#10優とのデート? 前
「あのさ、せっかくだから映画も見に行かない?」
「いいけど、おごらないよ?」
というわけで日曜日。
僕は駅の近くの大きな時計の下、噴水の前で待ち合わせをしていた。相手は以前ケーキをおごる約束をした優だ。
僕は頭上の時計を見上げる。ただいまの時刻は九時半。待ち合わせの時間は十時十分。なぜこんなに早く来ているのかというと、待ちきれなくて早く来てしまった、とかそういうのでは当然なくて、いやな予感(姉さん関連)がしたためだ。あのまま家にいたら僕はきっと大変なことになっていた。
時計の向こうには少し厚い雲が広がっていて、普段に比べると薄暗くて肌寒い。冷たい風が横を通り過ぎ、僕はコートの前を軽くかき寄せて視線を下に戻し――
「――うわっ!!」
たところに目の前にしゃがみ込んだ三輪さんがいた。
「な、何をしているの、三輪さん?」
無表情のままの上目使いというのは、可愛いような可愛くないような……。でも、背の低いぼくはそんな風に見られることはほとんどないため何となく新鮮な気がした。
「……コトネ」
「え?」
いきなり自分の名前をつぶやく三輪さん。僕はその意図が分からず聞き返した。
「……コトネが、いい」
今度は自分を指さしながら言う三輪さん。
……どういうこと??
「つまりだな、琴音は自分のことを名前で呼んでほしいと言っているのだよ」
「――うわっ!!」
突如背後から聞こえた声に振り向くとそこには野々山さんがいた。
「そういうことだろう、琴音?」
驚く僕を無視して三輪さんに話しかける野々山さん。その言葉に三輪さんは大きくうなずきながら、僕を見つめ続けていた。
「さぁ、早く呼んでやるがいい。甘く、切なく、そして狂おしく」ニヤニヤ
「(じーーー)」無表情
「ふ、二人ともこんなところで何をしているの?」
僕は逃げてみた。
「待ち合わせだ。そんなことより早く呼ぶのだ。耳元で愛をささやくように、優しく」
「(じーーー)」
だけど無駄だった。
しょうがない、腹をくくるとしよう。たかが名前を呼ぶだけだ。それに普段僕は優のことを名前で呼んでいる。今さら女子の一人や二人を下の名前で呼ぶことになんの抵抗があろうか。これから口にすることを考えると顔が少し熱くなってきただなんてただの気のせいだ。
僕は自分をごまかしつつ軽く深呼吸した。
「こ、……琴音、ちゃん」
僕は言った。言いました。無意味に自分を褒めてあげたいです。
すると三輪さんは口元に微かな笑みを浮かべ、頬を淡く染めてからうつむいた。
いや、そんなあからさまに照れられてしまうと、さすがにこっちも気恥ずかしさをごまかせなくなってしまうのですが。
さて、いったいどうしたものか? この気恥ずかしい状況がどうにかならないかと僕は周りを見てみると、携帯を準備している野々山さんを発見した。ただし、その視線の先にいたのは僕ではなくて、
「ちょっといいか、琴音?」
「……?」
カシャッ
三輪さんだった。
「……っ!!」
驚いた彼女は一瞬の硬直の後、勢いよく野々山さんの携帯電話を奪い取ろうとするのだけど、野々山さんは三輪さんの手の届かない絶妙な位置に携帯を維持する。
ちなみに野々山さんは身長が高く、三輪さんは小柄だ。小柄といっても、当然僕よりは背が高いのだけど……。
ぴょんぴょん跳ぶ三輪さんと、それに合わせて腕の位置を変える野々山さん。それを眺めていると向こうから女の人、樋口さんがやって来るのに気付いた。樋口さんも僕に気付いたようで、やり取りを続けている二人を横目で見ながら僕の方にやって来た。
「こんにちは、樋口さん」
「えぇ、こんにちは伏見君。この二人は何をしてるの?」
右手を頬に当てて首を傾げる樋口さんに僕は少しだけ考えて簡潔に言う。
「野々山さんが三輪さんの写真を撮ったからそれを取り返そうとしてるんだ」
「ふ〜ん、そうなの。……あら?」
どうしたんですか? そう聞く前に僕も気付いた。
三輪さんが野々山さんからの写真奪還をやめて、どこか威圧感を感じる視線を僕に向けていた。そしてそのまま僕の方へとやってきた。
「ど、どうしたの、三輪さん?」
「……名前」
「え? ああっ!」
ポツリとだけ一言つぶやいた三輪さんは僕のことをじと〜っとした感じで見つめていた。
これは、……もう一度呼べってことなんだろうな。
僕は彼女を見つめ返した。
「ごめんね、琴音ちゃん。今度から気をつけるから」 僕の謝罪に三輪さん、いや、琴音ちゃんはうなずいてくれた。
「ところで、どんな写真を撮ったの、真琴?」
「ああ、これがその写真だ」
樋口さんの言葉に軽く携帯を操作して画面を見せる野々山さん。琴音ちゃんはそれを止めようとするのだけど、野々山さんに片手で動きを抑えられてしまう。
「あら、珍しい」
「そうだろう」
ニッコリ笑う樋口さんに大きくうなずく野々山さん。
「ちょっと貸してね」
そういった樋口さんは返事を待たずに携帯を手に取った。
「いいが、何をするつもりだ」
「うん、ちょっとね。……よし、消去ボタン、と」
「っておい、何してるんだ!?」
樋口さんの言葉に慌てる野々山さん。琴音ちゃんも動きを止めて樋口さんを見る。そんな二人を見ながら樋口さんは口を開いた。
「これからみんなで遊ぶんだから、こんなのは消して仲良くしないと。ね、琴音?」
「……うん」
写真を消されてやや不貞腐れたような顔をしていた野々山さんだったけど、
「仲良くしないと。ね、真琴」
樋口さんにそう言われると普段の感じに戻っていた。
「そういえば伏見君は何してるの?」
樋口さんは今度はこちらに話しかけてきた。
「優と待ち合わせをしてるんだ。そっちは?」
「うん、私たちも待ち合わせしててね、これから遊びに行くの」
「……レイっちも、来る?」
言った琴音ちゃんの瞳に宿る(ように見えるのは)のは期待だろうか?
