#11優とのデート? 後
「さて、では我々はそろそろ行こうではないか」
そう言って野々山さんは僕と優に別れを告げる。
「それではな、優、伏見」
「それじゃあまた明日ね、優、伏見君」
樋口さんもそれに続く。
「……バイバイ」
野々山さんと樋口さんに手を振る琴音ちゃん。って、あれ?
「琴音ちゃん……?」
僕の言葉に彼女は首をかしげる。
「……どうしたの?」
「いや、野々山さんたちが待ってるけど」
僕の指差した先には一度歩き出した野々山さんたちが止まって琴音ちゃんを待っている。あ、こっち戻って来た。
「どうしたの、琴音?」
「……レイっちについてく」
「あら、ダメよ二人のジャマしたら」
「……コトネ、邪魔?」
「え? 別に邪魔とかではないけど」
僕が答えるとなぜか優がこちらをにらんだ。
「伏見君は優しいからジャマとか言えないの」
「琴音。二人はこれからデートなんだ」
優が軽く頬を赤らめる。
「……さっきレイっち違うって言った。なら問題ない。オールオッケー」
「なら二人がデートだったらついていくのをやめるのか?」
琴音ちゃんはその言葉にしぶしぶとうなずいた。
「というそうなんだが、優、どうなんだ?」
「な、なんでそこであたしに振るのっ!?」
「だって、さっき伏見に聞いたら違うと言ったのだ。後は優しかいないだろう」
うん、まぁそうなるのかな。
優は僕をチラリと見て、ほかの人を見て、ということを数回繰り返して、意を決したように口を開いた。
「そ、そうだよ! これからデートなんだからついて来たらダメっ!」
顔が真っ赤だった。
「という訳だ。琴音、行くぞ」
ニヤニヤと優を眺めていた野々山さんはそう言って琴音ちゃんをうながす。
「……うん、分かった」
琴音ちゃんはしぶしぶとそれに従い、野々山さんたちの横に並ぶ。そんな琴音ちゃんを樋口さんが子供をあやすように頭を撫でていた。
「では改めて、また明日だお二人さん」
「また明日ね」
「……バイバイ」
口々に彼女たちは言って並んで歩いて行った。僕はその後ろ姿をしばらく見送ってから
「じゃあ、僕たちも行こうか」
真っ赤になってうつ向いたままの優に声をかけた。
「べ、別にデートとかじゃないからね」
歩きはじめてしばらくすると、優がそう言った。
「あの三人がいると、その、からかわれたりして大変だから、だからデートってことにして、ついてこないんだったらそっちのほうがいいかな、って思っただけだからね」
聞いてもいないのにあたふたと弁明する優の姿は見ていて何だか面白くって
「……? 何で笑ってるの?」
「ううん、別に。なんか可愛いな、って思って」
「えっ!?」
からかいたくなる。
僕の言葉にさっきよりも赤くなった優は、僕から目線をそらして
「……バカ」
と小さくつぶやいた。
僕たちが見た映画は『壮大な愛のスケールで送る恋愛ラブストーリー』という、『愛』『恋愛』『ラブ』というほとんど意味が同じな気のする単語を3つ重ねた煽り文句のついた物だった。
僕は別の映画が見たかったんだけど、『優が勝つまで続くじゃんけん』の結果、こちらの映画に決まった。じゃんけんで7連勝したのは初めてだった。
「一度でいいからあんなセリフ言われてみたいよね〜」
「言われる方はともかく、あれを言う方はすごく恥ずかしいと思うよ」
そんな訳で僕たちはさっき見た映画の話をしながら喫茶店に入った。
パスタがおいしいことで有名なお店らしく、時刻は一時を回って少し経ったところだけど満席。しかし僕たちは偶然待つことなく窓際の席に座ることができて、しばしメニューとにらめっこして注文した。
「これからどうするの?」
「う〜ん、服とか見に行きたいんだけどいいかな? お昼食べてからすぐケーキっていうのはどうかと思うし」
「別にいいけど。でも服見に行くんだったら女の子どうしの方が良くない?」
「いいよ。……玲君の好みも知りたいし」
「ん? 何か言った?」
「ううん、なんでもないよ。……あれ?」
「どうしたの?」
「あれってリチャード君じゃない?」
ガラス一枚の向こう、指差したすぐ先には女の子連れのリッチがいた。あっ、向こうもこっちに気付いた。
