2章 第2話 「公務員も頑張っているのだ 」
腕の良い捜査官なら、そう遅くないうちにあの現場に誰が居たかを突き止めるだろう。叢瀬勇御はそう予測していたが。
「……マジか……いや落ちつけ」
家の前で消えたクルマの排気音に、玄関扉の外に気配を感じてみれば、分かりやすく『監視しています』と言わんばかりの黒塗りのセダンが一台、家の向かいに頭をのぞかせている。
隠す気の全く感じられない、公用仕様のフェンダーミラー付きである。舐めてんのか。
「2~3日中には誰かしら様子見で鎌かけとか揺さぶりが来るとは思ったけど……いきなり公安……でも何で外事三課?」
いつから職分が外国人のテロ対策から宇宙人対策まで広がったんだろう、と勇御は思いかけたが。
(いや……宇宙人ってより諜報員対策か……。スパイ狩りする前に先に背景埋めに来てるのか、これは―――――)
「………パないなー日本の警察」
こんなに優秀な人材が現場レベルでは頑張ってるのに、全然報われてない現状に涙を誘う。というか中学生に同情されるな日本の治安維持の現場。
そんな、玄関の扉に張り付いてフンフン唸っている勇御に、思いっきり不審な目を向けているのは他所の星からやって来た(落ちてきた?)金髪のお姉さん(宇宙人)、ディナだった。
「……何やってるんだ……ですか、あなたは?」
木材の板(玄関の扉)に身体を摺りつけるのはこの星の生物の習性か何かかと、そんなディナの誤解は一刻も早く解けて欲しいものである。
同じ頃、もう一人のチビッ子宇宙人、イファはというと、テレビの子供向け番組にハートキャッチされていた。
「買い物に行くにもなぁ……公安なら不法侵入楽勝だろうしなぁ。二人ならもし見つかっても外国人で済ますか……いや、勘のいい奴なら気づく……」
見つかって、宇宙人とバレれば強引に拉致しに来るか。仮に来ても、相手はただの人間。勇御なら撃退するのは容易かろう。
だが、不法侵入に拉致監禁と言う非合法手段のコンボが障害(勇御)に阻止され叶わないとなれば、ビザの無い外国人とか何とか言って合法的に入管(入国管理局)へ拘留、その後政治圧力で日本からアメリカへの引き渡し。、研究解体、テクノロジーの解析の流れ作業となるだろう。目に浮かぶようだ。
絶対引き渡せない。
勇御とて海外で大国の国益至上主義は反吐が出るほど見てきている。なので、宇宙からの訪問者に対して地球人類が配慮や人格への尊重など見せる事は一切期待しない。
中学生にこんな夢も希望も性善性の欠片もない人生観を与えて恥ずかしくないのか、世界。
そんな世間にスレた中学生は、未だに自問自答を繰り返していた。
「確証は無いと思うんだよなぁ……」
そんなもんがあったら今頃、自衛隊のレンジャー部隊か米軍特殊部隊のどこかが乗り込んで来ていただろう。
全員殴り倒すのは難しくないが、問題になるのはその後。右も左も分からない異星人二人を連れての逃亡生活は、ちと拙い。世の中は力でどうにもならない事の方が多いのである。
考えてみれば、この人らの名前が分かっただけで何も進展してないんだなぁ、とちょっと唖然とする勇御。
そんな勇御の思考的葛藤はさっぱり理解されなかったが、異星人二人とて決して楽観的な心境には在らず。
何せ故郷を何万光年も離れ、艦隊からも離れ、乗って来た宇宙船も何もかも無くしたのだ。
例え食べ物がものすごく美味しくとも、何もかもが不便でありそうながら、奇妙な居心地の良さを感じていたとしても、先の見えない不安は今も確実にディナとイファに纏わりついている。
「キャー!?」
「イファさま、何事です!?」
「ど、どうぶつが! 生きてるどうぶつが死んだ……! どうぶつがどうぶつがドウブツを食べてますぅー!!」
「だ、ダメですよイファさま、こんな野蛮な映像を見ては! クッ……やはりここは未発達の文明か……!」
纏わりついているとは思うのだが、そこはかとなく楽しそうなのは何故だろう、と相変わらず少女二人が何言ってるか分からない勇御は、釈然としないモノを以って沈黙した。
◇
その頃、勇御宅外の車の中では。
「叢瀬勇御、今年で15歳……ガキじゃねえか。それに何だこの穴だらけの資料は?」
