サクッと読めるラブコメ
教室のドアを開け、中に入った。
一目散に自分の席へとつく。持ってきた文庫本を読むふりをして、チラリと右隣を見た。
俺の目に映っているのは、青海リリだ。友達と談笑し、上品に笑っている。
俺は青海に密かな恋心を抱いている。理由なんてたいそうなものはない。ただの一目惚れだ。
一目惚れしてから二年経っているが、未だ話しかけたことはない。
自分が情けない。話しかけようとすると、足が竦んで、喉がキュッとしまってしまうのだ。
だが、関わったことはある。
俺が落とした消しゴムを拾ってくれた時に、お礼の言葉を交わした程度。
これで関わったとは疑問の声が上がりそうだが、俺がそう言うならそうなのだ。
⋯⋯言っておくが、それで一目惚れしたわけじゃないぞ。もっと惚れ込んだってわけだ。
はあ、とため息をついた。
いつか、話しかけられるチャンスがあればいいのだが⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
帰り道、俺は自販機でジュースを買うのが日課になっている。
「あっちー。⋯⋯お、新しいジュース入ってんじゃん」
すぐに小銭を投入口に放り込んだ。
自販機から取り出し、プルタブを引っ張った。パキュ、と小気味良い音を立てた。
一口飲んでみる。が、特に美味しいと言うわけではなく、むしろ美味しくない部類だった。
「うげ、ハズレだな⋯⋯」
ただ、いくらハズレでも残してはいけない。俺は味を感じないように一気に飲み干し、深呼吸をした。
「もう買うことはないかなー」
若干落ち込みながら、缶をゴミ箱に放り込む。
歩き出す。が、転んでしまった。
「うべっ!⋯⋯イタタ、躓いた」
足元を見ると、靴が脱げていた。
履き直す。が、ブカブカになっていた。
「あれ、誰かのと間違えちまったか?」
確認のためにもう一度履き直してみる。すると、先ほどよりも靴のサイズが大きくなっていた。
「な、何が起こってるんだ?」
スマートフォンを取り出すために腕を動かした。だが、俺の腕はあまりにも短かった。
きていた制服が大きくなっていたのだ。萌え袖レベル100だ。
嘘だろ⋯⋯。スマートフォンを取り出すのも一苦労だ。俺の手は小さくなっていて、持つのも難しい。画面の反射で顔を確認してみる。
「子供になってる⋯⋯」
ペタペタと触り、現実か確認するために頬をつねってみる。しっかりといたい。
嘘だろ、こんなことになるなんて⋯⋯。思い当たる節はさっきのジュースしかない。
あれにアポトキシン4869でも混ざっていたのだろうか。
つーか、そんな冗談言ってられねえ!
急いで立ち上がる。が、俺が小さくなったため、制服がずり落ちる。
ズボンのベルトをキツく締め、なんとか全裸になることは防げた。
ほっと一息つく。しかし、この状態では到底家に帰れない。どこかでこの効果が切れるのを待つしかないか。そもそも、効果が切れるのかさえわからない。
あぁ、このままの状態で戻らなくなったら⋯⋯。そんなことを考えていると、涙が出てきた。
どうしよう⋯⋯。
その瞬間、声が聞こえた。
「どうしたの?」
後ろを振り返ると、青海リリがいた。
「大丈夫?」
青海は、小さくなった俺と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
すぐ近くに顔が迫ってきたことで、恥ずかしくなって顔を逸らした。
「なんでもない⋯⋯」
「ぼく、泣いてるよ? 迷子になっちゃったの?」
やばいやばいやばい。どうにかして言い訳を考えないと──────
その時、一つの考えが浮かんだ。
青海リリと話すには絶好のチャンスなのではないか、と。
心臓がドクンと跳ね上がる。小さくなった今を利用して、仲良くなるとまでは行かなくても、少しでもいいから話せれば⋯⋯⋯⋯。
「ううん、公園で遊んでたんだ。さっき転んじゃって」
「そっか、痛くない?」
「痛くないよ」
「ぼく強いね、えらいえらい」
言いながら、青海は俺の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
な、な、何が起こっているんだ。
あの青海が、一目惚れした女子が⋯⋯俺の頭を撫でているだと!?