リッチは僕と優の顔を交互に見ると、ニヤリと口元を歪めると、隣に歩いている女の子をうながして店の中に入ってきた。そして僕たちのテーブルへ
「ジャマするナ」
やって来た。
おろおろしながらリッチについてきた女の子は、僕と優の顔をうかがった後、
「お、おじゃまします」
と言って僕の隣に座った。リッチはそれを見て優の隣に座った。
「何しにきたの?」
途端に不機嫌になった優がリッチに尋ねる。
「チョットそいつのショーカイをナ」
そんな優の反応にニヤッと笑ってリッチは答えた。
中々可愛らしい顔立ちをした女の子だ。けれどどこかに違和感のようなものを感じる。
そんな僕の視線に気付いたのか、リッチが
「そいつクォーター」
とだけ言う。
「……あぁ、なるほど」
僕は思わずそうつぶやいた。
瞳の色。それが彼女はダークブラウンとでもいうのだろう、そんな色をしていた。
ベリーショートの髪からではよく分からないが、よく見てみると髪の色もどことなく黒とは違う色に見える。
じっくりと彼女を見ていた僕を見て、優がより不機嫌になったことには気付かなかった。
「あんたの彼女なんか紹介されても仕方ないんだけど」
先ほどよりもトゲトゲしさを前面に押し出している優にリッチは笑いながら答える。
「カノジョじゃねーよ。シンセキだ、シンセキ」
僕と優の視線が彼女に向かう。その視線がを受けとめた彼女は
「浅月紫音です」
自己紹介をした。
「マ、よろしくタノむわ」
「うん、よろしくね」
リッチの言葉に僕は彼女に笑顔を向ける。
「よろしくするのは、まぁいいんだけど。なんであんたは自分の親戚をあたしたちに紹介したの?」
半眼でリッチを見ながら言う優。
「ライネンからうちのガッコーに来るからダ」
優が浅月さんを見る。ただし、リッチのときとは違って笑顔だ。
「へぇ、そうなんだ。じゃ、後輩になるんだ。来年からよろしくね」
「あ、いえ、受験するってだけなのでまだ決定という訳じゃなくって、今日はお兄ちゃんに頼んで受験会場の下見に来たんです」
「「お兄ちゃん??」」
僕と優の声がそろう。そして互いに顔を見合わせて
「あんた……自分のことお兄ちゃんとか呼ばせてんの?」
「変態?」
「いやいや、マテ。ジジョウも知らずにカッテなこと言うなヨ」
心外だと言わんばかりだ。
「違うの?」
『レイ……。心底不思議そうに言うのはやめてくれ……』
思わず英語に戻ったリッチは深くうなだれた。
「違うんです。私がそう呼ばせてもらってるんです」
哀れなリッチを見かねたのか浅月さんが言った。
「その、私お兄ちゃんとかに憧れてた時期があって、それでずっと呼ばせてもらってるんです」
「へぇ〜、そうなんだ。でもこんな兄とかいても最悪じゃない?」
「タムラ……オマエひどくないカ?」
優はその言葉に全くリッチを見ずに首を振った。
「優、ちょっと言い過ぎだよ」
さすがに可哀そうかと思い、僕は優をたしなめる。
「……そうね。紫音ちゃんの前で少し言い過ぎたかもしれない。ごめんね、紫音ちゃん」
「なぁ、そこはオレにアヤマルべきじゃないカ?」
「あはは……。えっと……」
リッチの反応に苦笑をもらした浅月さんの言葉が途切れる。
「あぁ、あたし田村優。で、そっちが」
僕は言葉を引き継ぐ。
「伏見玲っていうんだ」
「それじゃあ、優さん玲ちゃん、よろしくお願いします」
笑顔で軽く頭を下げる浅月さん。
……年下にちゃん付け……。
彼女の言葉に僕はうなだれ、優とリッチは肩を震わせて控え目に笑った。
そんな周りの様子に気付かない彼女は天然なのか、さらに追い討ちをかける。
「お兄ちゃんもいいけど、こんな可愛い妹も欲しいなぁ」
微笑み、僕の頭を撫でながらぽつりとつぶやく彼女に、僕は机に突っ伏してうなだれ、優とリッチは盛大に笑ってくれた。
「えっ? 玲ちゃんどうしたの? 二人とも何で笑ってるんですか?」
困惑する彼女に軽く説明しながら、僕はリッチに対して今度地味な嫌がらせをしてやることを心に誓った。
説明を聞いた浅月さんは、たっぷり十数秒固まるという反応を見せてくれた。
「今日はよく知り合いに会う日だね……」
「うん、そうだね」
お昼を食べた後に服を見に行った店では姉さんと美羽さんがいた。
「何故黙って出かけたんだ」
