Ep2;送り火
「真夕美ッ!」
何? そう思った時には、暁は私を抱きしめていて。
「お前は俺が────」
抱きしめる力が強くて、痛いと思ったその時には、彼の全身は消えかけていた。
‘喰われる’とか、‘引き裂かれる’とか、‘貫かれる’とかそういうのじゃ無くて、『消える』なのだ。
彼には何かが見えていたのか、私の名前を呼んだ時に愕然とした顔をしていた。
そんな顔が最初に浮かんで、それから先はいくつもの楽しかった事、悲しかった事、これまでの人生の大半の物事が、私の脳裏を一瞬のうちに過ぎ去っていった。
「そ、走馬灯?」
一つの不吉な単語が、私の脳裏をよぎった。
体中から、嫌な汗が流れ出る。
私の上には、幼馴染みの身体が重なって、それが段々と消えて行く。
彼を消し去ろうとする者は何なのか、とか、何がどうしてこうなったのだろう、だとか、そういった疑問はどこかへ消し飛んでしまっていた。
「暁、アキラァ……!」
私の口から漏れ出てくる嗚咽。涙腺から溢れ出てる涙。それは止める事が出来なくて……
ただ消えて行く彼の身体、その身体には、まだ生物としての温もりが残っている。いままで私の拠り所だったその存在は、今尚消え失せて行く。
そんな中、周囲が、邪悪な気配に満たされた。
「な、……何!!?」
彼が居なくなる、そんな思いに駆られ、消えゆく彼を抱き寄せる。
その瞬間、邪悪な気配は、清らかな火にかき消された。
私と暁を取り囲むようにして、燃え盛る蒼い焔。
それと共に、ナニカが私に語りかけた。
『無事ですか?』
その声は優しく、けれど厳かに問いかける。
「……私は大丈夫、だけど暁がッ! 暁がッ!!」
喉がカラカラで声は出し難かったけど、それでも必死に声を出して、
「暁を、助けて下さいッ!!」
私はその存在に、助けを求めた。
◆ ◇ ◆
目が覚めると其処は、見知らぬ神社の中だった。
俺────昼神 暁はどうやらどこかの神社の一室で寝かせられているようだった。
寝かせられている布団は少し硬い。
「痛ッ」
身体を起こそうとすると、全身が痛みに軋む。痛みが妙に大きい。それにどこか感覚も鋭利になっている気がする。
少しだけ無理をして上体を起こし、周囲を見回す。
「ここは、どこなんだ?」
口を吐いて出たのは、そんな言葉。
俺は神社になど来た事がない。当然そう言った所に知人なんていないし、ここがどこで、なぜ寝かされていたのかが解らない。
周りを見ても、簡素で殆ど何もない。神社だと解った原因はほんの少し開いた扉から視える、赤と白の絡まった形の綱が見えたから。(あれはきっと、鈴の奴だろう)
どうしようもない状況に、溜め息を吐く。
「……ハァ」
『知ってます? 溜め息すると、幸せが逃げちゃうんですよ』
突然、後方から聞こえてきた声。それに反応して振り向こうとするも、痛みで後ろを見る事が出来ない。
コイツは何者だ?
「何だお前。どこから出てきた?」
『そこら辺から、湧いて出てきましたよ』
「何を言ってる? アンタは誰だ? ここはどこだ?
それと……真夕美はどこだ!?」
俺の疑問に、訳のわからない事をぬかす何者か。
まぁ、コイツどこから出てきたかなんてどうでもいい。
まず必要なのは相手の情報と、自分の現在位置と、守るべき者の安全!
そう意気込んではいた俺の言葉は、流れる水かもしくは柳の葉のようにして、正体のわからぬ存在に受け流された。
『私は和ぎる神の一柱。名前は、訳あって言えません。
真夕美さんはそこに居ます。ここが何所かとかは、彼女に聞いて下さい。あと、話が終わったらこの部屋を出てきて下さい。貴方には、やってもらう事があります』
そして、俺に吉報を運んでくれた。
「暁、大丈夫?」
「……真夕美」
俺たちが両者の名を呼んだ時、既にアイツの気配は消えていた。
◆ ◇ ◆
会話をして教えられたのは、俺は一度死にかけたと言う事実。
それは封印されていた筈の多くの妖怪が解き放たれ、そして俺達に食らいついたからだと言う真実。
そして封印が解けたのは、俺達がアノ石の周囲を円形に回り続けて最後に石で、神木で出来た祠を壊してしまったからだと言う情報。
この話が終われば、俺はどこか見知らぬ場所(いや、世界だったか?)に飛ばされる、と言う未来。
「お前、それ本気で言ってる?」
当然、こう反応するしかないだろう。
「わ、私だって信じらんないわよ! だからその憐れむ目はやめて!」
俺の冷ややかな視線に何かを感じたのか、頬を膨らまして怒りだす真夕美。
まぁ、そうだろうな。
「で? その話が本当だとして、何で俺はここにいるんだ?」
大体解っている事を聞く。
その顔は真面目に、真っ直ぐ真夕美の目を見つめて。
「それは、さっきの声の誰かが、暁が消えそうになった時に突然出てきてね、ビックリしてたらいつの間にかここに居たの。
けど、その後あの声の人、どうやったかは解んないけど暁を治してくれたんだ。だからきっと悪い人じゃないと思う」
方法は解らないか。だが、声の誰か? 真夕美には見えなかったのだろうか。
治してくれたのはありがたいが、どうやって?
疑問は尽きないが、今は話を続けよう。
「そうか、じゃあ最後に────」
言葉を口にしながら、軋む身体を無視して布団を抜け出す。
この話が終わって外に出た時、きっと俺はこんな事言えないだろう。
そう思いながら扉を開けて、振りかえる。
「俺さ────」
精一杯の、作り笑顔を行って、
「約束、守れたかな」
最後の言の葉を世に放つ。
◆ ◇ ◆
今、俺は円を基本にした幾何学模様の上に立っている。
『送るよ』
俺を治した奴が言う。
それに頷くと、そいつはなにかを呪文らしきものを唱える。
すると、幾何学模様の一番外の円形が蒼色に発火して、俺の周囲を包みこんだ。
空を見上げると、其処にも蒼い焔が出現していた。その隙間から視えた星空は、どこか悲しげに星を落とす。
「流れ星、か……奇麗だな……」
俺がこれから向こうに行っても、真夕美が不幸にならないように、願っておくか?
いや、やめておこう。そんなのはもう、アイツ一人で出来る筈だから。
『異界の神よ、今、我が神代たる客人を、貴殿等の守る世界へ送ろう』
思考の最中、そんな声が聞こえると、地面に孔が開くようにして扉が開いた。




