2章 第6話 「雷轟のT-REX」
対人セキュリティーはクソの役にも立たず、屋根や外壁に施した防弾装甲も全く用を成さない。
ピンポイントで勇御の家を直撃した上空からの一撃は、その余波を周辺数百メートルに渡って撒き散らした。
爆風は叢瀬勇御宅に張り付いていた警官や警察車両を吹き飛ばし、衝撃波は住宅地のガラスを余す所無く粉砕する。
昼間の銃撃戦といい、もはや完全にここは戦場だった。
その災厄をもたらした存在。異星人の船が高速で高度を下げてくる。
大騒ぎになっている地上の事などまるで意に介さない様子で、二等辺三角形の船体を隠す事も無く、粉塵を纏う爆心地と化した勇御宅の直上へ無警戒に接近し。
「ッッ――――――ざけんなドちくしょおおおおおおおおおおお!!」
勇御の最大パワーで投げた出刃包丁に、その船体を撃ち抜かれた。
踏み込みは地を鳴らし、怒号は大気を震わせる。それほどの怒りを込めた一撃。
勇御の一念(怨念)、宇宙船の装甲をも徹す。
「ブハッ!? ゲホッ! な、何があった!?」
「ケホケホケホッ……ながお……長尾さん!?」
もはや元がなんだったか分からなくなっている瓦礫の中から、大柄の男と細身の女性が身を起こした。
倒れた際に擦り傷くらいは出来ていたが、他には怪我らしい怪我も無く五体満足。金髪美女のディナと、幼い少女、イファも同様だ。
ただし、何が起こったのか、何が起こっているのかが分かっているディナはイファを抱きしめたまま動かない。
そして勇御は、
「くったばれえええええええええ!!」
憤怒を隠そうともせず、異常なほどの力を内蔵した肉体能力を爆発させて、手にした物を片っ端から直上の宇宙船に投げつける。
投げつけている物は何の変哲もない雑貨だが、その運動エネルギーは想像を絶した。
地球の旅客機程度の大きさとはいえ、エネルギーシールドを備え、更に装甲だって決して単純な物理攻撃では破壊できない物質で出来ている。
それを馬鹿力だけ(に見える)で撃ち抜くなど正気ではない。
最初の一撃目で船は動力炉を破壊され、第二撃は船体を揺るがすほどの運動エネルギーが中央に炸裂。第三撃以降も単純な攻撃が続くが、それだけで船はもう飛行を維持するのが精一杯だった。
宇宙船も反撃を試みたが、船体下部の砲身が姿を現した瞬間に飛んできた電柱に潰され、被害を大きくする事になった。
怒りでキレた勇御の攻撃は止まる所を知らない。鍋、フライパン、バールのような物、広辞苑、砥石、便器、車(警察車両)と、あらゆるモノがとんでもない破壊力をもって飛んでくるのである。
船は動力炉が破壊されているのでシールドは展開出来ない。
人間カタパルトと化した勇御の攻撃から逃れるべく、彼らの船の基準からしたらノロいとも言える速度で移動を始めると。
「んん逃がすかぁああああああああ!!」
勇御、止めの投擲体勢。しかし今度はその手には何も持っていない。
「んぬううううううううううう――――――!!!」
腰だめに何かを握るように開かれた勇御の掌に、何か大きな力が集中する。
巨大な生き物の唸りのような音。掌の中にぼんやりとした光が発生し、やがてそれは眩く輝きだす。
ただの人間、ただの宇宙人には理解できない。それは生命から派生した超高密度のエネルギー体。
「……ッよくも……よくもガキ諸共人んちを消し飛ばしてくれた……」
撃発となるのは怒り。環境へも影響へも、巻き添えになるモノ達を顧みない傲慢な暴力に対するは、
「……自分らが同じ目にあっても文句の筋じゃねぇよなぁ……なら―――――――」
轟咆と共にブチ込む純然たる暴力の結晶。
「――――ぅ宙の端まで……ッッぶっっっ飛べぁ!!」
それは鈍く低く大きく空気を震わせて、ゴギャンッッ!! と宇宙船を抉り取った。
船体面積と体積を大きく削り取り、火を拭いて落ちていくソレを見ての勇御のコメント。
「フッ……………ちょっとスッキリした………」
自宅を消し飛ばされたのだから、少年の怒りはもっともな事。だが、倍返しするような異常なその力はギャラリーを驚かせるばかり。
そもそも何の防御も施していないような所(勇御宅、失礼)に攻撃を喰らって、中に居た人間がほとんど無傷というのも有り得ない。
仁王立ちでニーコッドの揚陸艇を見送る勇御を見上げて、ディナは勇御にこそ得体の知れない恐怖を感じていた。
