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13/17

#13そんな月曜日 後

――キーンコーンカーンコーン

 さて、昼食の時間。僕はいつものように敬吾とリッチと学食へ向かうつもりだった。

 けれど、そんな僕の机の上にチェックの布に包まれた謎の物体が置かれた。僕は困惑しながらその楕円形の物体を置いた人物をみる。

「えっと……琴音ちゃん。これは何?」

 僕の至極真っ当と思われる質問に、やれやれ、とでも言いたそうに答えたのは彼女の両脇にひかえていた二人だった。

「それはだな、伏見。一般的に弁当と呼ばれるものだ」ニヤニヤ。

「しかも正確に言うと手作りのお弁当なのよ」ニッコリ。

 それはささやかながらも爆弾投下ともいえる発言。大爆発こそしなかったものの、あちらこちらに飛び火してささやき声の多重層が始まる。


――あの二人って、そういう関係だったの?

――いつのまにー?

――っていうか、三輪さんでもそういうのに興味あったんだ……。

――いや〜、玲君はみんなのものなのに〜。

――いやいや、正確に言うんだったら愛妻弁当だろう。

――あらあら、それは少し気が早いわよ。


 ちなみに最後の二つは野々山さんと樋口さんだ。

「……どうぞ、召し上がれ」

 頬を赤らめ、かすかに弾んだように琴音ちゃんが言うと、またもクラスのあちこちで小声の会話が成される。


――おい、あの三輪が照れてるぞ!

――……これは、夢か?

――恋って、すごいんだね……。

――うわっ、上田がなんか寒いこと言ってるよ……。

――ふむ、思わず激写してしまいたいな。

――あらダメよ、大事なところなんだから。



 その時、極寒の風が吹いた。少なくとも僕は、そう感じた。

 真横から。

 教室の後ろのほうから。

 同時に。


 慎重に真横を見てみると、表情という表情が抜け落ちた様子で僕の机の上を――お弁当を凝視する古川さんがいた。 それからぎこちなく後ろを振り向くと、不機嫌であると疑いようもない優がこちらをにらんでいた。もしも視線に物理的作用があったら……、と考えてしまうほどに。

(敬吾、助けて)

 僕は親友に救援要請(アイコンタクト

(すまん。無理)

 しかし敬吾は普段見せることのないさわやかな笑顔を僕に返すと、リッチと連れ立ってあっさり教室を出て行った。

「ちょっと、待っ……」

 僕はガタンと音を立てて二人を追おうとする。けれど、

「待つのは君だろう、伏見」

「無視して行くっていうのは人としてどうかと思いますよ」

 野々山さんと樋口さんに両側から腕を掴まれた。

「では、どこへ行く? 屋上か?」

「屋上は今の時期は寒いでしょ。別の場所にしましょう」

 言いながら僕を連行する二人の手にはいつの間にか各自のお弁当。

「……温室がいい」

 そんな僕たちの後ろを琴音ちゃんが二つお弁当を持ってついてくる。そのうちの片方は、ついさっきまで僕の机の上にあったものだ。

 僕はなすすべもなく、教室から連れ出された。




「ちょっ、ちょっと待って。自分で歩けるから、引っ張らないで」

 僕は抱きかかえるように腕を引っ張る二人に訴える。

「ふむ、そんなこと言って、離したら逃げてしまうかもしれないではないか」

「そうね。さっきも佐川君たちのところに行こうとしてたし」

 しかし僕の訴えは満場一致で棄却された。

「分かったから。逃げない、だから離して」

 けれど僕はもう一度懸命に訴える。

「どうした伏見。目立つのがそんなに嫌か」

「分かってるなら離してよ!」

 ニヤニヤ笑う野々山さんに僕は小さく叫ぶ。そう、先ほどから僕たちは多くの好奇の視線を集めているのだから。

「あらあら、せっかくの両手に花だというのに何が不満なのかしら?」

「だから目立つのが嫌なんだってっ!!」

 またも小さく叫ぶ僕だったけど服をささやかに引っ張られたので、唯一自由の利く首を振り向かせる。

「琴音ちゃん、どうしたの?」

 その問いかけに琴音ちゃんは少し伏し目がちに、ぼくとその両脇の二人に交互に視線を送り、口を開いた。

「……琴音も、レイっちとくっつきたい」

 僕は思わず歩みを止め、左右の二人は僕の頭上で視線を交わす。

 そして野々山さんはニヤリと口元を歪めて、

「よかったな伏見。こんな可愛いこと言ってくれる女子がいて」

樋口さんはニッコリと笑って、

「きっとこういうのが男冥利に尽きるっていうのね」

と僕の耳元でささやく。

 今更ながらに主張したい。

 なに、この状況?