「お名前言える?」
ここでマサトと言ってしまってもいいのだろうか⋯⋯。
いや、バレるのだけは避けたい。
ここは嘘をつかせてもらおう。
「マサって言うんだ」
「マサくんか、かっこいい名前だね」
「ありがと」
「私の名前はリリって言うの。リリお姉ちゃんって呼んでね」
「う、うん。⋯⋯り、リリお姉ちゃん」
⋯⋯う、うわあああああ!!
名前を呼んでしまった! しかも、お姉ちゃんとまで!
今にも頭が爆発しそうだ⋯⋯。
つーか、子供扱いされるのがなんか恥ずかしい。
できるだけ表情に出さないようにしないとな。
「一緒に公園で遊ぶ?」
「うん」
「何して遊ぼっか」
「えっと⋯⋯」
い、いかん。公園で遊ぶなんて、何年振りなんだろう。どうやって遊ぶのかさえよく覚えていない。
俺は適当な遊具を指差した。
「滑り台? いいよ、おいで」
青海は俺の手を掴み、遊具へと歩き出した。
手! 手!
手を握ってる!!
嘘だろ、まさか青海と手を握ってしまうなんて。⋯⋯明日死んでも構わない。
滑り台に座ると、後ろに柔らかな感触が伝わってきた。
「一緒に滑るの?」
「うん、その方が楽しいでしょ?」
ニコリと微笑むその顔はまさに天使そのもの。直視するのも烏滸がましいほどだ。
「あ、あはは」
乾いた笑いを浮かべながら、目をそらす。背中に感じる感触を無視するように、何も考えないようにした。
◇◇◇◇◇◇
「ふー、疲れた」
今はひとしきり遊んだ後、ベンチに二人横並びで座っていた。
「楽しかった?」
「うん」
そこで会話が途切れた。少し気まずい。横目で青海の顔を盗み見る。ほんの少し、だが、確かに浮かない顔をしていた。
俺は純粋無垢な子供を演じながら、その理由を聞き出そうとした。
「り、リリお姉ちゃん。どうしたの?」
「ん、何が?」
「なんか、落ち込んだ顔してたけど⋯⋯」
「そ、そう? 顔に出てたかな⋯⋯」
青海は両手で自分の顔を包み込む、ほぐしている。
「お話聴こっか⋯⋯?」
何がお話だよ!
脳内で一人ツッコミをするが、青海を案じているのは本心だ。今の俺は小さな子供、存分に活用しなければ。
「辛いことがあったの?」
「いや、そう言うわけじゃないけど、ちょっとね」
青海は俺の目を見た後ポツリと話し始めた。
「親がね、勉強しろ勉強しろってうるさいの。私なりに頑張ってるつもりなんだけどね」
「⋯⋯そう、なんだ」
「って、こんなことマサくんに言うことじゃないよね。忘れていいよ」
そう言った青海の顔は、取り繕うように笑った。
その笑顔は、先ほど見せた笑顔より、ずっと暗くて、悲しそうだった。
瞬間、俺は手を伸ばした。青海の頭を撫でた。
「えらいえらい。リリお姉ちゃんは頑張ってるよ」
優しく慰めるように。撫でる手は震えてしまう。が、これが俺にできる限界だった。
青海は呆気に取られた顔をしている。まさか子供の俺に慰められるとは思っていなかったようだ。
しかし、すぐに表情をいつものように凛とさせる。
「ありがと、マサくんにそう言ってもらえるのは嬉しいな」
よかった。青海の心が少しでも軽くなるなら、いつでも撫でてやりたい。
「リリお姉ちゃんって好きな人いるの?」
話題を変えるために、そして、青海の好みの人間を探るためだ。
これで少しでも青海の恋愛観がわかったらいいのだが⋯⋯。
「きゅ、急だね。⋯⋯まぁ、いるよ」
「ほんと!?」
誰、とは聞けなかった。俺の恋が終わってしまうのが怖かったから。
やっぱり、俺は臆病みたいだ。
内心自己嫌悪に陥りながら、話を続けた。
「そうなんだ。⋯⋯リリお姉ちゃんに好かれるなんて、その人は幸せだね」
「そう?」
「うん」
「でも、その人ずっと小説読んでたりするから、話しかけられないんだよね」
「へー、間が悪いなぁ」
俺が少し悪く言うと、青海は首を横に振った。
「いいんだよ。見てるだけでも幸せだもん」
「そ、そうなんだ」
そこまでして青海に好かれているなんて、幸せもんだなぁ、そいつ。
俺と代わってくれよ⋯⋯頼むから。
「前に話しかけたんだけど、返事返してくれなくて⋯⋯。私嫌われてるのかな」
青海は不服そうに頬を膨らませ、眉を顰める。
「その人に聞かないとわからないかなぁ」
「だよねー。⋯⋯はあ」
「でも、安心してよ!⋯⋯リリお姉ちゃんは可愛いから、自信持って!!」
言った! 可愛いと言ってしまった!!