「ここで会ったのも何かの縁ですし」
そう言ってフリルがふんだんにあしらわれた服を手に近寄る二人からかろうじて逃げ出し、次に向かったアクセサリー屋では古川さんに会った。
アクセサリーを目の前に本の話題で盛り上がっていると、優が不機嫌になったため、そのご機嫌をとるためにネックレスを奢らされた。
水色のガラス玉に飾られた星のネックレス。千円ぐらいの安物だったけど、優はすごく喜んでくれた。
「やっぱり優も……」
何やら古川さんがつぶやいていたけれど、詳細は分からなかった。
古川さんと別れ、本屋に新刊をチェックしに行ってみると日向会長が見えた。僕は慌ててきびすを返し、優の手を引いて急いで書店を後にした。
そして僕たちは本日の本来の目的であるケーキを食べに喫茶店『ベルマリー』にやって来た。
「さすがにもう邪魔は入らないよね……?」
「何が、優?」
「ううん、なんでもないよっ!」
――カランカラン
心地よい鈴の音が来客を告げる。
「いらっしゃいま……」
出迎える声が不自然に途切れ、店員が笑顔のまま凍りつく。
「……敬吾?」
僕は目の前で硬直している男性を半信半疑で呼ぶ。
アリスに出てくるウサギをイメージした燕尾服。細身のフレームは目付きの悪さを軽減するだけでなく、知的な印象を与えている。
しかし、服装によって雰囲気はかなり変わっているものの、よく通る低い声は敬吾のものだった。
「また邪魔が入った……」
隣で優が悲しげにつぶやいた。
「……明日説明するから」
再起動した敬吾はそう言うと僕たちを席に案内した。
今日はいまいち予定通りにいかない1日だった。
映画館では、できたら手をつなぎたい、そう思ってたけど、真琴がデートデートと言うから心のスミに置いて意識しないようにしてた(そうしないと今日1日いつもの自分でいられないと思った)ことをつい意識してしまったのと、拒絶されたらどうしよう、と臆病な心があたしに実行させなかった。
どんな感じの服が好みなのかチェックしようかと思ったらお姉ちゃんと羽衣さんに邪魔された。
先日の琴音が羨ましくって、『はい、あーん』の機会をうかがっていたのにリチャードや佐川がいて、どうにもできなかった。
でも
「今日は楽しかったね」
隣で笑ってる彼を見ると
「うん、そうだねっ!」
とてもいい1日だったと思う。
それに上手くいかないこともあったけど、収穫もある。
あたしは首元に手を当て、コートの下、朝にはなかった感触を確かめる。
星型のネックレス。
その場ですぐ付けるのは恥ずかしくって、けれどどうにも待ちきれなくって『ベルマリー』を出るときにこっそり付けてきたのだ。
その点では陽菜には感謝しているのと、少し申し訳ない気持ちがある。
彼女が玲君を好きなのは分かっている。まぁ、彼女の場合あまりにあからさまなのでクラスで気付いてない人の方が少ないけど。
友達を応援するあたしと玲君をゆずりたくないあたしとが半々に存在している。
不意に真琴の声が蘇る。
『伏見のことをマスコットとして見ていないのは優だけではない、ということさ』
そう、陽菜だけではない。琴音もだ。琴音も玲君のことが好きなのだ。そして彼女はあたしが二の脚を踏んでしまうようなことを平気で実行する。それがあたしにはすごく羨ましい。
彼は彼女たちをどう思ってるんだろう?
隣を歩く彼は
「あっ、雪だ!」
そう言って、人の悩みなんて知らずに無邪気に空を見上げる。
あたしもつられて見上げると
「ホントだ……」
クリスマスに向けてだんだん増えるイルミネーションにライトアップされた街に、粉雪の白が加わっていた。それは時折光を反射して、まるで雪自身が輝いているような、そんな錯覚を感じた。
「キレイ……」
「うんっ、そうだね!」
あたしのつぶやきに少しはしゃいだように彼は同意する。
「でもさ、イヴに降ったらもっとステキだよね」
「ねぇ、玲君……それって普通女子のセリフじゃないかな?」
あたしは答えながら、心の中で彼の言葉を否定する。
確かにイヴに降ったらステキだ。でも『もっと』ではない、あたしにとっては。
今この瞬間隣に好きな人がいて、一緒にこのキレイな光景を見ている。それはきっと、これ以上ないほどステキなことだ。そう思った。