Ep21;さぁ行こう、幽霊屋敷
冒険開始の主人公達(*^_^*)
まずは村の中の進入禁止区域からお送りします。
ミリィたち、ミェーチ家の朝は早い。
その中でも一番起きるのが早いのは、何を隠そう今洗面所で顔を洗っているミリィである。
「ん? 何この音?」
顔を洗い終えると、鋭い風切り音が何度もミリィの耳に届いた。
その音はどうやら家の外、村のはずれにあるために自動的に広くなったミェーチ家の庭から聞こえてきている。
ミリィが知るなかで、こんな朝早くに起きる者はこの家には居ない。ならば昨日からこの家に泊まる事になった妖しいアイツ以外には居はしない。
そう決めつけたミリィは、昨日の内に一気に綺麗になった狭い廊下を抜けて、悪戯心にドアから遠回りに外に出る。
「フフフッ、ビックリするかしら。
アキラの驚く顔って面白そうだし、後ろから声掛けてやろう」
瑠璃色の瞳を子供のように輝かせ、今から行う悪戯を考える。
初級魔術で驚かせようか、木の枝でも投げつけてやろうか。
何か棒状の物を使って素振りを行っている様子のアキラを余所に、悪戯の計画をし始めるミリィ。
「ホントの事言おうとしないアイツが悪いんだもの。私は悪くないわよね」
昨日アキラが嘘を吐いた事を未だに根に持ちつつ、アキラの居るであろう庭の周り、少々手入れの行き届いていない雑木林の中に身を隠す。
「さて、最弱設定の魔弾くらいでいいわよ、ね……?」
その身を完全に隠し終え、庭の真ん中。ミリィが魔力回路に火をくべて、魔術発動の準備を行い始めた時、アキラの居る場所から聞こえていた風切り音が消えた。
「何してるのかしら? アキラ」
ずっと行っていた素振りらしき事を終えて、今度は仁王立ちをして、胸の前の空気を両手で包むような型をとるアキラ。
その姿は堂々としていて、雑木林の中のミリィにさえも動く事を躊躇わせる。
小鳥のさえずり、木々のざわめき、朝露の落ちる音。
その全てが消え失せて、その空間は無音となった。
完全な静寂の中。
アキラは突如、言霊を放つ。
「来たれ、太源の一角を担う者。渦巻けよ火の精────」
「なっ、アイツこんな所でッ……!!」
中級攻撃呪文の呪文詠唱。アキラは最低でも小さな森一つを焼き払う事が出来る程に強力な魔術を詠唱している。
今そんなものを使えば、ここら一帯は火の海と化すだろう。
アキラの構える手の内側の空気が捩子曲がり、視認可能な程に超高密度の魔力の塊が形成される。
徐々に成長していく大量殺戮の種は、アキラの右手を包み込む。
「我が手に下りて、汝等が力の一片を、我に示せ────」
破壊そのものとでも言うべき魔力を右腕に纏い、その腕を天空へと突き上げるアキラ。
「……燃える竜巻」
右腕は赤く発光を始め、超高熱の小さな竜巻を作り出す。
詠唱を完成させた上位呪文に、脅威に対する最後の抵抗をしようとするミリィ。
「アキラ……!! やめて!」
雑木林の中、出来うる限りの絶叫をするミリィ。
ミリィの必死の叫びは、アキラを中心にした竜巻にかき消される。
そして竜巻が最高速になろうかと言う時、
「え?」
その全てが、黒い焔にかき消された。
周辺の空気を巻き込み、天空を貫くはずだった紅き魔力の塊は、最初からなかった事のようにして、漆黒の焔に焼き尽くされた。
「よし、概念破壊の特性もマスターできた」
雑木林の中に隠れたミリィ。
嬉しそうな微笑みをたたえたアキラ。
この瞬間、アキラの秘密は、ほぼ全てミリィに知られてしまった。
今朝のミェーチ家の朝食は、少々かたいパンのト-ストにオニオンスープ、そして死碑の森の植物サラダだ。
他ニ品はいいが、最後の一品はアキラにとって頬をヒクつかせざるを得ない代物であった。
「口じゃん」
サラダを見てから最初のアキラの発言は、そんな物だった。
何を隠そう、そのサラダの名は百口草。妖怪百目鬼と同じようにして、過去の勇者が付けた名だとか。
名の通りその草は、百もの口を持つ薬草。良薬口に苦しと言う事もあり、見た目はアレだが効能は最高級。筋疲労や小さな傷などは薬草の含む水系統の純粋な治癒の魔力で回復される。
一部の薬屋では重宝されていたりする代物だ。
チースティに差し出されたフォークでアキラはそれを食べた。
ドスッと音を出しながら、差し込まれたフォークの音と同時に、薬草のいたるところに有る口が悲鳴を上げる。
「ウエッ、五月蠅ぇな」
