2章 第5話 「Peace breaker」
「ふわっ!」
「だから熱いって言ったのに……あと無理して箸を使わなくても……」
「お兄ちゃん、おチビちゃんには小鉢でも出してやんなよ。あと水だな。ラーメンには水だ。相麻」
「はい」
家主として客を動かすのはどうかとも思うが、勇御は熱々ラーメンに苦戦する金髪のお姉さんと幼女から目が放せないので水汲みはデキるお姉さんに任せる。
咄嗟に思い出した店が近所だったという事で、こうしてラーメンにしたが。
「……大気圏外の人には難易度高かったか?」
「いやいや、俺ぁこのラーメンならM71星雲の人間にも通じると思うね。うめー」
「……?」
M71星雲とやらにどんな人が住んでいるかは知らないが、警察官には受けが良いようで。
「で、『当て』の方には連絡付いたのかい?」
「ま、まぁ……」
イファのラーメンを小鉢に分けながら、勇御は5分前の事を思い出していた。
21世紀に入り、戦争はその形態をより小規模かつ、より経済的なモノに形を変えたことは既に周知の事実だろう。
国同士の大規模な争いから、武装組織や特殊部隊同士へと。しかしその本質、利益、イデオロギー、民族と言った背景をそのままに、より戦略的に、戦術的に、合理的に、高威力に、システマティックに。
小型で精密、高性能。そして経済的。その全ての要求を満たすパッケージとして下請けの民間軍事力提供会社〝PMC〟プライベートミリタリーカンパニーが台頭するのは歴史の必然だったのだろう。
大国が傲慢になり、テロは頻発し、戦争という市場がその規模を拡大させる中でPMCもまた多く興る。
PMC〝NEXAS〟もまたその1つである。
世界12ヶ所に支社を持ち総員は約1,000名。諸々の理由で入れ替わりや増減は激しい(黒)。
PMCという言葉が一般的になる以前から国際総合警備会社としての活動を行っており、業界内では老舗の中堅と言ったところである。
その本社。カナダ、モントリオール。
古い様式の建物と真新しいビルが共存する街並みの中に溶け込み、目立たないように存在している。
この手の商売で目立っても良い事など一つも無い。
そのビル内のオフィスの一角。
部屋の主の趣味で、某ドラマの対テロ機関と同じものになっている電話の着信音が鳴り響く。
たおやかな、磁器のように白い手が受話器を取り、
「……あらユーゴ君。もう日本に飽きた?」
フロリダの太陽のような声を、遠く離れた日本へまで届けさせた。
『おかげさまでエキサイティングな休暇をエンジョイさせていただいとりますよ……』
一方の勇御は曇天の日本の声。当然、あまり明るくない。
「そうなの? そっちは今世界中のスパイの博覧会ですものね。たのしそー♪」
『……相変わらずの耳の早さっスね。それじゃその原因も知ってるでしょ』
この部屋の主こそがPMC〝NEXAS〟CEO(最高経営責任者)にして勇御のボス。
レベッカ・C・エヴァ―グリーン。
膝まで届く真っ白で雪のような髪を気ままに流し、成熟した女性の肉体と神聖すら感じさせる美貌はしかし、年齢を全く読ませない。
そして外面だけではない。現役、退役問わずに兵を引き抜き、軍や政治家とのコネクションを持ち、世界の裏の権力者に強い影響力を発揮する。
その正体は。
「じゃあユーゴ君は宇宙レベルで『両手に花』ってわけね。イャーンえろい~♪ ……でも幼女はマズイでしょ」
『あんた今の話を聞いてどうしてそうなるんだ』
こんな話し方をしていても凄い人なのだ。
「わかってるわよぅ。籍入れる為に戸籍とかIDが必要なんでしょ? でも流石のエヴァ姉さんも重婚には未対応よ? しかも幼女じゃエヴァさん的年齢制限に引っ掛かるわ」
『全世界的に余す所無く引っ掛かると思いますけど……もうどっから突っ込んでいいか分からねし面倒くせぇ」
