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#5図書館に行こう

 土曜日。

 僕は学校最寄りの駅前にいた。理由は簡単。敬吾と待ち合わせて、図書館に勉強しに行くためだ。

「玲、待ったか?」

 時刻は9時半、待ち合わせ時間ぴったりに敬吾がやって来た。

「ううん、今来たとこ」

「今更言うのもなんだが、まだ開いてないんじゃないか?」

 ここから市営図書館までは歩いて10分。開館は10時。敬吾の指摘はもっともだ。

「うん。でもね、敬吾はあんまり行かないから分かんないかもしれないけど、開館前から並んでる人っているんだよ」

 休日の図書館使用者は多い。

「それでも時間ちょうどに行ったって、普通に座れる場所ぐらいあるだろ?」

 又も、敬吾の指摘はもっともだった。そこで僕は敬吾の目を見て聞く。

「敬吾……今日は何しに来たの?」

「……勉強じゃないのか?」

 敬吾は目をそらして答えた。分かっているくせにごまかす敬吾に僕は言う。

「僕、昨日ちゃんと言ったよね?」

 そう、今日は夏目先輩が図書館で勉強するのだ。このあたりで図書館と言ったら、僕たちが今目指しているところしかない。

「だが、そうそううまくいくものでもないだろう?」

 じゃあ何で来たのさ? そう言おうかと思ったけど止めた。

「さっきも言ったけど、開館前に並んでる人がいるんだ。もしかしたらその中に先輩がいるかもしれない」

 僕の考えはただそれだけ。

「もしいればその場で軽く話ができるかもしれない。うまくいけば近くで勉強できるかもしれない」

「……いなかったらどうするんだ?」

「その時は普通に勉強するだけだよ、テスト前なんだから。それに、たとえ今から行って会えなかったとしても、先輩は一日いるって言ってたから今日のどこかで偶然会えるかもしれない」

「つまり運任せか……」

 僕の考えを聞いた敬吾は軽く首を振りながら言った。せっかく人が考えたって言うのに失礼な。少しムカッときた。

「いや、そんなことないよ」

 だから、こうしよう。

「いるってことはわかってるんだ。会えなかったときは敬吾が探せばいいんだよ」

「……え?」

「運任せなのが嫌なんでしょう? だったら偶然なんかに頼らなくたって敬吾が見つけて声をかければそれで解決だよ!」

「いや、そんなことできるわけが――」ないとは、言わせない。

「うん、それで決定! そうだ、先輩が並んでたら僕が話しかけようかと思ってたんだけど、敬吾がやったほうがいいよね!」「玲、俺にそんなこと――」「その時はちゃんと『よかったら一緒に勉強しませんか?』ぐらい言ってよね。僕はあまり話さないようにするから」

 有無を言わせようとしない僕の雰囲気に気付いたのか、敬語はあきらめて口を閉ざした。

 10分というのは割とすぐ過ぎてしまう。僕たちは話している間に図書館に到着した。

「先輩がいるといいね♪」

 入り口を通りながら僕は言う。

「……ああ、そうだな」

 これから愛しの先輩に会えるかもしれないというのに少し沈んだ口調の敬吾。

 ここで図書館について説明しよう。

 この建物は参号館と呼ばれている。1階はロビーと大きなテレビ。2階にいくつかお店が入っていて、図書館は3〜7階スペースに入っている。7階は閉架図書専用であるから僕たちが入れるのは3〜6階。8階から上にもいろいろあるのだが、僕は9階に能楽堂があることしか知らない(中学で能を見させられた)。そんな14階建ての建物の中に図書館は存在している。

 この図書館は雑多に本を入荷していて、ライトノベルはともかくとして、ゲームの攻略本が――棚ひとつ分――入っているのを見た時は驚いた。利用者のリクエストをほとんど受けつけているようで、専門書から攻略本のようなものまで本当に様々な本が入っている。僕も古川さんに教えてもらった本を借りたりするのでたびたび使用する場所だ。