片手で耳を塞ぎつつ、それでもドレッシングのたっぷりかかった口型のサラダを口に運ぶ。
「そうですかぁ? 私達はいつもこうだから解りませんけど、嫌なら食べなくても……」
三人で囲んでいる机、アキラの向かい側。その席に座るチースティが言う。
「何言ってるんだよ、どんな見た目でも味は食べてみなけりゃわかんねぇだろティム。食わず嫌いは嫌だからよ」
青ざめた顔で言うアキラ。その手はプルプルと震えている。
ティムとはチースティの愛称だ。昨日帰って来た後に、そう呼ぶように頼まれていた。
「アキラ、無理しなくていいのよ? 食べられないなら母さんにあげるんだから」
用意周到に耳栓をしていたミリィは、平気な様子でアキラに声をかける。
百口草は体力回復の効能もあるのだ。
「いや、そっちの方がマズイだろ。残しモノとか人にあげちゃいけねぇだろ」
その言葉の直後、サラダを口に含むアキラ。
瞬間、アキラの脳裏に電撃が走る。
「ぐぅう……」
口元に手を当てて、水を探すアキラ。
その時にはもう手に水が渡され、直ぐ様に口の中の物を飲み下すアキラ。
ミリィ姉弟による連携プレーのたまものである。
「だから無理するなって言ったのに、もう残しなさいよ」
「いや、いい。食べる」
口数少なく返すアキラ。
意地でも残す気はないようだ。
それからはただ黙々と食べ続けるだけ。
ミリィとティムはおしゃべりを楽しんでいたが、アキラは何度も意識を失いかけていた。
地獄の朝食が終わり、村の中。ごく小規模のギルドでアキラはミリィと昨日の依頼の完了を報告していた。
簡単な依頼だった筈が死にそうになったと言う事で、ミリィはギルドからほんの少しではあるが保険金のような物を貰っていた。
「これなんかどう?」
「いや、竜種退治とか無理だから。位置的にも時間的にも」
「いいじゃないのよ、アキラならきっと軽く出来るから」
「何その自信!? 俺そんなに強くはないから!」
そして今、ニ人はギルドの依頼カウンターの前で、コルクボードに張り出されたギルドの依頼書を見つめていた。
何度も繰り返されるミリィの無理難題に、とうとうアキラは大声を出した。
「むぅ、それならこれで譲歩してあげるわ! これなら場所も近いしいいでしょ! 依頼レベルもCだし」
満遍の笑みで、アキラに語りかけるミリィ。軽くアキラの怒りを受け流している。
ミリィが指さす先に書かれた依頼書の題名は、妖しげなものだった。
「【幽霊屋敷の探索】?」
アキラの声が、半ば上ずっている。
「そうよ、時間も距離も大丈夫でしょ? これならやってもいいじゃない」
幽霊と言う単語に、ひくひくとするアキラの頬。額には、一筋の汗の軌跡が見える。
目ざとくも、ミリィはそれを見逃しはしなかった
「いやならやめてもいいわよ? 幽霊怖いものねぇ?」
ミリィは、嘲笑うようにしてアキラに話しかける。
「いや、いい。お姉さん、これ受けます」
「ハイハーイ、依頼受諾ね~。でも君、意地っ張りは損するよ~」
ずんずんと歩き、依頼受付まで行くアキラ。
アキラ達の会話を聞いていたのだろう、ギルドの依頼受付のお姉さんはほややんとした表情でアキラをなだめる。
「大丈夫ですっ!」
アキラの瞳にはギラギラと燃える決意の焔が見える。決意と言うよりも、意地と言った方がいいかもしれないが。
「よーしアキラ。受けると決めたからには冒険準備よ!」
真剣そうな目でアキラを見つめ、右手でガッツポーズを作るミリィ。
「大体準備出来てんじゃん」
「バッカねぇ、あそこはある意味ダンジョンよ。色々準備しないと危険なんだからね」
「へぇ~……」
「あっ、信じてないなぁ! この────」
傍目から見れば痴話喧嘩にしか見えない状況で、アキラ達はギルドを去っていく。
ニ人がギルドを出て数時間後。
それまでギルドの片隅で酒を呑んで酔いつぶれていたフードの男が、カウンターまで千鳥足で歩いてくる。
その足取りはおぼつかないながらも、真っ直ぐにカウンターに向かっている。
「これ頼む」
「これは……! あの二人が危ない」
男は紙切れをお姉さんに見せる。
するとお姉さんは、紙切れを手から離し突如顔を青くする。
その紙切れには、【幽霊屋敷の探索】の依頼レベル上昇の通達がされていた。
ひらひらと落ちるその紙に書かれた上昇後のレベル指定は、B。
それは飛竜退治と同レベルの、高難易度依頼であった。




