#8生徒会でのこと 前
放課後。僕は一枚の扉の前で立ち止まっていた。上を見上げて書いてある文字は≪生徒会室≫。
昨日休んでしまったので入りづらい。どうしようかな……。このまま回れ右して帰りたくなってくるのだけど、休んだら休んだ分だけしっかりと仕返しをするのが会長だ。
思わずもれるため息。視線も自然とうつむきがちになる。そんな僕の視界が遮られる。
「だーれだ?」
「いた、痛いです日向会長っ!!」
声に一瞬遅れて伝えられる痛みに僕は悲鳴と、問いかけに対する答えを叫んだ。この人思いっきし爪立てたよ。
「ふむ、大正解だ伏見書記。中にいるやつ、ドアを開けろ」
「ちょっ、日向会長!? 正解なら放してくださいよ! 痛いですって!!」
「ドアくらい自分で開けろ。あと、伏見をいじめるな」
その時後ろから声をかけてきたのは、声から察するに月宮副会長だ。彼がそのまま扉を開けるのが分かった。
「可愛い後輩をいじめて何がいけないというんだ、月宮」
「いけないに決まっているだろう、日向」
言いながら二人は生徒会室に入って行く。……僕の視界をふさいだまま。
「だ、だから放してくださいよ!」
僕は少し焦っていた。最初の僕と会長との間には少し距離があった。けれども今は会長が無理に前へ歩いているためか、密着状態となっている。要するに何が言いたいかはわかるだろう。思わず赤面してしまうということだ。
「ん? どうした、真っ赤だぞ。風邪か、伏見書記?」
耳元で甘くささやく。この人絶対わかってる。
「会長、そろそろやめてあげたらどうですか?」
「そうですよ、かいちょ〜。伏見君がかわいそうです」
「そうだな、会計と庶務がそういうならやめてやるか」
そこで僕はようやく解放され、僕を捕らえていた人を視界に入れる。
日向朱羽。長身痩躯に尊大な態度な会長。長い黒髪をポニーテールにしてまとめ、大きな丸い髪飾りをしている。自分の中にあるルールに従って生きている人で《やられた分だけやり返す》というモットーを持っている。それがよく表れているのが呼び方で、最初に名字で呼ばれたら名字、名前で呼ばれたら名前、自分のことを会長という役職でしか呼ばなかった相手には同じく役職や部活動名、委員会名、何もない場合は出席番号などで呼ぶようにしている。
そんな彼女の近くに見えるのが、月宮俊哉。同じく長身痩躯で割と無表情な副会長。常に冷静で頼りになる先輩。
先ほど助け船を出してくれた会計の北野先輩。二年。男。
同じく先ほど会長を止めてくれた庶務の南さん。一年。女。
そして僕を含めた五人が生徒会を構成するメンバーだ。
「伏見書記。昨日はどうして来なかったんだ?」
長机の長辺をくっつけた8人掛けの一席に座ったところで会長が尋ねてきた。会計、庶務もこっちを向いたが、副会長は興味がないようで黙々と書類を見ていた。
「その、ちょっと用事があって……」
僕はあらかじめ考えておいた言い訳を口にする。
「ふむ、用事か。用事なら仕方ないな。それでどんな用事だったんだ?」
やたら用事と繰り返す会長はなにやら嬉しそうな顔をしていた。例えるなら猫がネズミを追い詰めるような。
「え、ええ。なんか祖母が入院してしまったようでお見舞いに行ってたんです」
「入院!? なんと、それは大変ではないか。それで大丈夫だったのか?」
「はい、検査入院なので」
「そうか、しかしおばあさんが入院とは心配だっただろう」
「は、はい。でも検査入院だということは知っていたので」
「なるほどな。だから生徒会を休み、帰宅後すぐに家族で出かけたということだな」
「はい」
会長は深く思案する。
これはごまかせたと思っていいのかな……?
