ニーコッドの種の存亡をかけた今作戦の為、特別に組み上げられた〝オナグル〟第5世代のスペシャルカスタム機。
炉心反応、機関出力、シールド強度、装甲強度、瞬間最大推力、操作追従性、どれをとっても現時点で最強の機体だった。
未発達な文明の星で、人の形をした怪物にスクラップにされるまでは。
「つッ……」
煙を吹く機動兵器の頭部に当たる部分が迫り出し、背面へと傾いていく。
そこから蠢くようにして、人間の形をしたモノが這い出してきた。
先ず、もぞもぞと上半身が生え頼りない動の腕で体を支え、今度は下半身を引き抜きにかかる。
力を込めて踏ん張り、
「……っうわ!?」
下半身が抜けた勢い余って、そのままドボンと落水。
頭からもろに川底へ落ち、そのまま数秒動かなかった。
「ッ……おのれ、原始人め……」
幸いな事に水量は少なく、体を起こすだけでほとんど全身が水から出る。
もっとも、宇宙空間での戦闘を考慮に入れたスーツを纏っているのだから、窒息して死ぬことはまずあり得ないか。
そう思った彼女だったが、すぐに間違いに気づいた。
(生命維持システム停止……戦闘で損傷したか)
戦闘による搭乗者の負荷を減らす機能が全て反応しない。今のスーツはただの重たい、動きにくい服と化していた。
少し考え、彼女は機能停止してウェイトと化した部分を捨てる事にした。どうせ役に立たない。
頭部に密着するヘルム部分は分割して全て外し、押し込められていた緑翆の長髪が流れ出す。
胸部や胴、腰部、大腿部と生命維持を行うユニットを外していき、最後にはウェットスーツのような体に密着した服だけが残った。
ここに改めて、引き剥がしたパーツから肩や肘、膝、背中とまだ使える装甲のようなものを選別して身につけていき、最終的にディナやイファと良く似た姿になった。
ただし色は黒とダークグリーン。ディナやイファと異なり、冷たく、鋭利な印象を与える。
あるいはそれは、彼女の持つ冷たい空気によるものだろうか。
緑翆の髪の女は、いまだに煙を続けている兵器〝オナグル〟に飛び乗り、墜落した船と連絡を取ろうと試みる。だが失敗。
大破した状態で水に浸かっていた為か、通信機能はウンともスンとも言わなかった。
(……やってくれたな、たかが原生動物が……)
その下等生物にやられた脇腹を押える。
最後、原生動物(勇御)に零距離で過電粒子砲を喰らわせる瞬間、相手もまたやられっぱなしではなかった。
オナグルを掴み、強引に引き寄せて撃ち込まれた膝蹴りは、オナグル自身の推力も手伝って装甲を貫通し、彼女を保護する操縦ブロックまで押し潰した。
勇御を吹き飛ばせなかったら、彼女は肋骨を痛めるだけでは済まなかっただろう。
未知の惑星にはまだまだ彼女達の知り得ない脅威が存在している。
辛うじて生き残っていた、地球のライフルに似た武器をコクピットから引っ張り出す。
とんでもないイレギュラーに出くわしたおかげで時間を取ったが、彼女の使命はこれからだった。
◇
戦闘の派手な音は勇御の家の跡地、ディナ達の所にまで響いてきていた。
どんな小型の船にでも、最低一体は機動兵器が搭載されている事をディナは経験で知っている。もし、それと勇御が出くわしたならば。
(ダメだ……兵士程度ならどうにかなっても、大型兵器が出てきたら人間じゃ相手にならない……)
実際にはその時、勇御と相討ち気味で機動兵器はスクラップと化していたのだが、ここに来てもまだディナの常識は勇御という常識外の化け物の存在を理解できていない。
故に、彼女の常識に照らし、ニーコッドの船を追いかけて行った勇御が危ない、と考えるのは当然。
「さ~て……どうしたものかなぁ? ぼちぼち消防も駆けつけるだろうしなぁ」
長尾は短い髭の生えた顎を撫でつつ、改めて周囲の惨状を睥睨する。
