先生勃起しました
初等教育で最も指導が厄介なのは、性教育である。
「勃起!」
「ペニス!」
「勃起!」
「ペニス!」
「ペッキ!」
「ボニス!」
教えるなら中断せずに、5時間でも6時間でもかけて一気に教えるべきなのだ。
カリキュラムに沿って情報を小出しにすると、これ、このように収拾がつかなくなる。
大人は履き違えている。
彼らは男性器を、彼女らは女性器を、生まれた瞬間から所持し続けている。
そんな子どもたちが、学校で指導するまで性に携わる知識を持ち合わせていない無垢な存在だ、などというのは片腹痛い妄言だ。
大人でも下ネタを好む層がいるように、子どもも然り。特定の単語だけでも笑ってしまう人種が存在する。
更に、大人たちがいつになく真剣に「ペニス」「ヴァギナ」「月経」「射精」「勃起」などと語る姿は、面白くて仕方がない。
ゆえに、教師のモノマネが流行ってしまうのだ。大半は男子だが、一部の女子も楽しげに「勃起!」と叫んでいる。
性教育の直後ならともかく、それが一週間も尾を引いていては仕方がない。
国語や算数など、他の授業中にも唐突に「勃起!」だの「ペニス!」だの児童が叫び、一部の連中が悶えていては授業進度に関わる。
「鬼塚くん! 授業中に関係ないことは言わないように!」
担任の坂本は、とうとう強めに叱った。それは、見せしめの意味も込めて。
すると簡単なもので、鬼塚と呼ばれた男子はシュンとしてしまった。
だが、数日後に事態が悪化する。
中学受験を控えた、川本という男子が下ネタを言い始めたのだ。
彼はそこいらの中学生よりは知識も豊富で、論理的であった。
「大人が考える『無邪気な子どもたち』なんてここにはいない。自分たちも子どもだったはずなのに、なぜわからないのか。それは指導者側から見て理想的で模範的な存在かもしれないが、偏見が生んだ幻想だ。大人にも馬鹿で無邪気な存在はいる。同様に、子どもにも馬鹿で無邪気な存在はいる。それは個性であり特性であり、決して『子どもだから』という理由では断じれない問題だ」程度のことは考える子どもだった。
加えて、小学生男子の常で、単純に下ネタが好きだった。
川本は授業中に叫ぶ。
「先生勃起しました」
坂本は叱る。
「授業中に関係ないことは言うな」
「先生、授業中に腹痛が起きた時、『おなかが痛い』と言ってはいけませんか。『胸が苦しい』と言ってはいけませんか。『勃起しました』が誤解を招くのなら訂正します。『ペニスが腫れ上がりました』。体調不良を訴えることは罪ですか」
「くっ……」
この間、他の児童たちは笑いを噛み殺している。川本自身、したり顔でニヤついていた。
帰宅後、坂本は川本に対する反論を考える。
そして迎えた次の機会。
再び川本は、半笑いで訴える。
「先生勃起しました」
「そういう発言を嫌に思う人もいるかもしれないから、やめなさい」
「嫌に思う人はいないかもしれませんよ。聞いてみますか。この中で、『先生勃起しました』と言われて嫌な人は挙手を!」
川本はクラス全体に呼びかける。彼は、論理的な上に、必要とあらば物怖じしない性格であった。
仮に『勃起』という単語を不愉快に思う児童が実在したとして、それを今まで言い出せなかったようなおとなしい人物が、このように煽られ注視される中で挙手できるはずもない。
川本は、そこまで予測した上でこう煽った。一言で言えば、面倒なガキである。
「先生、嫌に思う人はいないみたいですよ」
「くっ……」
さらに坂本は反論を考えて、川本との戦いに挑む。『勃起した』との報告をされることが不愉快なものだと、彼らに実感させれば良いのだ。
授業中、坂本はクラス中の女子の足や胸元を鬼のような形相で見回した。
(頑張れ……頑張るんだ俺……)
肉付きの不完全な、白い太もも。申し訳程度に膨らみ、ブラジャーに守られていない乳房。
(……来た! 来た来た来た来たぁぁぁぁっ!!)
坂本は突然教壇から立ち上がり、川本の方を向く。そして自らの下腹部を指差して叫んだ。
「先生勃起しまs
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