「いやいや琴音。むしろ我々が付いていこうではないか!」
琴音ちゃんの肩に手を置き強く言う野々山さん。
「あらあら、ダメよ。ねぇ、伏見君?」
「まぁ、別に僕はいいけど」
僕の言葉に樋口さんは驚きに目を少し見開いた。
「あら、伏見君いいの? せっかくのデートなのに邪魔しちゃって」
「いや、別にデートじゃないけど」
どこからそういう勘違いをしたのかは分からないが僕は否定した。
「あら、本当に?」
言いながら樋口さんの指差した先にはこちらに駆け寄って来る優がいた。
「お待たせっ!! ……何で美理たちがいるの?」
吐く息が白く染まるこの冬空の下、彼女はスカートを着ていた、普段はあまりスカートを着ない彼女が。若干厚めのブーツに軽くほどこされた化粧。ピンクのバッグにブレスレット。 ダッフルコートの下がどうなっているかは分からないけど
「やっぱりデートなんじゃない」
そう耳元でささやく樋口さんの言葉が正しく思えた。
相手を待たせる訳にはいかない、とか、少女マンガでよく描かれる待っている間のそわそわした気持ちを感じてみたい、とか思って少し早めに家を出たのに、すでに待ち合わせの相手は来ていた。時計を見上げると時刻は9:55。
なんとなくあてが外れた気がして少しがっかりする。
履き慣れないブーツで走るのは大変なんだけど、時間に余裕があるといえ、相手の姿が見えていながら悠長に歩くつもりはない。あたしは盛大に足音を立てて近付いた。
「お待たせっ! ……何で美理たちがいるの?」
待ち合わせ場所には待ち人以外に三人いた。
美理、真琴、琴音。三人ともあたしの友達だ。
その内の一人、美理が玲君の耳元で何事かをささやく。その光景に少しムカッとする。
玲君はいつもと同じ格好をしていた。羽衣さんが選んだ膝まで覆い隠すような真っ白なコートからはジーンズが見える。白を基調としたスニーカーは学校に行くときと同じ物。
こっちは慣れない化粧と格好をしているのに、と不満を感じるのは仕方ないと思う。
「……どうしたの、優?」
そんなあたしの視線に気付いた玲君はあたしの方へ一歩近づいて来る。
「別に。何でこの三人がいるの?」
「それはだな、我々も伏見と遊ぶことになっているからだ!」
淡々と変事をして軽く不機嫌だということをアピールするあたしに答えたのは真琴。
………
「え〜っ!?」
あたしは声を上げて驚いた。玲君も目を丸くして驚いているみたいだけど、それでも聞かずにはいられない。
「玲君っ、どういうことっ!?」
「えっ? いや、僕にも何のことだか分かんないんだけど」
詰め寄るあたしにうろたえる玲君。
「ひどいな伏見。さっきは別にいいと言っていたではないか」
なぁ、と呼びかける真琴に
「ええ、そうね」
ニコニコと
「……うん」
無表情のままうなづく美理と琴音。
「玲君そんなこと言ったのっ!?」
「え? たしかに言ったけど」
「何でそんなこと言うのっ!?」
「いや、何でって言われても……」
肩に掴みかかるあたしの剣幕に押されながら変事をする玲君。
「まぁ待て、優」
そんなあたしたちの間に割って入ったのは真琴だった。彼女はそのままあたしの耳元に顔を寄せた。
「ほんの冗談だ。本当についていくつもりはないさ。デートの邪魔しては悪いからな」
ニヤニヤと小声で言う真琴。
「べ、別にデートなんかじゃ……」
小声で返そうとしたあたしの視界に入ったのは
「……レイっち、大丈夫?」
心配そうに駆け寄る琴音と
「うん、大丈夫だよ、琴音ちゃん」
そんな彼女に笑って応じる玲君だった。っていうか今、下の名前で呼んだ?
「ねぇ、真琴」
「何だ?」
「今、玲君が琴音のこと……」
「ああ、名前で呼んだな」
「……何で?」
真琴はそこで一歩さがり、腕を組んだ。
「そうだな、つまり」
彼女は一度言葉を切り、一層ニヤケ顔にしてから言った。
「伏見のことをマスコットとして見ていないのは優だけではない、ということさ」
心底楽しそうに言う真琴。
あたしはそんな彼女を、ほっぺがちぎれるくらい引っ張ってやりたいと思った。
サブキャラクターのつもりだった三人。なんか書きやすいのでちょくちょく出てくると思います。
分かりづらい表現等々ありましたらご報告お願いします。読んでいただき誠にありがとうございました!