元々空き地だった所に産業廃棄物や粗大ゴミをぶちまけた、と言っても通用するような有様だった。
「長尾さん。これは上に報告しないわけにはいかないでしょう」
「そうだなぁ……」
とはいえ、流石に女性捜査官、相馬夏生もこの事態をどう報告していいか分からない。と言うか、実際に何をされたのかがよく分かっていなかったのだが。
ベテランの公安捜査官をして途方に暮れる状況。そこに、深刻な顔をしたディナが歩み寄って来る。
今まで直接言葉を交わさず、勇御を通してのみの接触である。長尾はともかく、相麻には緊張が走った。
だが、
「%%%~○〒¶ユーゴ×☆。¢ーΛ§」
何を言っているのか全然わからなかった。
「な、長尾さん!?」
「おまえ……四つか五つの言葉が喋れたろう。お前で分からにゃ俺には無理だぞ」
◇
その時、地球産の非常識生物、勇御は川からフッ飛ばされて土手より更に離れた所に墜落していた。
ニーコッドの機動兵器、最後の一撃は分子を崩壊させる破壊光線ではなく、やたら重みのある一撃だった。
それが良かったのか悪かったのか、勇御は蒸発することなく、河から土手をジャンプ台に高空へと放り出され、放物線を描いた挙句今に至る。
流石は宇宙人のテクノロジー。ここまで派手にやられたのは人生で五度目。
「う~~~~~~どっこらせっ……と」
脳震盪を起こすのも、姉にブッ飛ばされて以来。
頭を振りながら身を起こし、泥やら草やら小魚やらを体から掃っていく。
攻撃を喰らった腹の部分はシャツが綺麗に消し飛んでいる。胸から上のみとなったワイシャツをどうしようかと悩むが、そのまま着ておくことにした。
ジーパンが無事だったのが救いである。
無論、人が何十メートルも吹っ飛ぶ攻撃を喰らえば、本来は服どころか骨片1つ残らないが。
「あ゛~……間に合ってよかった」
無事だったのにもタネがある。ディナ達をニーコッドの攻撃から守ったのもその力だった。
肉体に損傷が無い事を確認。鋼鉄並みの腹筋には焦げ跡一つ無い。
今度は周囲を見回す。それは何気ない行為だったが、振り返ってみたら驚いた。
「……連中の船じゃん」
勇御がブッ飛んできたのは、偶然にも勇御自身が数分前に叩き落とした敵の船のすぐ傍だった。
この周辺は災害時の避難地域を兼ねた公園になっており、周辺に人家は無かったが、その向こうにはぽつぽつ人影が見え始めている。
ディナとイファが御上のモルモットにされなければ、他の事は比較的どうでも良い気がする。が、多くの人間に目撃されれば、また面倒な事になりそうだ、と勇御は暗澹たる気分になった。
交戦したあの兵器がどうなったか。そしてどこに行ったかも気になる所。
勇御は姉ほど周囲を探知する事には優れない。こういう時、本当に腕力一辺倒の自分が嫌になるが。
(んな事も言ってらんねーか……え~と―――――――――――――――)
細かい説明は後に回すが、人間に限らず全てのヒト、モノ、現象には固有の波動が存在する。それは例えるならば世界の構成情報そのモノであり、読み取ろうと思えばそれこそ誇張無く『全て』を読み取れるし、逆に波動(構成情報)を操作することで物体を、更には現象そのものを操作も可能とする。
勇御は特に、自身の波動を調整し肉体能力を爆発的に高めている。これこそが勇御の強さの正体。逆に波動を読み取ったり探知したりという走査(操作)は苦手だ。
姉曰く、勇御はほぼ完全な内向きの能力者なのだとか。
「ってもよくわからんが……」
苦手なりに自分の波動を鎮め、世界の波動を全身に受ける。
そこは世界の真の姿。それは水中のようで、水面で構成されるような世界でもある。
これを見分ける、見極める事が〝波動感応〟の初歩だが、正直なところ何をどう読み取れば良いのかはさっぱり分からない。
(え~と、さっきの奴の波動……さっきの奴さっきの奴……んん?)
