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サクッと読めるラブコメ

掲載日:2026/06/01


教室のドアを開け、中に入った。


一目散に自分の席へとつく。持ってきた文庫本を読むふりをして、チラリと右隣を見た。

俺の目に映っているのは、青海リリだ。友達と談笑し、上品に笑っている。


俺は青海に密かな恋心を抱いている。理由なんてたいそうなものはない。ただの一目惚れだ。


一目惚れしてから二年経っているが、未だ話しかけたことはない。


自分が情けない。話しかけようとすると、足が竦んで、喉がキュッとしまってしまうのだ。


だが、関わったことはある。

俺が落とした消しゴムを拾ってくれた時に、お礼の言葉を交わした程度。

これで関わったとは疑問の声が上がりそうだが、俺がそう言うならそうなのだ。


⋯⋯言っておくが、それで一目惚れしたわけじゃないぞ。もっと惚れ込んだってわけだ。


はあ、とため息をついた。


いつか、話しかけられるチャンスがあればいいのだが⋯⋯。



◇◇◇◇◇◇



帰り道、俺は自販機でジュースを買うのが日課になっている。


「あっちー。⋯⋯お、新しいジュース入ってんじゃん」


すぐに小銭を投入口に放り込んだ。

自販機から取り出し、プルタブを引っ張った。パキュ、と小気味良い音を立てた。


一口飲んでみる。が、特に美味しいと言うわけではなく、むしろ美味しくない部類だった。


「うげ、ハズレだな⋯⋯」


ただ、いくらハズレでも残してはいけない。俺は味を感じないように一気に飲み干し、深呼吸をした。


「もう買うことはないかなー」


若干落ち込みながら、缶をゴミ箱に放り込む。


歩き出す。が、転んでしまった。


「うべっ!⋯⋯イタタ、躓いた」


足元を見ると、靴が脱げていた。

履き直す。が、ブカブカになっていた。


「あれ、誰かのと間違えちまったか?」


確認のためにもう一度履き直してみる。すると、先ほどよりも靴のサイズが大きくなっていた。


「な、何が起こってるんだ?」


スマートフォンを取り出すために腕を動かした。だが、俺の腕はあまりにも短かった。

きていた制服が大きくなっていたのだ。萌え袖レベル100だ。


嘘だろ⋯⋯。スマートフォンを取り出すのも一苦労だ。俺の手は小さくなっていて、持つのも難しい。画面の反射で顔を確認してみる。


「子供になってる⋯⋯」


ペタペタと触り、現実か確認するために頬をつねってみる。しっかりといたい。


嘘だろ、こんなことになるなんて⋯⋯。思い当たる節はさっきのジュースしかない。

あれにアポトキシン4869でも混ざっていたのだろうか。

つーか、そんな冗談言ってられねえ!


急いで立ち上がる。が、俺が小さくなったため、制服がずり落ちる。

ズボンのベルトをキツく締め、なんとか全裸になることは防げた。


ほっと一息つく。しかし、この状態では到底家に帰れない。どこかでこの効果が切れるのを待つしかないか。そもそも、効果が切れるのかさえわからない。


あぁ、このままの状態で戻らなくなったら⋯⋯。そんなことを考えていると、涙が出てきた。


どうしよう⋯⋯。


その瞬間、声が聞こえた。


「どうしたの?」


後ろを振り返ると、青海リリがいた。


「大丈夫?」


青海は、小さくなった俺と目線を合わせるようにしゃがみ込む。

すぐ近くに顔が迫ってきたことで、恥ずかしくなって顔を逸らした。


「なんでもない⋯⋯」

「ぼく、泣いてるよ? 迷子になっちゃったの?」


やばいやばいやばい。どうにかして言い訳を考えないと──────


その時、一つの考えが浮かんだ。


青海リリと話すには絶好のチャンスなのではないか、と。


心臓がドクンと跳ね上がる。小さくなった今を利用して、仲良くなるとまでは行かなくても、少しでもいいから話せれば⋯⋯⋯⋯。


「ううん、公園で遊んでたんだ。さっき転んじゃって」

「そっか、痛くない?」

「痛くないよ」

「ぼく強いね、えらいえらい」


言いながら、青海は俺の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。


な、な、何が起こっているんだ。

あの青海が、一目惚れした女子が⋯⋯俺の頭を撫でているだと!?