「伏見書記」
会長は顔を上げ、言った。
「嘘はいけないな」
「っ! な、何を言って……」
僕の言葉をさえぎり会長は僕にだけ見えるように携帯電話の画面を開いた。
「――!!」
「……はい、アーン」
僕の耳元でささやく会長。画面を彩る映像、それは昨日の一場面だった。開いた口がふさがらぬまま目をパチパチする僕。
「さて、なぜその写真を? といった顔だな。君は自分が有名人だということを自覚したほうがいいな。私だって往来でこんなことされたらプライバシーとか肖像権を無視して激写してしまうかもしれない。ちなみにこれは私が撮ったものではなくクラスメートからのいただき物だ。何故なら私は昨日生徒会業務をしていたからな、女子とこんなことをしていた伏見書記とは違って。あぁ、そうだ。君の姉にも昨日何か外せない用事があったかを聞いておいたんだが、特にないと言っていたな。少なくとも、おばあさんのお見舞いなんてのは」
さて、何か申し開きはあるか。そう付け足し会長は僕を見た。それに僕は
「……すいませんでした」
と答えた。
「まったく、最初から素直に謝っていれば軽くいじめるだけで済んだというのに」
……いや、そのいじめる、ってとこが嫌なんですが。
「それでは罰ゲームだ。こっちへ来い」
……何されるんだろ? とてつもなく嫌だけど向かわざるを得ない。気分は死刑囚。当然死にはしないけど。
会長の前までやってきた僕は、
「後ろを向け」
会長に背を向け、きる前に羽交い絞めにされ、そのまま会長の膝の上にお招きされた。
「なっ、な、なっ、何をしているんですか!?」
「な、が多いな伏見書記。何って罰ゲームに決まっているじゃないか」
身長差というものは恐ろしい。膝の上に座らされて僕の目線はようやく会長と同じだ。
「こ、こんなことして僕にいったい何の損があるって言うんですか!?」
その言葉に会長は僕の前に手を回し、しっかりと抱きしめるようにした。
「――!!」
「何の損があるかって、そんなの君の反応を見れば充分罰ゲームとして機能しているのは明白ではないか。それに」彼女は耳元に顔を寄せる。「れいちゃんは子供扱いされるのが嫌いだもんね〜」
常より甘い、いや、甘ったるい声でささやき、そのまま僕の頭をなでた。
僕はぞわぞわっ、と何かが背筋を走ったような気がした。
おや、伏見書記の体から力が抜けた?
「れいちゃ〜ん、起きてる〜?」
「は、はいっ!」
我ながらこの声は気持ち悪いと思うのだが、まぁ、楽しいからいい。この少年は本当にいい反応をする。
それにしても、肌すごくきれいだな……。
このように間近で見ているとそんなことがよく分かる。それにこの少年、小学生並の身長のくせして顔立ちだけを見ると童顔という訳ではなく、むしろ大人びている。
好奇心に負けて顔を触ってみるとその肌は子供のようにすべすべ。いったいどんな洗顔料を使っているのだ? 今度聞いてみよう。
「おい、日向」
「何だ、月宮」
声の主を見ると仏頂面をしていた。といっても別に不機嫌という訳ではない(と思う)。こいつはいつもこんな感じだ。
「そろそろやめてやれ」
そしてそのままの表情で、しかし声音だけは伏見書記を心配しているように言う。
「さて、しかしまだ物足りないんだが……」
「いいからやめてやれ。伏見に話しておくことがあるだろう」
ふぅ、しょうがないか。
「伏見書記、もういいぞ」
そう言って私は回していた腕をほどく。しかし彼は私の言葉が簡単には信じられなかったのか、ゆっくりと顔だけ振り向いて私を見つめる。私もそれを見つめ返してみる。そのままどちらも目をそらさない。
なんだろうな、この状況は? まるでこのまま恋でも芽生えてしまいそうではないか。しかしそれも面白いかもしれない、こうやって一時の感情に身を任せてしまうのも。
うん、キスでもしてしまおうか?
「にゅ〜とらるくりあ〜」
冷静に、しかし着実に混乱していた(主観的に)私を現実に戻したのは間の抜けた庶務の言葉と、見つめ合っていた二人を遮る一枚の下敷きだった。
さて、感謝するべきか、残念がるべきか。どうやら未だに絶賛混乱中らしい。
「さっさとしろ。話が進まない」
「うるさい、ハゲ」
とりあえず月宮にやつあたりでもしていつもの自分を取り戻そう。そう決めた。
思ったようにまとまらず話が進まなかったので続きます。読んでいただきありがとうございました。