そして、恐怖の次に来たのは勇御と同じ、怒り。
「スゲェや……これが『タイラントソード』か」
「ぶ……ば、化け物!?」
「えらい言われようっスね……否定はしないけど」
公安の捜査官の物言いに、瓦礫を蹴っ飛ばしながら憮然とした表情で返す勇御。
しかし地球人全てがこんな力を持っているわけではないのだから、立派にバケモノだった。
勇御の姉に言わせれば、本来は誰もが勇御のような素養をもっている、とのことだが。
「にしてもあのクソエイリアンども、ド派手にやってくれたな……姉ちゃんになんて言やいいんだ? ……ってそこの姉ちゃんはどこいくの!?」
放熱して放心する間も与えられず、突然駆けだすディナを勇御が呼び止める―――が、何度も言うが言葉が通じないので止まらない。
地球外兵器を構えて鬼のような形相で、勇御の家の残骸にけつまづき、それでも大股で突き進む。
向かう先はニーコッドの揚陸艇が向かう方向だ。徐々に高度を落とし、河川の方へ向かっている。
それを越すと地区会館や市民図書館といった施設が集中するエリアだ。
(ちょっと拙いな、こりゃ……)
先に撃たれたからとはいえ、即撃墜は拙かった、と少年は反省。
人口や施設が密集する所に落ちる前に、これは安全な所に叩き落とさねばなるまい。
「だからちょっと待ってディナ!」
「止めんなユーゴ! イファさまを狙ってここまで……てめぇの家までこんなにされて……ぜってー許せん! ブッ殺してやる!!」
「スゲー怒ってるのはスゲーわかってるからちょっと落ち着いて……ッてそういやイファどこ行った!?」
暴れる金髪の姉さんの腕を掴んだまま周囲を見回してみると、イファは何故か冷蔵庫に収まっていた。小さな身体が体育座りで更に小さくなっている。その絵は、勇御をしてリアクションに窮す。
「まぁ……気持ちはわかる」
いろんな意味で。
「でもディナはイファと一緒にいてくれよ……アレはオレが叩き落してくるから。だからお願い落ち着いて」
ディナも昨日今日と色々あって溜まるモノがあったのか、それともニンニク入りチャーシューメンが空きっ腹で変な科学反応でも起こしたのか。身長176センチ体重85キロの勇御を引き摺って行くとは、このお姉さんもなかなかのパワーだった。
「長尾さん!」
「お……おお! 兄ちゃんは落ちついたようだが今度は姉ちゃんがキテんのか? てか凄かったな。流石は―――――」
「ち、ちょっとアレを当たり障りない所に落してくるんで後お願いします!」
「お、『おとす』? 落すって何を……おい――――!?」
「ユーゴ、なにをををををををををを!!??」
着物の帯を引っ張って回す生娘コマ回しの如く、勢いよく回転させて怒れるディナの平衡感覚を破壊(酷)。ヘロヘロにしてイファ共々長尾達へと託す。
もはや説明不要の脚力で屋根にまで飛び上がり、超高速で宇宙船を追撃する。
◇
止めを刺した筈なのに、逆に自分の船が大破している。何が起こったのかを正確に理解している者はいない。
それも当然。圧倒的に優位な位置にいた筈なのに、単純な膂力と武器とも呼べない器物で、こちらの方が叩き潰されたのだ。
自分達から人間らしさを奪う悪魔を、ただ一方的に狩り殺すだけの任務が。
「重力制御系応答無し。高度の維持は不可能」
「動力炉緊急停止。予備に切り替わります」
「シールド消失。推進制御区画、主装甲より攻撃が貫通し大破。航行制御不能」
「機関出力低下中。完全停止まで300カウント」
平坦な声が揚陸艇の制御室に響く。希望が持てる報告は一つも出て無い。
「母艦へ救難信号。『本船は撃墜』『敵勢力及び戦力不明』。艦内警報。墜落に備えよ」
断続的な振動、警告を発するライトが闇を照らしだす制御室の中心に、その女は彫像のように立っていた。
地球人類とは異なるエメラルドグリーンの長い髪。その身体は衣服と鎧が一緒になったようなモノが包んでいる。
身に付けているモノの意匠は彼女らの星系に共通する特徴を持つが、彼女だけはその顔を曝していた。
危機的な状況に在って、全くの無表情。
「総員は退船準備。戦闘要員は退船後に作戦行動を開始」
声もまた抑揚無く。
短く命令を出すと、翠の髪の女は慌ただしいのに妙に静かな制御室を出る。
相変わらず表情の無い貌だったが、その瞳には憎悪にも似た何かが煮え滾っていた。