「お名前言える?」


ここでマサトと言ってしまってもいいのだろうか⋯⋯。

いや、バレるのだけは避けたい。

ここは嘘をつかせてもらおう。


「マサって言うんだ」

「マサくんか、かっこいい名前だね」

「ありがと」

「私の名前はリリって言うの。リリお姉ちゃんって呼んでね」

「う、うん。⋯⋯り、リリお姉ちゃん」


⋯⋯う、うわあああああ!!

名前を呼んでしまった! しかも、お姉ちゃんとまで!

今にも頭が爆発しそうだ⋯⋯。


つーか、子供扱いされるのがなんか恥ずかしい。

できるだけ表情に出さないようにしないとな。


「一緒に公園で遊ぶ?」

「うん」

「何して遊ぼっか」

「えっと⋯⋯」


い、いかん。公園で遊ぶなんて、何年振りなんだろう。どうやって遊ぶのかさえよく覚えていない。


俺は適当な遊具を指差した。


「滑り台? いいよ、おいで」


青海は俺の手を掴み、遊具へと歩き出した。


手! 手!

手を握ってる!!


嘘だろ、まさか青海と手を握ってしまうなんて。⋯⋯明日死んでも構わない。


滑り台に座ると、後ろに柔らかな感触が伝わってきた。


「一緒に滑るの?」

「うん、その方が楽しいでしょ?」


ニコリと微笑むその顔はまさに天使そのもの。直視するのも烏滸がましいほどだ。


「あ、あはは」


乾いた笑いを浮かべながら、目をそらす。背中に感じる感触を無視するように、何も考えないようにした。



◇◇◇◇◇◇



「ふー、疲れた」


今はひとしきり遊んだ後、ベンチに二人横並びで座っていた。


「楽しかった?」

「うん」


そこで会話が途切れた。少し気まずい。横目で青海の顔を盗み見る。ほんの少し、だが、確かに浮かない顔をしていた。


俺は純粋無垢な子供を演じながら、その理由を聞き出そうとした。


「り、リリお姉ちゃん。どうしたの?」

「ん、何が?」

「なんか、落ち込んだ顔してたけど⋯⋯」

「そ、そう? 顔に出てたかな⋯⋯」


青海は両手で自分の顔を包み込む、ほぐしている。


「お話聴こっか⋯⋯?」


何がお話だよ!