 3階に上がってみると並んでいる人はおよそ15人。その中に先輩は…………いないようだ。敬吾が軽くため息をついていたが、ホッとしたのかがっかりしたのかはわからなかった。

 じゃあ、とりあえず並ぼうか。そう敬吾に言おうとした時、

「あれ、伏見君と佐川君だ」

後ろから声をかけられた。その人は(くだん)の人物、夏目先輩だった。

「どうしたの、こんなところで?」

「こんなところに来る理由なんて勉強ぐらいしかないですよ」

「ふふふ、テスト前なんだからそうだよね」

 僕は受け答えしながら敬吾の脇腹を肘でつつく。

「せ、先輩、おはようございます!」

「あれ、そういえば挨拶してなかったね。二人ともおはよう」

「おはようございます」

「おはようございます!」

 なぜか僕に続いて敬吾がもう一度挨拶をした。変な人だと思われないだろうか、と心配したけど、先輩は苦笑とかそういう感じではなく普通に笑っていたから多分大丈夫だろう。

 続いて敬吾が話すのを期待してみたのだが、無理そうだったので結局僕が話しかけることにした。

「そういえば先輩、敬吾の名前(こと)知ってたんですね」

「うん、ちょっと前に一度話したことがあったから」

 はて、一度話しただけの人の名前なんて普通覚えているものだろうか? そう思った僕はそのことについて聞いてみた。

「ううん。名前については前から知ってたの」

「どういうことですか?」

 もしかして、ここで先輩も敬吾のことが好きであっさりと両思いなんて急展開なのだろうか?

「だって伏見君と佐川君とリチャード君って有名なんだよ」

 そんな僕の期待は大外れ。

 先輩の話によると僕たちは有名らしい。その理由は僕の身長。自分で言うのも悲しくなるけど、小学生並みの身長の僕と、共に170cmを超える敬吾たちが一緒にいるのは目立つらしい。それに加えて、僕の容姿とリッチの金髪、敬吾の整った顔立ちを相殺するほどの目つきの悪さ。程度の差はあれど個々で目を引く外見をしているのに、そんな三人がよく一緒にいれば目立つなと言うほうが無理らしい。

「せ、先輩はお一人なんですか?」

 さっきから硬直(フリーズ)していた敬吾が僕たちの会話の切れ目に話しかけてきた。

「うん」

「だったら、よければ一緒に勉強しませんか?」

 先ほどからは信じられないほどはっきりと敬吾は言った。さっきまで黙っていたのは覚悟みたいのを決めていたせいかもしれない。

 そんな敬吾の提案に先輩は笑顔で了承した。



 カリカリカリとシャーペンが紙面を踊る音、絨毯によってある程度消されたかすかな足音、時折聞こえる小さな話し声、ページをめくる音。そんな静かな空間。

 結局のところ、一緒に勉強をするといっても何かおしゃべりができるわけではない。

 とはいえ、会話をする機会を増やすことはできる。

 四人掛けの机の一角に座っていた僕は2時間近く連立方程式を解いていたシャーペンを置くと、隣に座る敬吾を見て、次に向かいに座る先輩を見てから口を開いた。

「先輩はお昼何を食べるんですか?」

「あ、もうお昼なんだね」

 先輩は顔を上げた。

「私は外にある『ウィズ』っていう喫茶店に行こうかなって思ってたんだけど、伏見君たちは?」

「僕たちは特に何も考えてなくて。あ、そうだ。よかったら一緒に行ってもいいですか?」

「うん、いいよ。でも、佐川君はそれでいいの?」

「別にいいよね、敬吾?」

 一応疑問形で聞いたけどこれはそんなものではない。決定事項だと伝えているだけだ。敬吾もそんなことは分かっているといわんばかりに静かにうなずいた。



「いらっしゃいませ」

 僕たちが入った店『ウィズ』は落ち着いた雰囲気の店だった。四人掛けのテーブルが3つにカウンター席が4つ。店員さんも制服といった感じではなく、私服に黒のエプロンをつけている、といった様子の小さな店だった。