つい先ほど戦ったばかりの敵ならば、まだ分かりやすい。そう考え、対象の波動を見分けようとした矢先、突如勇御の背後から大きな波が波紋を広げた。
そこに何があるかというと、勇御が叩き落としたニーコッドの宇宙船が。
何が起こる前触れか。その可能性に思い至ったが時既に遅く。
ゴッ―――――!!!! と、凄まじい爆音と爆風と衝撃を発し、宇宙船が昨夜と同じキノコ雲へ化けた。
オレンジの爆風に吹っ飛ばされ、再び宙を錐揉みしながら勇御は思った。
これからは、もうちょっと波動を読めるように修練をしよう、と。
◇
少し離れた所から、翠の髪の女もそのキノコ雲を見上げていた。
こういう爆発を起こせるモノは地球にも存在するが、位置的に見て自分の乗って来た船の爆発で間違いないだろう。
共にこんな銀河の端にまで来た部下や、快速を誇った自分の船の事が頭を過った。
だが、その想いに囚われたりしない。自分は重大な使命を帯びて来ている。それを果たさねば、部下も船も、全ての犠牲が無駄になってしまう。
自分達は意志ある人間だ。道具ではない。
だからこそ、自分達を道具に落とす存在、それどころか滅ぼしかねない災厄そのモノ、
イファ・アニューナク・トレイダムをこの世から消してしまわねばならない。
その時は、もうすぐそこに迫っている。
最初にニーコッドの揚陸艇が攻撃した地点。かつて勇御の家があり、ディナとイファがいる場所はもうすぐそこだった。
◇
「――――――ですから今すぐにイファさまを安全な所に……ってうわああああこれだからトランスレーターも持たない異星人は!!??」
「な、長尾さん! なんか超怒っている感じですよ!?」
「何とかご機嫌とらねぇと……地球が静止しちまうんじゃねーか?」
約十時間前に勇御が歩んだ道を、今度は長尾と相麻がリプレイ中。この緊急事態に、とディナの方は堪ったモノではない。
気持ちとしてはすぐにでも勇御を助けに行きたい。しかし、この金髪の守護者にはイファを守る事が最優先。
「とりあえずここを離れた方がいいのではないですか? 上に報告するかどうかは置いといても、この惨状では……」
完全に消滅したのは勇御の家だけだが、周囲の家屋、特に直近の家々は屋根が吹き飛んだり塀が崩れていたりと散々だった。
ガラスなど木端微塵になっており、どこの家にも見当たらない。これでよく生きていたものだと。
「あの兄ちゃんは……本気で宇宙船を落としに行ったんだろうなぁ……〝タイラント〟ならやるかなぁ……」
長尾はわりと近くで立ち上るキノコ雲を、遠い眼差しで見ていた。宇宙戦争はもう始まってしまっている、という感じだ。
「まぁ……頼むって言われたがなぁ、ここを離れるにもお姉ちゃんたちにどう説明していいかわからん。さっさと兄ちゃんが帰って来てくれりゃいいんだがぁ……」
壊れた家を脱出した人々も、ポカンと口を空けてキノコ雲を見上げている。吹き飛んだ家々と特徴あるあの雲の光景は、日本人なら忘れられない悪夢を想起させた。
急ぎ駆けつけた警察消防救急は、被害範囲が広すぎる為か右往左往して被害の中心まで辿り着けていない。
移動しようにも道は道としての体を成さず、長尾達の車もどこか彼方に飛んで行った。
人間、状況が自分の対応出来る限界を超えると何も出来なくなるのだ。長尾も相麻も優秀な人達なのだが、ここまで非常識な非常事態に対応できる非常な人間も稀だろう。
身動きできないのはディナも同じで、今にも天敵が襲って来るかもしれない事態に焦れるばかり。
勇御は強い。しかし生身の人間にニーコッドの機動兵器に勝てるとは思わない。
ディナには使命がある。故郷の星系の為にイファを守らねばならない。
ならば、今すぐに逃げる決断こそが正しい。たとえ勇御がどうなろうともだ。
「……ディナ」
「はいっ!?」
そのか細い声に身が竦む。後ろ暗いことがある時は特に。
振り返って見下ろしたそこには、何よりもディナが守らねばならない幼すぎる少女、イファが冷蔵庫から出てきて心細げに佇んでいた。
公務員として、この愛らしい少女を変な趣味の男には見せられない、とか相麻夏生は考えていたがそれは脇に置いておく。
「イファさま……ここは敵に知られてしまいました。移動しなくてな――――」
「ユーゴは?」
半日にも満たない時だったが、勇御はディナにもイファにも良くしてくれた。
