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#14夢という形の過去話

 脳内にドンドンドンと断続的な痛みが居座る。まぶたは重く、ようやくの思いで目を開くと見慣れたはずの天井がぼやけて視界に映った。そのまま数秒天井を見つめるも、視界は明瞭になるどころかますますかすむ。

 やばい。なんかもう、この上ないほどつらい。

「だ、大丈夫かっ、玲!?」

 珍しく動転してる姉さんの声が頭に響く。

「39度ちょうど。完全に風邪ね」

 冷静に、けれど心配そうに続けたのは母さんだ。

「……正直、しんどい」

 僕は正に息も絶え絶えといった状態で姉さんに答えた。声もかすれてちょっとハスキーボイス。

「そ、そうか……。でも安心しろ! 私がつきっきりで看病してやるからなっ!」

 姉さんのありがたいお言葉。正直涙が出そうだ。嬉しさと、……それ以上に頭に響く痛みによって。

「姉さん……もうちょっと静かに……」

 正直声を出すのもしんどい。

「あ、ああ。すまない」

「それと、看病はいいよ……」

「な、なぜだっ!?」

 あうっ……頭が……。

「羽衣ちゃん、静かにね」

 顔をしかめた僕を見て、優しく姉さんをたしなめる母さん。

 ばつが悪そうに口をつぐんだ姉さんは、それでも視線で僕に理由を問いかけていた。

「だって姉さん今まで皆勤でしょ……なのに僕のせいで休んじゃうなんて嫌だよ」

「別にそんなものどうだっていいじゃないか」

 姉さんは首を横に振った。

「ダメだよ……だってはじめてじゃない。皆勤賞なんて」

 僕は小学校の半分以上を、姉さんはそれに加えて中学の一年をイギリスで過ごした。だから姉さんにとって皆勤賞というのはこれが最初で最後の機会だ。なのにそれを僕のために不意にしてなんてほしくない。

「本当に皆勤なんかどうでもいいんだがな……」

 姉さんは苦々しくつぶやき

「……一日」

人差し指を立てて僕の目の前に持ってきた。

「一日で風邪を治すこと。そうでなかったら明日は何がなんでも休んで看病するから」

「……うん。頑張る」

 心配そうに僕を見つめる瞳。それに僕はニッコリと微笑み返した。




「辛かったらいくらでも電話しろ。学校なんかいくらでもサボるから」

「お粥作っておいたから。食欲あるようだったら温めて食べてね」

 二人を見送った僕は冷却シートと氷枕の世話になりながら、ゆるやかに意識を手放した。




 赤ちゃんの手の平に乗るような、小さな淡い水色の巾着袋。それを見て僕は懐かしく感じた。

 物心ついた時には既に持っていて、母さんにも大切にするように言われてた。中には紫水晶(アメジスト)の原石が入っていて、それを見るとなぜかひどく安心したのを覚えている。

 そこまで思考が巡って、今、自分は夢を見ているのだと気付いた。

 常に肌身離さずにと言っていいほどに持っていたお守りのようなもの。けれど、それはずっと昔、小学2年の頃に手放したもので、既に手元から失われてしまったのだから。

 不意に景色が変わった。

 巾着袋を固く握りしめて、涙の跡を残しながらも必死に笑う少女。少女はとても感情豊かで、喜怒哀楽がはっきりしていた。

 僕はこっちゃんと呼んでいた。

 こっちゃんよりも少し背の高い女の子。姉である彼女は僕と二つしか変わらないのに、やけに大人びてみえた。

 僕はらいさんと呼んでいた。

 今はもう顔もよく思い出せない少女たちはどうしているだろうか。

 少女たちと出会ったのは小学2年の夏休み。

 当時、ようやく自転車に乗れるようになった僕は、過保護な姉さんを振り切ってよく遠出をしていた。一度も迷子にならなかったのは、今思えば運がよかったのかもしれない。

 7月も終わり、8月に入ったある日のことだった。

 自転車をこいでいる最中にチェーンが外れた。

 僕はとても困った。突然ペダルに抵抗を感じなくなり、前につんのめりになって危うくこけそうになりながら自転車を降りた。それは僕にとって初めての事態で、対応策などみじんも浮かばずに、ただひたすらに困っていた。