「あれ、古川さん?」

 そんな店の一角にクラスメートがいた。四人掛けのテーブルに一人で座っている。

「……伏見君と、夏目先輩?」

 古川さんが顔をあげてつぶやいた。

「陽菜ちゃんと知り合いなの、伏見君?」

「はい、同じクラスですから」

 そこで一つ思いついた僕は古川さんのテーブルに近づいた。

「ねぇ、古川さん。一緒に座ってもいいかな?」

 見たところテーブルにはなにも載っていない。おそらく来たばかりか頼んだところなのだろう。

「……別にいいけど」

 ほかにも席は空いているのに相席希望という変な提案だと思うけれども古川さんはうなずいてくれた。

「ありがとう。じゃあ、隣借りるね」

 そう言って僕は古川さんの隣に座った。

「それじゃあおじゃまするね、陽菜ちゃん」

 勝手な僕の提案にはなにも言わずに先輩も古川さんの向かいに座った。これで狙い通り。

「早く来なよ敬吾」

 僕は残った席――先輩の隣に座るのを躊躇(ちゅうちょ)している敬吾に声をかけた。

「あ、ああ」

 敬吾は少しだけぎくしゃくとした動きで席に着いた。

 注文してから料理が来るまで僕は古川さんに話しかけることにした。

「古川さんはこんなところで何してるの?」

「お昼ごはんを食べようとしてるんだけど」

 ふむ、道理だ。でもそういうことじゃない。

「じゃあお昼食べたらどうするの?」

「図書館で勉強するつもり」

「あら、それなら私たちと一緒ね」

 そんな僕たちの会話に先輩が参戦した。

「午前中も図書館にいたの?」

「ううん、家にいた。席が空いているといいんだけど」

「確か私の隣の席が開いていたわ。戻った時に空いてるかはわからないけど、よかったらどう?」

「あっ、いい考えですね、先輩。僕たちと一緒の机でもよかったらそうしようよ」

「……そういってくれるのはうれしいけど、佐川君はそれでいいの?」

「ああ、俺は全くかまわない」

それから僕たちは昼食を食べてから一緒に図書館へ向かい、午後6時まで勉強した後、解散した。


 季節は冬、12月。6時となった今では外は暗闇に包まれていた。

 危ないからという伏見君の発案により伏見君が私を、佐川君が夏目先輩を送っていくことになった。別れ際に伏見君が佐川君に何かを耳打ちしているのが見えた。

 今、伏見君は私とは降りる駅が違うにも関わらず、一緒に降りて家まで送ってくれている。

 道すがら他愛のない話をしながら、私は少し緊張していた。二人きり、なんて状況は今まであまりなかったからだ。

 ここでいいよ。駅を降りるときにそう言おうと思った。けれども、普通に電車を降りようとしている彼を見て、少しでも一緒にいたいと思ってしまったからその言葉を飲み込んだ。

 けれど、そんな時間ももうすぐ終わる。だから私はその前に聞きたい事を聞くことにした。

「ねぇ……」

「何?」

 彼は優しく笑う。

「……伏見君は……夏目、先輩のことが好き、なの?」

 私は顔を少し伏せて問いかける。

「いや、別に違うけど」

 特に考えた様子もなくすぐに返された答えに顔をあげると、少し困惑した彼の顔が見えた。

「……そうなんだ」

 我知らず安堵の声が漏れた。優の言葉を信じてなかったわけではないのだけれど、間接的に聞くのと直接聞くのとではやはり安心感が違う。

「それじゃあ、またね」

「……うん、またね」

 私の家に到着すると、先ほどの質問など気にした様子もなく彼は今来た道を引き返し始めた。

 さっきの質問から私の気持ちを読み取ってくれれば嬉しいのだけど、残念ながら彼は鈍感だ。そんな鈍感な彼の後ろ姿を見送りながら、今日は昨日と違ってよく眠れそうだな、と思った。

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