「何故か役所の資料ではその形で登録されていました。当時の担当者印は押されてますが……今となっては理由も原因も不明だそうです」
ノートPCの画面、その家の住人の資料を見て呆れているのは、がっしりとした体格で髪を短く刈っている男。ダークスーツを着崩し、サングラスをかけた『長尾』と呼ばれる公安の捜査官だった。
そしてPCを操作する女性、『相麻』と呼ばれた捜査官も同じくPCの画面を操作しながら首を傾げている。膝の上にノートPCを置いているが、スーツを押し上げている胸が少し視界の邪魔になっているようだ。
言うまでも無く、昨夜の高速道路爆発事件の調査(正確にはそれを宇宙人の仕業と睨んで動いている各国諜報部員の牽制)に動いていた警視庁公安部外事3課の捜査官だった。
「家族構成、出身地、病歴、何から何まで不明……。入学すら文科省私学部参事官の書簡でゴリ押しだとぉ? なんだこりゃ、俺たちゃ何かにハメられてんじゃないだろうな?」
「学校にはほとんど行っていないようです。ですが代わりの課題をきっちりこなす、真面目な生徒という事でしたね」
勇御の乗っていた(大破した)自転車は、外国製のクロスバイク。実は中学生が買えるような値段ではない。
海外のメーカーで日本国内に代理店も少ない上に、高価な商品なので名前や住所も登録することになる。後になって、勇御は偽名や偽の住所にしておくべきだったと後悔したが。
勇御の想定通り、自転車、料金所の監視カメラからここまで辿られた事になるが、それにしても早い。しかも学校と役所で顔写真入手と人物調査まで済ませて来たこの手際である。
「ただのガキじゃねぇよなぁ……どう考えても」
「……ここからは自転車は見当たりませんね。もしかしたら人違いで裏に置いてある、とかもしれませんが……どうします?」
この少年は恐らく先日の事件の何かを知っている。それは捜査官、長尾圭慈の勘だった。
同時に、迂闊に踏み込むのを躊躇わせるのもまた、長年捜査官をやって来た男の勘だった。
目の前にあるのはごく普通の一戸建て住宅。なのに、肌に感じるこの熱いモノは一体何なのか。
「……面白そうだな」
近頃感じた事の無い、新しい何かにぶち当たる予感。
ニヤリ、と、腹の底から込上げる何かが壮年の捜査官を期待させた。
◇
「で、ディナに質問したいんだが……どうしてあんたは臨戦態勢待ったなし、って感じなの?」
「狩りに行くのでしょう? 自分の食べ物は自分で確保します!」
宇宙船の中で見たニーコッドと呼ばれる人型昆虫達の武器に似た何かを握り締め、何故か金髪のお姉さんは鼻息が荒い。
突然宇宙戦争の引き金を引きやしないか、甚だ不安な勇御だった。
そして勇御の心配する通り、金髪のお姉さんは全然事態を理解していなかったりする。
「まさかその鬼兵器で、あんたらとっ捕まえにくる人間、返り討ちにするつもりではあるまい、ね……?」
返り討ちというか、完全に狩りに行く気満々にしか見えない。何を狩りに行く気かは知らないが、外に出れば獲物に化けるのは異星人のお二人である。
ディナの持つ兵器は地球上のあらゆる物体を破壊できる上に、防御するには同等のテクノロジーが必要になる。大国がこの武器の存在を知れば、戦争を起こしてでも手に入れようとするだろう。
「そりゃその武器がスゲーのは知ってるけど、それ一丁で特殊作戦部隊相手に戦えるわけでもないだろう……。戦闘技術でいえば地球の兵も負けてないですよ?」
「どうしたんです、行かないんですか? わたしだって艦隊では防衛戦隊へ志願したこともあるんです。原生生物を撃つことくらいなんでもありません」
地球の文化レベル自体を勘違いしているのだが、勇御にそこの所は伝わらなかった。
「と、とにかくオレがどうにかするからあんたは大人しくしててくれよ。この後どうするにも今あんた達の存在がバレるのは避けたい」
何もするな、と伝えるのは難しいなぁ、と、またも困難な戦いを予感する。
だが開戦前に、『ピンポーン』というテンプレな呼び出し音が勇御宅に鳴り響いてしまった。
「なんと! こっちも来たか!?」
「な、何だ今の音?」
背にしていた玄関扉に再び張り付く。