脳内で一人ツッコミをするが、青海を案じているのは本心だ。今の俺は小さな子供、存分に活用しなければ。


「辛いことがあったの?」

「いや、そう言うわけじゃないけど、ちょっとね」


青海は俺の目を見た後ポツリと話し始めた。


「親がね、勉強しろ勉強しろってうるさいの。私なりに頑張ってるつもりなんだけどね」

「⋯⋯そう、なんだ」

「って、こんなことマサくんに言うことじゃないよね。忘れていいよ」


そう言った青海の顔は、取り繕うように笑った。

その笑顔は、先ほど見せた笑顔より、ずっと暗くて、悲しそうだった。


瞬間、俺は手を伸ばした。青海の頭を撫でた。


「えらいえらい。リリお姉ちゃんは頑張ってるよ」


優しく慰めるように。撫でる手は震えてしまう。が、これが俺にできる限界だった。


青海は呆気に取られた顔をしている。まさか子供の俺に慰められるとは思っていなかったようだ。

しかし、すぐに表情をいつものように凛とさせる。


「ありがと、マサくんにそう言ってもらえるのは嬉しいな」


よかった。青海の心が少しでも軽くなるなら、いつでも撫でてやりたい。


「リリお姉ちゃんって好きな人いるの?」


話題を変えるために、そして、青海の好みの人間を探るためだ。


これで少しでも青海の恋愛観がわかったらいいのだが⋯⋯。


「きゅ、急だね。⋯⋯まぁ、いるよ」

「ほんと!?」


誰、とは聞けなかった。俺の恋が終わってしまうのが怖かったから。

やっぱり、俺は臆病みたいだ。


内心自己嫌悪に陥りながら、話を続けた。


「そうなんだ。⋯⋯リリお姉ちゃんに好かれるなんて、その人は幸せだね」

「そう?」

「うん」

「でも、その人ずっと小説読んでたりするから、話しかけられないんだよね」

「へー、間が悪いなぁ」


俺が少し悪く言うと、青海は首を横に振った。


「いいんだよ。見てるだけでも幸せだもん」

「そ、そうなんだ」


そこまでして青海に好かれているなんて、幸せもんだなぁ、そいつ。

俺と代わってくれよ⋯⋯頼むから。


「前に話しかけたんだけど、返事返してくれなくて⋯⋯。私嫌われてるのかな」


青海は不服そうに頬を膨らませ、眉を顰める。


「その人に聞かないとわからないかなぁ」

「だよねー。⋯⋯はあ」

「でも、安心してよ!⋯⋯リリお姉ちゃんは可愛いから、自信持って!!」


言った! 可愛いと言ってしまった!!

クドいてしまった!


なんて大胆なことをしたんだ、と高ぶる心を押さえながら深呼吸する。


青海は大きな目をぱちぱちと瞬かせながら、俺の顔を見た。そして、ふっと微笑む。


「ありがとね。マサトくん。そう言ってくれると自信でるな」


瞬間、青海はハッとした表情で口元を覆った。しまった、と言いたげな顔で。


「えっ⋯⋯」


今、俺の名前を呼んだのか?


「誰? その人」


逃すわけには行かなかった。ちゃんと掘り下げないと⋯⋯。


「ご、ごめんね。マサくんと顔が似てたし、名前も似てるから⋯⋯。間違えちゃった」


いくら名前が似てようが、俺の名前なんて出さないだろう。顔が似てるのは本人だからしょうがないが。


「その人ってリリお姉ちゃんにとってどんな人なの?」


意を決した質問。答えによってはここで泣き出すのも辞さない覚悟だ。

青海は少しだけ頬を赤くした後、消えいるような小さな声で。


「私の好きな人⋯⋯」


⋯⋯嘘だろ。


刹那、頭が真っ白になった。


まさか俺の片思いじゃなかっただったなんて⋯⋯。

夢⋯⋯じゃないよな。こんな都合がいいことが起こるなんて。

だが、千載一遇のチャンス、逃すわけには行かない!


「リリお姉ちゃん、さっき嫌われてるかもって言ったよね」

「うん」

「絶対そんなことないよ! むしろ、その人も仲良くしたいって思ってるから!」


俺は肩を掴んで前後に揺らし始める。

今、俺は小さな子供のマサだ。マサトの恋を応援する、小さなキューピットなのだ!


「そ、そうかな」


青海は俯きがちに、頬を人差し指でポリポリと掻く。その自信無さげな姿に、言い聞かせた。


「絶対そうだよ! 僕が保証する! リリお姉ちゃんのこと応援する!」


そこで、街に流れるチャイムがなった。午後5時を告げるチャイムだ。


「あ、私帰らないと。マサくん、応援ありがと。 またね」

「うん、またね、リリお姉ちゃん」


青海は駆け足で家に帰って行った。


その後、俺が公園でのたうちまわったのは言うまでもない。



◇◇◇◇◇◇



翌日、元の大きさになった俺は教室に入った。自分の席に座る。

いつもなら文庫本を開いて、横目に青海を眺めるところだ。だが、今日は違う。


口を開いた。息を吸い込む。


青海はノートと参考書を広げ勉強しているようだ。邪魔するかもしれない。そんな気持ちが湧いてでる。が、今だけは無視した。


今言わないと、変われない気がしたから。


「お、おはよ⋯⋯青海」


発せられた言葉は吃り、うまく聞き取れないほどだろう。しかし、青海の耳には届いていたようだ。


あの時と同じように青海はニコリと笑った。天使のような微笑み。

泳ぎそうになる視線を固定し、目を合わせた。


「おはよ、マサトくん」


ほんの少し、ただ確実に、何かが変わる気配がした。

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