異なる星に来た異星人への気遣いとしては、地球としても宇宙に誇れる中学生だっただろう。
イファはその境遇のせいか、性格的に人懐っこい方ではない。歳不相応に自分を押し殺す性質だ。
それでも、勇御の事は好きだった。兄がいればあんな感じだっただろうかと、幼いなりに考えさせるくらいに。
「……ユーゴはニーコッドの迎撃に向かったようです。彼はただの……この星の人間の基準からみても非常に強力な力の持ち主のようですし、連中をしばらく足止めしてくれるでしょう。今の内に探索範囲の外に脱出します」
それには移動手段が不可欠なのだが、残念な事に勇御以外の現地人(名前は覚えてない)は頼りになりそうもない。
日はもうほとんど落ち、四月の風はまだ肌寒い。
ヒトのざわめき、サイレンや車が織りなす喧騒を遠くに聞き、イファはディナを、ディナもイファを引き寄せる。
「……行きましょうイファさま。だいじょうぶ……イファさまはわたしが守りますから―――――」
勇御達には申し訳ないが、このままこっそり去る事を決める。
自分達のスーツは脱いでしまってもはやどこに行ったか分からない。頼れるのは手にある武器だけだ。
闇の中の頼りない小さな光。
それだけを頼みに、イファの小さな手をそっと引こうとするが。
「……イファさま?」
「――――――い……」
「どうしました? あ……おしっこですか? どこかでできれば――――」
「―――――いきたくない……」
「……は……?」
俯いて呟く少女の科白が、ディナには一瞬理解出来なかった。
思い返せばイファと初めて出会って以来、常に気弱で元気が無い様子だったが、何かに対して明確に『否』と語ったのは聞いたことが無かった。
物分かりの良い、大人しい子供だった。そうせざるを得なかったからだが、誰に対しても我儘を言わず、逆らわなかった。
「……ここがいい……ここにいたいの……もうどこにも行きたくないよ、ディナぁ……」
その子が初めて、ボロボロ泣きながらディナに懇願した。
ディナの腕の裾を掴んで小さな身体を震わせながら、初めて得た僅かな安息の思い出を手放す事が出来なかった。
「イファさま……」
この少女が今までどれほどの事に耐えていたのか。それを思い知った時、ディナに彼女を動かす力は無く。
それ故に、彼女との遭遇もまた避けられないものだった。
「お前達はどこにも行く必要はない。〝聖なる結合〟のカギはここで破壊される」
「―――――――おまえは……!?」
抑揚の無い、感情を見せないその声は忘れる事が出来ない。例え個人は知り合わずとも、種全体としての特徴。
守る筈の人々を裏切り、ある日突然反乱を起こした星系文明の守護者。
衛星軌道から光学兵器の雨を降らせ、大量虐殺を行った狂える兵士達。
「ニーコッド……!」
特徴的な緑翆の髪。感情の無い仮面のような顔。
戦う事を第一の存在意義とする種族の兵士が、ディナとイファの命に今、手をかけている。
ニーコッドの女兵士が持つ武器は、揺らぐことなく標的へ向かって突き付けられていた。
接近に全く気がつけなかった事に歯噛みする。いや、戦闘に属する基本性能がディナと彼女らでは違いすぎるのだ。
「おい……おい姉ちゃん誰だそいつぁ!? 敵か!!?」
一手遅れて事態に気がついた長尾と相麻の両捜査官が銃を構える。だがニーコッドの女兵士は地球の兵器を前にしても一顧だにしない。
遅れて武器を構えたディナに対しても同様だった。
この場において絶対的な優位性を持つ者は誰か。ディナもそれが分かるからこそ、イファを逃がす方策を必死で考えながら目の前の敵から目を離さない。
「こっ……この裏切り者ども! 貴様らなんかにイファさまを傷つけさせたりはしない!」
「傷つけるだけでは済まさない……確実に殺す。我ら〝エリドゥ〟を道具に墜としめるモノは、ここで永遠に葬り去る」
ニーコッドが総力を挙げて追う少女。その為の手段は選ばれなかった。
今もまた、ディナたった一人が盾になろうが、武器を以って刃向かわれようが翠の髪の女には問題無い。
使命達成の高揚と、忌むべき者を前にした憎悪を無貌の奥へ秘め、ただ淡々と障害を処理するが為トリガーに指をかけ。
「―――――――ッどらっしゃああああああ!!!!」
「な―――――に゛ッ!!??」
ほぼ水平に飛んできた洋服ダンス(中破。1.4cm×0.7cm×1.0cm)に、翠の髪の女が100km/hオーバーで激突された。