玄関の覗き穴から見たそこには、ダークスーツのいかにも『出来そう』な眼鏡のお姉さんが立っているではないか。
(クッ……面倒な時に面倒な事が)
最良(最悪)のタイミングで揺さぶりに来てくれた。恐るべし公安外事三課。
勇御の家は完全防音に加えて外からの熱感知や盗聴の対策も施してある。カーテンも特別な遮光処理済み。
外からは何も分からなかったのだろう。だから直接こちらの反応を見に来ている。だからっていきなり直接来るとは、思い切ったヒトだ。
「一番来てほしくないタイプの人が来ちゃったよ……」
選択肢としては、居留守か応対するかしかない。居留守を使えば、違法行為アグレッシブな公安部員の事、迷わず敷地内に入って探って来る可能性も高い。そうなると、家の中に複数人の人間が居る事がバレるし、居留守を使うに相当する理由がある事も察してしまう。
対応する、となると。
「こっちのお姉さんが問題に……」
「……な、なんです、その聞きわけの無い子どもを見守るような眼は。これでもあなたよりは年上ですよ、きっと」
何とも弱り切った勇御の様子を見て、何となく機嫌を害する聞き分けの無い(というか言ってる事の分からない)お姉さん。
そうしている間にも、呼鈴は再び住人を呼ぶ。
◇
呼鈴の3回目と同時に、家人の少年が玄関から出て来た。
中学生と聞いていたが、正対すると相麻夏生(身長170センチ)よりも背が高い。
一見すると中肉に見えるが、良く見ればTシャツの上からくっきり分かれた筋肉が窺える。
顔は涼しげな美少年と言って良いかもしれないが、目付きが少し鋭すぎた。
纏う空気も重く、静かだ。なるほど、ただの少年ではない。
「こんにちわ、―――県警から来ました宇和島と申します」
「どうも……こんにちわ」
適当に警察関係と名乗る『宇和島』こと相麻夏生は、さり気なく少年、勇御とその背後を観察する。
一人ではなさそうだ。奥からはテレビの音しか聞こえないが、微かに人の息遣いのようなものも感じる。逆に、潜んでいる風でも無いが。
「で……何かご用で?」
しかしさり気なく、相麻の前に出て視界を狭める勇御。ワザとらしく前を塞いだりしない、的確に射線を遮るポジションだった。
「あ、ええ、昨夜の高速道路の事故は御存じですか?」
「ええ、ニュースで見ました………」
「その事件で被害に遭われました方の遺留品などの確認を行ってまして―――――」
直球で来た、と勇御は内心で思う。
3回表ノーカウントです阪球の攻撃綱島投げたーこれはボールです。……ここまで両軍ヒットがありませんがどうですか西原さん。
「―――――現場に叢瀬さんの自転車がありましたので、持ち主の方の安否を確認させていただきに参ったのですが、家の方は……?」
「オレの自転車……ですか」
宇宙人に野球が分かるんだろうか。
居間では〝阪球〟対〝東洋〟のデイゲームが流れている。諸星のバットはボールを芯で捉えきれない。
「昨夜自転車で高速道路に入られましたね、事件直後に。監視カメラに写っていましたが、何故そんな事を?」
「……なんか起こったと思って……面白そうだったんで。すいませんでした」
勇御なりに、野放図な中学生っぽい答えを考えてみた。
綱島の第二投は投げたストライー……いやちょっとまた外しましたツーボール、ノーストライクツーボールカウント無しです。
「高速道路を自転車で走行した事について調べているワケではありませんが……大変だったのではありませんか? あんな事に巻き込まれたんですから」
「爆発が起きる前に逃げましたんで」
「自転車を降りてですか? その爆発は一回目ですか、二回目でしたか?」
「さあ、おっかなくなってダッシュで逃げたんで」
やっぱダメかもしれないと思いつつ、あくまでもただの野次馬を装ってみる勇御。
公安の捜査官は口調こそ丁寧かつ穏やかだが、眼光の鋭さは半端ではない。どんな些細なことすら見逃すものか、という気合が窺え。
やる気ないフリで何とか躱わす勇御と喰らいつく女性捜査官。さあ注目の三投目。相馬が振りかぶる。
そして、
「きゃああああああ!!」
「いやああああああ!!??」
「―――――――!?」
「ギャアアアアアアアアアアこのめんどくさい時にいいいいい!!」
