Ep4;二つの試練
眼下には、延々と続く漆黒の大地。
頭上には、煌々(こうこう)と輝く紅き望月。
そして、中空にて浮遊する俺。
「なんだこれ」
大きな疑問を一つだけ、小さく漏らす。
確か、俺はついさっき倉庫に連れてこられて、不要物と一緒に寝ていた筈じゃないだろうか。
一人考えていると、右下から返答が返ってきた。
『ここは、貴方のの精神に内在する世界から、表層だけ切り取ってきたモノ。まぁ要するに、心象風景ってやつですね』
「なんか簡素だな。俺の心の中とやら」
何だか軽く会話してるけど、コイツ誰だ?
そう思いつつ見ると、淡く発光する四等身の人影が、俺の右腕付近でグルグルと飛んでいる。
それは美しい少女だ。目も髪も黒色のその少女は、正反対に純白のワンピ-スを着ている。ワンピースの背には単語が一つ「精霊」と書いてあった。
元が良いだけにその単語が少し残念だ。
「精霊?」
『よく分かりましたね。自己紹介もしたいですが、まず始めに一言。
第一試練‘幻想種の認知’合格です。視覚的な情報は問題無さそうですね。(……まぁ、あの世界でもこの才能は有ったようですし、当然ですね)』
思い出した。
これは俺をこの世界に送った奴が言っていた、潜在能力と魔力を覚醒させる試練とやらだ。
幻想種って言うのは、おおよそ基本的に前の世界で存在しないと言われていた生物達の事だろう。今回のはきっとこの精霊さん(仮)がそのターゲットなのだろう。
その試練は俺に一人の精霊を永続的に憑けて、その精霊に数回行わせると言っていた。それはきっとこの精霊さん(仮)の事だろう。
試練の内容はその精霊が決めるとも言っていたし、俺の人間性とかもその試練で調べると言ったいた。
『では自己紹介です。私は精霊、正式には彼の地を守る神の御使いです。名前は有りません』
喜々として自己紹介をする精霊さん(仮)。名前がないって言うのは、寂しいだろうな。
これから長い時間一緒に居るのだろうし、名前がないってのは不便だろう。
「俺は暁。昼神 暁だ。
お前は名前ないんだよな? これからずっと一緒なのにそれは不便だろ。名前、俺が付けてやるよ」
『えっ……!』
俺の一言に、『でも、そんな……』と顔を真っ赤にしながらボソボソと言っていたが、まぁそれは無視だ。
精霊、黒髪、ワンピースに……etc。色々と考えてみる。
「まぁ、よく考えてからだけどな」
今の所は出てこないため、次回にしよう。うん。
『あ、はい』
俺の一言に少し呆けている精霊さん。
少しして、思いついたようにこんな事を言い出した。
『そ、そうだ。第二試練がありました』
「第二試練?」
『そうです。さっきのは確認のための試練でしたので、漸く能力覚醒です』
「あぁ、そうか。本題はそれなんだったな」
『はい。能力覚醒には時間がかかりますんで、少し待って下さいね』
そう言うと、彼女は俺の胸元に飛んできて俺の胸に両手を当てた。
関係の無い話だが、俺は基本的に真夕美以外には母意外に女性との関係性が希薄だ。
そんな俺がデフォルメされてるとは言え、美少女に身体接触を長時間続けていたらどうなるか、と言うと、
『アキラさん。心音が大きすぎです』
こうなる訳だ。
自分でもおかしいと思うほど、心拍数が上がっている。
それをどうにか抑える為に精神統一。
視覚を遮断、聴覚を遮断、嗅覚を遮断。頭の中を、空っぽにする。
思考を停止、運動を停止、心をどうにか落ち着ける。
そうやっていると、精霊さんが口を開いた。
『準備が整いました。目を開けて下さい、アキラさん』
それに従い、俺は精神統一の為に閉じていた瞼を開く。
「ハィ?」
眼前には、禍々しい玄い業火にに包まれた、三つの首の狗が居た。
『アキラさん。これからこの地獄の番犬を跪かせて下さい』
笑顔でもの凄い事を言い出す精霊さん。あれ? いつの間にか場所遠くね? コイツ、確信犯だ。
小さな精霊の後ろで、凶悪に唸る三頭狗。絶対無理だろ。
駄目でもともと、まずは言葉で言ってみよう……。
前方に顕現している凶悪な生物に、手をかざす。
そして、口を開き、一言。
「……おすわり」
まぁ、無理だよなぁ。化け物相手に犬扱いとか、どうすっかな。
魔王と勇者に関与とか、特殊な能力なしに出来る訳ねぇだろうし、これからどうすっかなぁ……。
「クゥン」
考えていると、犬の鳴き声。
『「へ?」』
場違いな泣き声に、一瞬時間が停止する。
驚いていると、ケルベロスが跪き、俺を見て尻尾をぶんぶん振っている。
俺と目が合うと、その速度は一気に三倍くらいになり、「「「ワンッ!!」」」と人吠えして、粒子になって消えて行った。
『どう言う事? そう簡単に、従えれる訳が……』
「なぁ、これってどういう事?」
思考を開始する精霊さんに、俺は一言質問する。
『多分、合格で良いと思います。それと、これで今回の試練は終了です。では、またいつか』
「あぁ、またな」
言いつつ、疑問を残している様子の精霊さん。
次の時には名前を考えておこう。と思う。
『あ、言い忘れましたが、私は指輪に宿る精霊です。話しかけたり、魔力を込めたりすれば顕現出来ます』
うっすらとした意識の中、そんな言葉が聞こえてきた。
目を開くと、右手に付けている指輪が、淡く淡く輝いていた。