その後も散々弄られたが、肝心な部分はあっさり受け入れてくれる、その器の大きさは勇御としても尊敬に値する所である。勇御の姉も尋常じゃないが、器の大きさという点ではでは彼のボスが上手だろう。
レベッカ・C・エヴァ―グリーンの力を以ってすれば二人分のIDの入手はもちろんの事、二人を保護するに強力なバックアップが受けられるだろう。
それが勇御的にベストな手であったかどうかは別問題。ここは異郷の地で心細い思いをしている二人の為と割り切った事にする。
「だからどうして君はそのドンブリから直でトライしてしまうのだ」
「ハフ……はぅ……ハフ……はぅぅ……」
小さな身体で頭よりも大きいドンブリを抱え込み、頬を真っ赤にして拙い手つきでラーメンを食べている少女、イファ。どうやら意地になっているらしい。
取り分けたのがプライドに障ったのかと、勇御は小さな器の中のラーメンを自分の口の放りこむ。
「きゃわいいもんだ……こうして見ると地球人と変わらん。で、この娘っ子らは何でまた地球に? 観光か?」
「……言葉が通じないもんで詳しい所は聞けてないんですけど、どうも追われて地球に落ちて来たらしいっスね。その手合いと昨夜吹っ飛んだ宇宙船の中で交戦してます」
「星間戦争……とかでしょうか?」
「スゲェな……スターウォーズかよ? もう一介の警察官が首突っ込める範疇じゃねぇな」
「事実なら地球規模で巻き込まれる可能性もありますが……」
実際の所、勇御が肌で感じたニーコッドの戦闘能力はちょっとスゴイ。
兵士個人の兵装はもちろんの事、宇宙での戦闘に耐える艦艇も地球側では未完成の段階だ。
その背後に、どの程度の規模の戦力があるのかもよく分からないが、
(いざとなったら……使うんだろうな。地球がヤバくなれば手段がどうとか言ってらんねぇだろうし……)
形振り構わなければと言う前提で、正直なところ相手がただの先進文明なら大した脅威にはならない。問題は、その文明の発祥による。
世界の大海、宇宙という泡。その外から持ち込まれたものだとしたら、背後には必ず〝高みの存在〟がいる。
そうではない自然発生の文明である事を祈るばかりだった。
人類はまだ、黙示録を生き延びる準備が出来ていないのだから。
「……二人の方は検査とか……あと聞き取りっすかね。今後の事とか話したいから、言葉もどうにか聞き取れるようにしないと……」
「学者先生にコネとか、か? 無くも無いが」
「オレの方にも知り合いがいるんで、その辺は多分大丈夫です」
「お兄ちゃんの『ボス』ってヒトかい?」
「プライベートで借りを作ると後大変なんですけどね……フフ」
黄昏た自嘲気味な笑みを明後日の方に投げる勇御。その暗黒波動にビクンッとラーメンを食べるディナの箸が硬直した。
時刻は5時に差し掛かり、野次馬も警察も撤収を始めている。
このまま警察は公安と協力して海外からの諜報員を警戒。勇御は明日から二人の諸々を調べる事になるが。
ここで全員が大きな要素を見逃していた。あるいは油断していた。
脱水後に乾かされていたディナとイファの衣類が、不思議な音を発するまでは。
「「……!?」」
涼やかに木霊するような連続音。
まるで何か、神秘的な音を発する楽器のような印象の音だが、何故だか不吉な予感しか与えない。
それは鮮やかな音色でも、れっきとした警告音だった。
もちろんディナはすぐに事態を把握する。
「――――――ッユーゴ!」
「わかってるよ……けどマジか、街のド真ん中だぞ……!!?」
「ディナ……?」
「おいおいなんかヤベェ感じだぞコリャぁ……」
ディナの警告を受けて、即座に勇御も周辺を感覚器を全開にして広域を走査し―――
「っていきなりか――――!?」
―――直上にドでかいエネルギーを探知した直後、真っ白な光が勇御宅を直撃した。