居間から響きわたる悲鳴が、勇御の儚い努力をブチ壊す。
おっと暴投。デッドボール! 箱田バッターボックスへ―――両軍ベンチから選手が飛び出し――――
◇
出て行ってから5分ほどで女捜査官、相麻夏生は車へと戻って来た。
「おかえりぃ。楽しそうだったじゃねぇか」
「はぁ……」
意気込んで出て行った時とは対照的に、妙に気の抜けた様子で同僚は帰って来た。
やはり、現場にいたという可能性だけで、事の真相に関連付けるのは無理があったか。
ならばそれも想定の範囲内。大抵は地道に証拠を並べて行った先にこそ事実があるのだから。
「ま、鑑識結果が出るまでの暇潰しみたいなもんだったからな。大方あのガキも見物にでも行っただけだったろ?」
「え、ええ、そう言ってました」
「色々裏はありそうだったがなぁ……今回の件とは関わり無しか。じゃ、行くぞ」
黒塗りのセダンがアイドリング音を立て始める。
窓の外に出ていた手が煙草の吸殻を弾き飛ばす。
普段ならそれを咎める相麻だったが、先ほどから呆けたように上の空だった。
新人の頃から着き合っている同僚をして、こんな姿は見たこと無い。
「……どうした? 気になる事でもあったか」
「は……いえ、何でもないんです……多分。行きましょう。今なら何か分かるかも」
どこか言い訳がましく言う同僚の様子が気になる。
いったい何を見てこうなったのかは分からなかったが、かといって長尾は相手の考えも纏まっていない内から記憶を穿らせる気も起きず、釈然としないものを覚えながらもその場を後にした。
◇
やっぱり宇宙人のヒトに野球中継は面白くなかったらしい。次からは、その辺の事も考慮に入れたい。
「どうして出てくるのさ何があったのさ思いっきりアンタ等見られて聞かれて多分また面倒臭い事になるー!!?」
「いったいこの星の情報メディアの倫理とかモラルはどうなっているんだ! イファさまが……イファさまがあんな無残な―――――」
「うわあああああん! うわあああああああん!!」
居間から飛び出して来てがっちり公安の捜査官にその姿を晒した二人は、今も半狂乱で喚いていた。
金髪のお姉さんはイファの手を引き勇御に噛みつかんばかりの勢い。手を引かれている小さな子供は泣きじゃくりながら下っ腹のやや下を抑えていた。
異星の言葉で怒鳴り、ブンブン手を振り回しながら居間の方を指し示すディナ。
一体何事かと居間に飛び込んだ勇御が見た物は。
春の怪奇心霊特番。芸能人の本当にあった怖い話(本人による再現VTR付き)。
「稲○ァ!?」
淳○ぷれぜんつ。
「夏にやれこんなもん!!」
苦労してディナを居間に押し込み、ごく短時間で『動くな』と苦労して伝えた勇御の努力に謝れ。
そして先日、リアルに怪談に巻き込まれた女子高生に謝れ。
「つまりアレか……恐怖体験V(TR)にイファが……やられた、と」
「と、とにかく替えの着衣を寄こしやがれ! ください!!」
「うええええ……ごめんなさい、ごめんなさい……」
幽霊にビビって漏らすのは宇宙共通らしい。だからと言って変な仲間意識を持ってはいけないぞ、某女子高生。年齢が違うのだから。
テレビの音で二人の生活音を誤魔化せれば、と思った事がこんな裏目に出るとは勇御も想定の範囲外。
とりあえずバスルームへ二人を連れて行き、適当な服を渡す。
そして野球中継は、視聴者にチャンネルを変えられたことを謝れ。
「気にする事はありませんよイファさま。た、たとえ何が出てもわたしが撃退して見せますから……」
「怖いです……怖いです……ぶら下がった人が怖いです……水の中の人が怖いです……鏡に映った人が怖いです……壁から出てくる人が―――――――」
泣きながらディナの太腿に縋りつく幼女。
言葉が通じていないであろう宇宙人を映像だけでここまでビビらせるとは大したものだな、テレビ○日。でもやっぱり季節を選べ。
「……あの捜査官、二人を見て即効で帰ったが……動くかなぁ……やっぱり動くかなぁ……」
テレビのチャンネルを変え、イファの粗相の始末をする。
外国人犯罪を処理する人間が、この二人を怪しまない理由があるか。
チャンネルが変わった先のお昼のニュースでは、相変わらず高速道路の爆発事故を報道していた。




