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Ep3;歓迎は鋭く


 それは、円柱形を成す混沌のトンネル。

 反転する光と影、引力と斥力。

 ここは真空ディラックの海の中。もしくは生命セフィロトの樹の上。

 くぐり抜けるその中で、流れるように変わる視界。

 遥か(いにしえ)に交わされた(ちぎり)

 どこか心の奥底で、強烈な衝動が(うごめ)き出す。

 視線を奪う多くののぞ

 欲しいと言う欲望、かなえと言う願望、どうせと言う絶望、‘きっと’と言う希望の果てに────


 ────‘(アカ)光景ケシキ’が、見えた気がした。




 瞬間、下の方に出口が出来上がり、歪みの中から排出される。

 勢いは無く擬音で言うならば、フワリとでも言うような軽さで俺はその地に着地した。


 其処そこ所謂いわゆる幻想郷ファンタジー。俺をここに送り込んだ奴が言うには、ここは一柱の神の夢の世界なのだと言う。

 俺はそこに現れる魔王と勇者の物語に関与して来い、そう伝えられた。餞別に二つのモノ、一つは何だかよく分からない指輪、もう一つはこの世界でも生き延びれる体力ちからをくれると言っていた。


 神の夢。それは真実、幻想的ファンタジーだ。

 ゲームや物語の中の世界。だからここでは魔術マジックも、魔物モンスターも、神様なんてモノまで何でも有りなのだと言う。

 けれどこの世界では、これまでの世界で言う所の‘自然’のように、そうあるべき姿、そうするために働く世界の修正力なんてモノがあるらしい。それは魔術やなにかで、そうあるべきモノを強引に変えてしまおうとした時に働くらしい。

 本当に、現実リアルじゃない。


「で、ここはどこなんだ?」


 一応今まで考えていた事がまとまり、思った事を口に出す。

 当然、返事は返ってこないだろう。


 そう思っていたから、背後からの声に驚いた。


「ここはエルキオン。アルタイル王国首都、エルキオンだ。こんな夜更けに何の用だ? 違法侵入者」


 首筋に添えられる刃物の気配。

 ヒンヤリとしたそれは、俺に濃厚な死の匂いを連想させた。


「まずは手を広げて後ろへ回せ。不穏な行動をとったら、その瞬間貴様の首をはねてやる」

「ハ、ハハ……」


 もう笑うっきゃネェ。何だこの状況。


 言葉に従い、手を後ろに回す。

 すると、ガチャリと言う音と共に、全身に少量の怠惰感が覆いかぶさる。


「魔力も手の自由も奪わせてもらった。こちらを向け、顔を確認する」


 魔力を奪う、と言う事は俺にもそれがあると言う事だろう。怠惰感は少ないから、量は多いと言う事なのだろうか。


 死の恐怖にカラカラになった喉を、無理やりに唾を飲み下して潤す。

 覚悟を決めて、身体を後ろに振り向かせる。刃物はまだ首に突き付けられている。


 すると、そこに居たのは自分と同年代の女の子だった。

 来ている服は青色の豪奢なドレス。そして少女の姿は、それにも負けない程美しかった。

 背中の中ほどまで伸ばした金紗の髪に、透き通るような白磁の肌。小さな顔のその中に、2点だけ小奇麗にちょこんと配置された翡翠の瞳。

 その瞳の中には、呆けた顔をした俺が映っていた。

 

「オッドアイか……。禍々しい黒き右の瞳に、燃え盛る炎のように赤き左の瞳。異邦人わたりびとか……?

 だが、そうと決まった訳では……」


 眉間にしわを寄せ、あごに手を当ててぶつぶつと呟く少女。


 オッドアイ、それは人間が持つ目の虹彩の色がそれぞれ色違いである事を言う。

 この少女は、俺に向かってそう言った。要するにそう言う事なのだろう。この少女からすれば、俺は突然現れた妖しいオッドアイの少年。と言った所か。


 警戒されているであろうことを承知で質問をする。


「なぁ、君? ここってどう言う建物の中?」


 そう、先程きずいたが、ここは何か建物の中らしいのだ。

 きちんとみれば、足元には石畳。壁も石造りで、そこには大きな幾何学模様。まるで召喚か何かをしていたかのような程に大仰な儀式の陣。


「ここは城内に有る、神官の『祈りの間』だ。こんなところに侵入して、しかも神官を気絶させておいて、いけしゃあしゃあと……」  

「神官を気絶? どう言う事だ?」

「それを見ろ」


 少女が指をさす。

 その先には、石畳の上にヨダレを垂らしてだらしなく寝る白服の男達が数人と女性が数人。男の一人は「もう、辛抱たまりません……!」なんて言ってる。おい、なんの夢見てんだ。

 

「ハハ……」

 

 言いつつ頭をかこうとするも、手錠の所為で出来ない俺。

 予測すると俺を送りつけたアイツが召喚場所に此処ここを選び、その際俺が現れる時に起きた何かの所為で気絶したのだと思うのだ。が、なんでいい夢見てんだアイツ。

 

 ほら、このも何か察知したのか顔を真っ赤にしてるし。よく見ると可愛いな。この娘。

 

「い、行くぞ」

「ちょっと待った。行くってどこ?」


 嫌な予感を感じつつも、一つ質問する俺。


「何をたわけたことを。牢屋に決まっているだろ。性犯罪者」


 やっぱり? って、いつの間にか違法侵入者から性犯罪者にランクダウンしてる!?

 それ俺じゃ無くね。あそこに寝てる一人のエロ神官じゃね!?


 なんて事を言えるはずもなく、俺はおおよそ妥当であろう言葉を発する。


「何で? 俺はここに送られてきたんだ。そこの神官なら多分解る筈だ。俺はこことは違う世界から来たんだ」


 自分で言ってて信じられない言葉を口にする。

 言ってる自分が正気かどうかを疑いたくなる。きっとあの時の真夕美もこんな気分だったのだろうな。

 

「何? どう言う事だ……?

 私はこの部屋から突然魔力の反応があったから来たと言うのに……」


 ひとり言を言う彼女。

 俺にはよく聞こえないが、情報の分析かなにかでもしているのだろう。かなり真剣な顔だ。


 数秒して、「よし、解った」と言う彼女。

 何が解ったと言うのだろう。


「私はその情報の裏を取ろう。もし逃げられでもしたら私が困る。一応は高速の為、倉庫に居てもらうぞ」

「そうかぁ、倉庫か」


 数回の会話で直ぐに俺への対応を決めた彼女は、俺を引き連れて移動する。

 彼女の言う『祈りの間』を出ると、外に出た。


 ほんの一瞬だけ空を見上げると、見えたのは広大に広がる星の海。


「あぁ、本当に、ここはとても奇麗だ」


 空に目を奪われた俺の口をついて、そんな言葉が漏れ出る。

 

 ここで俺がしなければならない事を思うと気が重くなるが、この空を見る事が出来るのならそれもまた良いのではないだろうか。

 心のどこかに、そう思っている俺がいた。




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