理不尽
「ぐっ…」
強い足蹴りをくらって俺は裏路地の隅に追いやられた。黒ずくめの“奴”は、俺に銃口を向ける。ガチャンと音がして、弾が装填された。きっと、俺は無様な顔を晒していたことだろう。立つことすらままならなくて、後退ろうとするもすぐに後ろの壁が俺を拒んだ。
“奴”は、一歩近づいた。そして、おもむろに喋りだした。
「猿と人間は、何が違う?」
低く、一言で人を圧するようなその声で喋り始めたのはそんなこと。俺を撃つ事はその問いよりもつまらないものなのであろうか。だがしかし、私はその男が与える精神的な圧迫感に声も出せない状態だった。
男は話を続ける。
「猿はな、好奇心より恐怖が勝るからだ。文明の利器とも言えるこの銃を猿に持たせたらどうなるだろうか。人間の真似事で発泡するまでは出来ても、すぐに驚き逃げるだろう。」
「そ…れが…どうした…」
俺がやっと絞りだした声も無視して“奴”は話を続ける。
「そうすると、人は、どうだろうか。人は、俺らは、銃を撃つこと自体を、怖いとは思わない。怖がるのは、これで人の命が失われるからだ」
「…」
「これを発明した時、初めて撃ったとき、そいつはこれを怖いと、思っただろうか?思ってないだろうな。だからこそ、今の世に残っている。むしろ、これによって起こることへの“好奇心”の方が強かっただろうな。」
黒いサングラスの奥では、まだ何を考えているのかよく分からない。
「自分が死ぬかもしれない状況に陥った際の自己防衛本能を、たかが好奇心が上回るなんて、笑えるだろう?」
笑うでもなく、怒るでもなく、ただ淡々と話す。
「まぁ、要は好奇心が恐怖心を上回るってことは、」
銃身を撫でていた人差し指の動きがピタリと止み、その指は引金に乗せられた。
「その時点で、死ぬ覚悟は出来てるってこと、だよな」
乾いた破裂音が響いて、腹に鋭い痛みが走った。