 そんな時だ。姉妹が通りがかったのは。

 お姉さんのほうは、半泣きになっている僕に優しく笑いかけ、油に手を汚しながら不器用にチェーンを直してくれた。そして「もう大丈夫だよ」と再度笑って去って行った。

 それに僕は射ぬかれた。

 有り体に言ってしまえば初恋だった。といっても当時は気付かなかったけど。

 まぁ、自覚していようがいなかろうが色恋沙汰というものは人を行動的にするもので、次の日から僕はその辺一帯を自転車で散策することにした。

 お昼ご飯を食べたら出かけて、汗だくになって夕方に帰宅する。そんな風に4日が過ぎ、5日目のことだった。少女たちと再会できたのは。

 今思えば奇跡に近い出来事だと思う。名前も住んでいる場所も知らない人を探し出せたなんて。

 公園で遊ぶ二人になけなしの勇気で話しかけ、毎日のように遊ぶような仲になって。夏休みが終わっても日曜日は3人で遊んで。2人のことは姉さんや優には秘密にして、だって女の子に会いに行ってるなんて言えなくて、そのせいで二人が不機嫌になることもあったけど、それでも会いに行くのはやめなくて。10月になると遊び仲間が一人増えて、僕はまーくんと呼んでいて、彼は僕が名前を呼ぶたびに愉快そうに笑って。

 そんな日々が半年間続いた。

 半年で終わった。

 理由は父さんの転勤。行先はイギリス。もう気軽には会えないなんてことは明白だった。

 別れを告げた日。まーくんはいなかったから、こっちゃんとらいさんにさよならを伝えた。

 もう会えないと告げると、こっちゃんは涙目になった。問われるままに理由を話し終える頃には少女はボロボロに泣きくずれていた。らいさんはその間ずっとこっちゃんの肩に優しく手を置いていた。

 僕は少女に泣きやんでほしくて、だから僕の一番大切なものをあげることにした。

 紫水晶(アメジスト)の原石が入った淡い水色の巾着袋。物心ついた時には持っていて、母さんから大切にするよう言われてたお守り。

 迷いはなかった、といえば嘘になる。それは当時の僕にとってまさしく宝石のごとく大事にしてたから。

 けれど、どうしても少女の涙を止めたかった。

 僕の好きな人はいつの間にか少女になっていたのかもしれない。今となってはもうはっきりとしないけれど。

 こっちゃんにお守りを手渡すと、少女はお返しにと、身につけていた腕時計をくれた。それは少女が最近手に入れたばかりの、自慢にしていたものだった。

 私たちも交換しましょ。らいさんはそう言って髪を縛っていた赤いリボンをほどいた。僕も髪を縛っていた――僕は姉さんと母さんの趣味によりポニーテールだった――水色のリボンをほどいて、互いに髪を結び合った。




 夢が覚めた。

 内容ははっきりと覚えている。続きも容易に思い出せる。

 それはとてもとても懐かしい、そしてほんの少しの寂しさを伴う思い出。

 最後はなんとかみんなで笑い合って別れた僕は、お守りをあげてしまったことを母さんにひどく怒られた。今すぐにでも返してもらってきなさいとまで言われたけど、僕は決して首を縦に振ることはなかった。そんな僕を見て、母さんがひどく悲しげに瞳を伏せたことが印象的だった。

