Ep26;目覚めて
古びた洋館の、古びた門の前。
ミリィはそこで寝かされていた。安らかな寝息を立てて、毛布の上からロープで固く縛られて、俗に言う芋虫状態なミリィ。
なぜこんな状況に陥っているのかと言えば、原因は吸血鬼キリアのせいである、としか言いようがない。アキラを連れてB級の依頼を受けたは良いが、侵入して早々に落とし穴と言う典型的で古典的な罠に引っ掛かったかと思うと、アキラの転移魔術で飛ばされ、その後何の気遣いかキリアの使い魔らしき木のゴーレムが毛布とロープを巻いていったのだ。
だがどんなに毛布に包まろうと、外に投げ出されたままでは寒いらしくミリィはクシュンとくしゃみをした。
それと同時に、ミリィは苦しそうに声を上げる。
「う~ん、寒いぃ」
彼女は寝起きが悪いらしく、現状を把握できていないようだ。目もぼんやりとしている。
芋虫状態のままゴロゴロと道のど真ん中を転がっている。幸いここは幽霊屋敷の前の道であるため、一通りは少なく邪魔にはなっていない(それでも一日に数人は人が通るので、後日幽霊屋敷に悪い(?)噂が増えたのはまた違うお話)。
寝ぼけたまま、寒さに耐えかねたのかミリィは火属性の魔力を練り始めた。
使われる魔力は微量、それでも巻きに巻かれた今の状態で火属性の魔力を解放すれば、
「発火、……熱ぅぅぅうい!!」
丸焼きと化すのも当然と言うモノである。
グルグル巻きの状態で発火の魔術を使ったせいで、数秒をかけて全身に回った火は強くはないものの、やはり熱い。
未だ芋虫状態のまま全身に火が付いてしまい、必死に鎮火しようと転げ回るミリィ。
とてもシュールな光景。
「熱い熱い熱い、あっつぅぅぅいぃぃぃ!!」
近隣に民家がない事が唯一の救いだろうか。などと考える余裕もない様子のミリィ、やっと火が消えた時にはミリィの息は切れ切れだ。
その上再び屋敷の方から足音のようなモノが聞こえてきた。
音が近づいている事も解らないミリィ。彼女の寝起きの悪さは相当なようだ。もしかしたら低血圧とかそう言うのなのだろうか。
「え? 何、何すんの?」
気が付けば、また担ぎ上げられて運ばれている。
ロープは一応焼け切れているが、抵抗するだけの力が出ない。魔力の方は十分に有るが、見た所担ぎ上げているのはゴーレム。それも用意周到な事に対魔力用の障壁なんかつけられている。これでは今のミリィには手も足も出ない。
だからこそ、担ぎ上げられる瞬間に声を上げて術師に応えてもらおうと思ったのだが、それも意味はなさそうだ。ゴーレムは無駄の無い動きでミリィを運び続けている。
きっと自立稼働が出来るように一つの命令をこなすよう作ったのだろう。
それにしては強固に出来ているが、これも術者の力が強力である証明になる。幽霊屋敷の吸血鬼は人形遣いだいう噂もあるし、その裏付けが出来ただけか。
「はぁ~……、痛くはしないでよ?」
洋館の中はまさしく、城と言うに相応しい。
連れて行かれるとしたら城主の元か、それとも……。
「なんかアキラがやらかしたみたいだけど、大丈夫かなぁ」
今はただ、流されるままに。
安全かは分からないが、この人形の向かう終点は分かりきっているのだから。
◆ ◇ ◆ ◇
焼け跡、斬痕、そこかしこに大量にこびりついた血糊。
そして気だるい自身の身体に、アキラは違和感を覚えた。
「気持ちワリィ」
アキラは頭を押さえ、ぎしぎしと悲鳴をを上げる身体を無理やり起こす。
起きたばかりで明暗を繰り返す視界も、大分慣れてきただろうか。
見れば、隣に幼女が寝てる。
「アハ、これ夢だ」
全力全開、目の前の状況から戦略的撤退を開始しよう。
引きつる顔をそのままに、アキラは身体をうつぶせにして匍匐前進。
見覚えがあるような気もするが、きっと気のせいだ。
ぶつぶつと呟きながら扉を目指すアキラ。転移魔術を使わないあたり、大分混乱しているらしい。
ズリズリ、ズリズリと進むアキラ。その姿はなんとも滑稽だ。
ズリズリ、ズリズリ。その音に紛れて近づく足音がするが、それにアキラは気付かない。
ズリズリ、ズリズリ。コッコッコッ。
もうすぐアキラが扉に着こうと言うその瞬間、素晴らしい勢いで扉がアキラの顔面に激突した。
「アキラー! 無事!?」
顔がメコリとへこんだアキラに気付かず、そのまま頭、背中、そ踏み進んでいくミリィ。故意では無いらしい。
奇跡的な触覚をしている。
「なんか動きづらい床……」
愚痴りつつ見えたそれからそっと降りるミリィ。眼はあらぬ方向を向いている。
へこんでいた顔も元に戻り、口を開くアキラ。
「ミリィ、俺やらかしたかも」
怒りとかそう言ったモノはない。
ミリィはひとまず安心したらしく、深く息をはく。
「なにしたのよ?」
ジト目で俺を見るミリィ。
それに対して俺は元いた場所を指で示す。まだ顔が痛い。
「俺、起きる前の記憶が曖昧なんすけど……」
どうしよう。
そんな思いを込めてミリィの方を見上げたのだ。
すると、彼女は石化していた。
あんぐりと口を開けて、石になったかのように固まっていたのだ。
「やっぱ、俺がいけないのか?」
アキラの一言に、答える者は居なかった。
ギャグ?
なんだろうか、この感覚。
やりたい放題にやった、後悔はしていない
事にしよう。うん。