クドいてしまった!
なんて大胆なことをしたんだ、と高ぶる心を押さえながら深呼吸する。
青海は大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、俺の顔を見た。そして、ふっと微笑む。
「ありがとね。マサトくん。そう言ってくれると自信でるな」
瞬間、青海はハッとした表情で口元を覆った。しまった、と言いたげな顔で。
「えっ⋯⋯」
今、俺の名前を呼んだのか?
「誰? その人」
逃すわけには行かなかった。ちゃんと掘り下げないと⋯⋯。
「ご、ごめんね。マサくんと顔が似てたし、名前も似てるから⋯⋯。間違えちゃった」
いくら名前が似てようが、俺の名前なんて出さないだろう。顔が似てるのは本人だからしょうがないが。
「その人ってリリお姉ちゃんにとってどんな人なの?」
意を決した質問。答えによってはここで泣き出すのも辞さない覚悟だ。
青海は少しだけ頬を赤くした後、消えいるような小さな声で。
「私の好きな人⋯⋯」
⋯⋯嘘だろ。
刹那、頭が真っ白になった。
まさか俺の片思いじゃなかっただったなんて⋯⋯。
夢⋯⋯じゃないよな。こんな都合がいいことが起こるなんて。
だが、千載一遇のチャンス、逃すわけには行かない!
「リリお姉ちゃん、さっき嫌われてるかもって言ったよね」
「うん」
「絶対そんなことないよ! むしろ、その人も仲良くしたいって思ってるから!」
俺は肩を掴んで前後に揺らし始める。
今、俺は小さな子供のマサだ。マサトの恋を応援する、小さなキューピットなのだ!
「そ、そうかな」
青海は俯きがちに、頬を人差し指でポリポリと掻く。その自信無さげな姿に、言い聞かせた。
「絶対そうだよ! 僕が保証する! リリお姉ちゃんのこと応援する!」
そこで、街に流れるチャイムがなった。午後5時を告げるチャイムだ。
「あ、私帰らないと。マサくん、応援ありがと。 またね」
「うん、またね、リリお姉ちゃん」
青海は駆け足で家に帰って行った。
その後、俺が公園でのたうちまわったのは言うまでもない。
◇◇◇◇◇◇
翌日、元の大きさになった俺は教室に入った。自分の席に座る。
いつもなら文庫本を開いて、横目に青海を眺めるところだ。だが、今日は違う。
口を開いた。息を吸い込む。
青海はノートと参考書を広げ勉強しているようだ。邪魔するかもしれない。そんな気持ちが湧いてでる。が、今だけは無視した。
今言わないと、変われない気がしたから。
「お、おはよ⋯⋯青海」
発せられた言葉は吃り、うまく聞き取れないほどだろう。しかし、青海の耳には届いていたようだ。
あの時と同じように青海はニコリと笑った。天使のような微笑み。
泳ぎそうになる視線を固定し、目を合わせた。
「おはよ、マサトくん」
ほんの少し、ただ確実に、何かが変わる気配がした。
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