 それから僕は腕時計とリボンがボロボロになるまで常に身に付けた。

 久しぶりに取り出してみようかな。少し考えたけど頭を振って感傷を振り払う。その揺れに脳が悲鳴を上げた。その痛みに記憶の欠片がこぼれおちる。そういえば――

「こっちゃんたちも僕のこと、レイっちって読んでたっけ……」

 言葉にして呟くと、のどがかさついた。水がほしいし、僕の身体はささやかに空腹を訴えている。

 時計を見てみると、時刻は四時半。そろそろ姉さんが帰ってくるころだ。

 そのとき階下で物音が聞こえた。噂をすれば、とやらだ。

 出迎えついでに水を飲みに行こう。体を起こすと少しふらつくような気がしたけれど、僕は立ち上がり階下に向かった。




「ふむ、ここが伏見の家か」

「……来るの初めて」

「あらあら、だったら今夜はお赤飯ね」

 なんでだ。

 思わず出かかったツッコミを飲み込みつつ、あたしは集まったメンバーを見渡す。

 物珍しそうに伏見家を見ている真琴と琴音と美理。念のため断わっておくと、ごく普通の2階建ての一般住宅で珍しい要素はない。

 その近くには、住宅に背を向け、手のひらに人の字を書いて飲み込んでいる陽菜の姿。何ともまたベタなことをしているものだ、と呆れてしまうのは仕方のないことだと思う。

 それにあたしを加えた5人が本日のお見舞いのメンバーだ。

「では優、鍵を開けてくれ」

 ようやく見飽きたのか、真琴があたしに催促し、あたしはカバンから鍵を取り出す。

 これは羽衣さんがどうしても外せない緊急の用事が入ったため泣く泣く姉に渡したものを、さらに姉があたしに託したものだ。

 ちなみに姉にはとくに用事も何もない。あたしが玲君に会えるように配慮、要するにチャンスを与えているのだ。姉は頼んでもいないのに妹の恋を応援している。惜しむらくは、応援と同等、いや、それ以上にからかってくることだろう。

 今日だって普通に鍵を渡してくれればいいのに、わざわざ教室のみんながいる前でお見舞いに行け、だなんていうからこんな大所帯になってしまった。

「あ、でも、鳴らさなくていいのかな?」

 インターホンを見ながら陽菜が言った。ひどく緊張しているのか、妙にそわそわしている。

「……レイっち、寝てるかも」

「そうね。下手に起こしちゃうのも嫌だし、優に返事も来てないんでしょ」

「うん」

 学校であたしはメールを何回か送った。玲君の性格だと返ってくるはずだから、多分寝ていてメールに気付いてないんだと思う。

「という訳で、優、開けてくれ」

 再度真琴が促す。

 あたしは鍵穴に鍵を差し込み、一回転。

 カチャッ、と小さな音がして、そのままドアを開ける。

「おじゃましまーす……」

 起こさないようにやや小声で。

「お帰り、姉さ……ん? 優? それに、みんなも?」

 だけど、それに返す声が頭上から降ってきた。玄関すぐ近くの階段からあたしたちを見下ろす玲君。

「おいおい、私たちは優のおまけではないぞ」

 真琴は軽口をたたきながら何の遠慮もなく中にあがりこむ。

「……レイっち、元気?」

「お邪魔するわね」

 それに続く琴音と美理。

「うん、えっと……どうしたの、みんな?」

「その、お見舞いに来たの」

 玲君の疑問に答える陽菜は、いまだどこかそわそわしている。

「今日の分のプリントとか持ってきたから」

「ありがとう、優」

 玲君はそう言って階下に一歩踏み出し、ふらついた。

「えっ……?」

 もれた呟きは誰のものか。踏み出した足は何も踏むことなく、玲君は宙に身を投げ出し、

「わ、わ〜〜〜っ!!」

 落下地点にいたのは陽菜だった。いくら玲君の体重が女の子並みとは言え、典型的文化系の陽菜が受け止めたり支えたりなんてできるはずもなく。

「きゃあっ!」

 向かい合った形で二人は倒れこんだ。

「ふむ。これでキスでもしてくれればお約束、といったところなんだが……いや、これはこれでお約束なのか?」

 玲君は陽菜の胸に顔面衝突。

「……レイっち、大丈夫?」

 彼はそのまま意識を失っていた。

「せっかく(クッション)があったのに気絶するなんて……」

 なぜか残念そうな美理。自分の胸をクッション呼ばわりされた陽菜は赤くなっていた。

 ちなみに陽菜は着やせするタイプで、あまり目立たないけれどクラスの女子から羨望のまなざしを受ける対象となっている。

「れ、玲君だいじょうぶっ!?」

 唐突な出来事に驚いたあたしは、遅ればせながら悲鳴を上げたのだった。


……ずいぶんと久しぶりの更新です。お読みいただいている方々、申し訳ありません。自分だったらこの間に話の内容を忘れること必至です。

さて、話は変わりますが。3600字の話があるとします。一文字打つのに一秒かかるとして、3600字で一時間。それだけの時間があればいろいろなことができます。

まあ、何が言いたいというと。……更新早い人ってホントにすごい。さらに、長期にわたっての連載作品で定期更新、もしくは予告しての更新をしている人はもっとすごい。

趣味の一環なんで苦になるというものでは決してないですが、長時間画面に向かっているとどうしても疲れてしまうし、ほかのこともしたくなる。

自分の場合、文字を打つのに慣れていないためかなりの時間もかかってしまいます。……ブラインドタッチ、できるようになりたいなあ。

さて、次回はこの後、お見舞いの話。文章としては形になっているので、あとはアナログからデジタルに変換すること。なので、すぐとまではいきませんが近いうちに更新したいと思います。

では、長々と失礼しました。

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