「……おいしい?」

「うん、おいしい。琴音ちゃんって料理上手なんだね」

「……別に、ただいつも作ってるってだけ」

 手渡されたお弁当は普通においしかった。

「そうだろうそうだろう。レトルトなんて一切使わない完全手作りだからな」

 なぜか自慢そうに胸を張ったのは野々山さんだ。

「琴音ったら昨日ね、お弁当の中身なにがいいか? って電話してきたのよ」

 やたら嬉しそうに言う樋口さん。でも、普通そういうのは黙っておくものじゃないかな。ほら琴音ちゃんにらんでるし。

 現在僕たちは温室――一辺30メートルほどの正六角形状をしたガラス張りの建物で、中の管理は園芸部が行っている――の一角、芝生の上に琴音ちゃんが持参していたレジャーシートの上に座ってお昼ごはんを食べていた。

 僕は改めて楕円形のお弁当箱――琴音ちゃんとおそろい――を見る。

 二段構造のそれは、一段目には五目稲荷寿司が詰められていた。

 二段目には、きれいに焼けた卵焼き、千切りのキャベツの上にはミニハンバーグが二つにアスパラのベーコン巻き、ポテトサラダの横には真っ赤なプチトマト。それらが所狭しと並んでいた。

 ちなみに琴音ちゃんのお弁当も同じ構成――分量は僕のより少なめ――で、それが余計に僕を気恥ずかしくさせた。

 僕は卵焼きを口に入れる。甘い味付けが口の中に広がる。

「……塩味のほうがよかった?」

「ううん、そんなことない。おいしいよ」

 先ほどから琴音ちゃんは僕が食べるたびに感想を聞いてくる。その度に僕はおいしいと答えているが、それは嘘でもお世辞でもなく、まぎれもない本心だった。そして琴音ちゃんは僕の答えを聞くたびに、安心したようにささやかな笑みを口元に浮かべていた。

 昼食の時間は、気恥ずかしくはあるものの、何事もなく楽しく過ごした。




 放課後、私は彼女を呼び出した。

「それで、話って何なの?」

 場所はカフェテリア。

「そうだな。宣戦布告、といったところか」

 私は頼んだホットコーヒーをブラックのまま口に入れる。

「……どういうこと?」

 この場に向かい合うのは私と彼女の二人。本当は陽菜も呼びたかったが、図書当番ではしようがない。付け加えるなら、琴音は園芸部、美理はクリパ実行委員でここにはいない。

「優には悪いが私は琴音を応援するから」

 優が伏見を好いていることは分かっている。その気持ちが、おそらく私たちが伏見と出会う以前から持ち続けているものであるということも。

「……琴音は、なんで玲君なのかな?」

 優は手元のカップに視線を落としていった。彼女はいまだ、そのカップに口をつけていなかった。

「さあな。私は琴音じゃないから分からんな。だけど……」

 私はそこで言葉を切り、コーヒーをもう一度口に含む。

「伏見には琴音を選んでほしいと思っている」

 私にしては珍しく真摯な言葉。

「……珍しいね」

 そんな私を見て、優は軽く驚いたようにした。

「何がだ?」

「真琴はなんて言うか、その、……こういうことは遠くからニヤニヤ笑ってるだけってイメージがあったから」

「……君は私を何だと思ってるんだ?」

 私は思わず眉間にしわを寄せる。けれど、その評価は特に間違いというわけではない。これに琴音が関わっていなければそうしてただろう。……自覚していることとは言え、そのような評価を面と向かって言われるとは思ってもみなかったが。

「優は琴音のことどう思う?」

「急に何? っていうかどういう意味よ?」

「ふむ、言葉通り何だが。……そうだな、言い方を変えよう。琴音は無表情だと思わないか?」

「……まあ、否定はできないけど」

「私や美理は付き合いが長いから琴音の表情が分かる。でも優はそうではないだろう?」

「まあね。……あたしにはまだよく分からない」

 優はバツが悪いのか、目をそらして答えた。我ながら嫌なことを聞いていると思う。

「別に優だけじゃなくほとんどの連中がそうなんだろう。でも、伏見は違う」

 今日の昼間、いや、それ以前も含めた二人のやり取りを見ていて確信したことがある。

「伏見には琴音の表情の変化が分かっている」

「……ホントに?」

 優の瞳が大きく見開いた。私は小さくうなずく。

「それに琴音は伏見と一緒のときは分かりやすい反応をする時がある」

 それは教室や昼食の時に特に顕著に表れていた。

「私はな、それがすごく嬉しいんだ」

「……真琴?」

 優は私を怪訝そうに見てきた。そんな優に私は苦笑を返す。

「優は、琴音が昔からあんな風だったと思うか?」

「…………」

 優は答えない。それもそうだろう。誰だって、子供のころは泣いて、叫んで、笑うものだ。何か特別な事情でもない限り。

 もしかしたら優はもう私が何を言いたいのか分かっているかもしれない。というのは少々買いかぶりすぎだろうか? なので私は言葉を紡ぐ。

「私はな、すごく嬉しいんだよ。今の琴音を見ていると、昔の琴音を思い出すから」

 今、だとか、昔、だとか。そんな定義づけに何も意味がないことは知っている。今の琴音も昔の琴音も、結局のところ同じ琴音なのだから。それでも――

「私は自分の気持ちに不器用になってしまった彼女には、もっと素直に、分かりやすく笑っていてほしい。そう、思う」

「真琴……」

 心情を吐露した私に優の視線が向く。

「やれやれ、私としたことが真面目に話しすぎたな」

 そんな視線を払うように私はかぶりを振る。せめて最後だけはいつものスタンスで行かせてもらおう。

「優」

 すっかりぬるくなったコーヒーをあおると、私は意識して軽い調子で呼び掛ける。

「伏見は琴音がいただくからな」

 そして私はニヤリと口元を歪めるのであった。






最近すごく更新の早い、というか短期間にに何話も掲載している作品をよく見かけ、すごいな〜、とか思います。きっとすでにかなりの量ができているんでしょうね。

自分の場合その場その場で書いているので、ゆっくりとした更新です。次の投稿がいつになるかもわかりません。

そんな作品ですがこれからもお付き合いいただけたら、と思います。

それではこんなところまで読んでいただいた方、ありがとうございました。

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