Ep5;三頭狗のチカラ
「異那人よ、名はなんと申す」
「暁です、昼神 暁」
俺は今、アルタイル王国の国王と面会をしている。
国王は玉座に座り、俺は床に跪いている。
何故かと言うと、この世界において何らかの事情があって世界間移動をしてきた人間を異那人と呼び、勇者に近い扱いをされているとのことらしい。だから今は今後の俺の扱いについて決めている。
「本題に入るが、貴殿はこれからどのように行動したいのだ?」
「そう、ですね……」
この世界での俺のすべき行動は、勇者と魔王の物語に関与する事。
ならば……
「この国に、勇者様はいますか? もしくは英雄?」
大凡いるのだろうとは思いつつ、疑問を口にする。
何故そう思ったのかと言うと、この国は王が騎士をやっている程、騎士の割合が多い騎士国家なのだ。例えるならばアーサー王と円卓の騎士のようなモノだろうか。
だから勇者はおらずとも、ほぼ必ず英雄はいるだろうと思ったのだ。
「勇者は居らぬが、英雄ならば、我が軍の兵一人一人が英雄だ」
「そう、ですか。では、その英雄の中から一人、私に戦闘の仕方をお教えいただける方を選んではいただけないでしょうか」
それは、自らの治める国を信頼する者ならば、当然ともいえる答えだ。
ならば一人一人も当然高レベルな戦闘技能を有している筈、だから俺はその誰かにその戦闘技能を学びたいと思う。
「それは、アキラ殿がこの国に腰を据えると言う事で良いのか? それとも短期間だけ教えると言う事か?」
「後者です。私は向こうの世界の神に使命を与えられました。その使命を全うするためには、どこかで必ず戦闘に成る事が予想られるのです」
俺は思う。
勇者と魔王、それは相容れぬ光と闇。対極の存在であるが故に、理解し合い、理解出来るが故に対立する者たち。要するにそう言う事だ。
勇者と魔王は必ずと言っていいほどに、死闘を繰り広げる者たちなのだから。
「良かろう。だが対価は支払ってもらうぞ」
「はい、覚悟しています」
「ならばよい。まずは昼に力試しでもしてもらおうと思うが。近衛兵、アイリスに昼までに闘技場に行くように伝えてくれ。
では異那人よ。昼まで自由にして居てくれ。場内の見学などはどうだ?」
「はい、では失礼します」
どうせ今日の俺に予定は無い。昼まで何をして暇をつぶそうか少し迷うな。
この語の行動に想いを馳せながら、俺は玉座の間を後にする。
結果的に、俺は今人気のない城の裏門付近に居る。
時間は9時半ぐらいの、丁度いい感じの気温の時間帯だ。
少し日陰になっているここは、俺にとって大分居心地がいい。
こんなだから、あまり女性との関係が宜しくないのだろうか。俺はいつも話しをする女を怒らせてしまうし……
閑話休題。
話を元に戻そう。
俺は今、裏門の所で昨日手にした能力とやらの練習をしている。何故かと言うと、出来れば人に見られて知られる事は避けたいからだ。ここの人たちは俺の情報をほぼ何も持っていない。情報とは武器だ。出来れば与えないようにしようと思っている。
ん? 門番? 二人いたけど、今は倉庫に数冊あった女が表紙の本を渡したら、見なかった事にして置くと言っていた。
うん。やっぱ人間の三大欲求ってすごいな。
まぁ、それはいい。今の問題は俺の手に入れた能力だ。俺の手にした能力は概念的干渉能力‘獄焔’と言うものだ。
あの精霊を名乗る彼女が今朝、俺の前にいきなり現れて言っていたが、この能力には三つの特性があるとの事。わざわざ精神世界を惹き出さなくても、顕現は出来るらしい。
一つは、『発火炎上』と言う特性。これは前の世界における炎が持つ効果を、魔力を使って発現させる。と言う代物。
精神力って言うのは良く分からないが、要するに灯り暖房に関して困る事の無い便利能力、と言った所だろう。
これは右手に集中して「燃えろ」と念じる事で黒い炎が掌から上がったので問題はなさそうだ。発火する瞬間、少し変な感覚が有ったが、多分アレが魔力の使用なのだろう。
次に、『侵蝕』と言う特性。これは手に持ったモノに魔力を流し込み己の属性に染め上げ、能力を付加すると言う特性。外見的にも侵蝕を行うと変化が起こるらしく、まだ練習していないためそれが少し楽しみだったりする。
最後に、『概念破壊』と言う特性。これは、そこに有るモノを物質的にではなく概念的に破壊するもの。らしいが、今の俺には良く分からないため練習の仕様がない。
基本的には能力と言うのは殆どの人間に有り、一つだけの特性を持っているらしい。勇者や英雄となると二つと言う事も偶にあるらしいが、三つもの特性を持つ能力は規格外なのだと言う。これはまさしく規格外性能。
それはさて置き、俺は今現在浸食の特性制御の練習をしている。
「手に持って、魔力を流し込む。だったか」
手にしているのは、倉庫から拝借した両刃の短剣。刃の長さが8センチほど、そして柄が7センチ程度の計15センチの装飾の無い質素な短剣だ。
その短剣の端と端をを両手でしっかりと持ち、それに意識を集中させる。
集中が臨界を超えようかと言うその瞬間、脳裏に一つの言葉が浮かんだかと思うと、知らぬ間に口にしていた。
「‘喰らえ’」
流し込むと言うより、包み込む感覚。
『侵蝕』とは良く言ったモノで、確実にそれは的を射ていた。
外側から少しずつ、徐々に徐々に浸み込んでいくような感覚。
前の世界の感覚で言うならば、食べ物をゆっくりと咀嚼していくかのような感覚。
それが終わったかと思うと、俺が手にしている短剣は鈍く発光して形状を変化させた。
大きさはそのままに、刃の形は日本刀のような片刃、色は黒曜石の如き美しき漆黒。柄は生きた人間の鮮血で染めたかの如き妖艶な真紅の柄に変わり、柄と刃の中間に位置する鍔はまるで昨日見た三頭狗の吐く獄焔をそのまま固めて鍔にしたような禍々しさを放っている。
かかったのは数秒、これなら少しずつ速度を上げる事ぐらい出来そうだ。
強そうだけど、なんかこれどっちかって言うと暗黒騎士とか悪役が使ってそうだな。
考えていると、先程の衛兵の男が俺の持つ侵蝕後の短剣に興味を惹かれたらしく、俺に話しかけてきた。腐っても戦士と言う事だろうか。
「おっ、兄ちゃん。それは何なんだ?」
「これは俺の能力の産物です。あっ、これも内密に頼みますよ?」
「そんなこたぁ、言わなくっても解ってるぜ。なぁ兄弟!」
「おう、俺らの救世主の不利益になるような事はしないさ!」
練習を許してくれた二人に、俺は一言釘を刺したが、その必要は無かったようだ。
ガッシリと肩を組み言う二人。
手には先程渡した本を握りしめ、鼻から鼻血を流しかけている門番二人。
「じゃあ、そろそろ時間だと思いますんで、俺はもう行きますね」
上空の太陽は、もう直ぐ真上に来ようとしている。
俺は侵蝕により変化した短剣を俺の寝ていた倉庫に隠し、そこらに居たメイドさんを捕まえて闘技場を目指すのだった。




