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Ep16;鍛冶師アグニが目指すのは



「で、何でこうなってんの?」


 白髪蒼眼の少年、アグニは半分呆れ気味に、そう呟いた。


 アグニの目前には、この森の主と思わしき真紅の大蛇────フレイムナーガと、それを漆黒の炎で焼き払う、これまた真紅の外套を纏った少年────アキラが対峙していた。

 対峙していたと言っても、その時間は数瞬。

 突如アグニとアキラを囲むようにして威嚇を始めたフレイムナーガに、アキラが一言だけ言葉を発したかと思うと、その極大なる全長十メートルは有るかと言う巨体を黒い炎で包み込んだのだ。


 自身が火属性であるにも関わらず、焼かれている事が理解できないのか、フレイムナーガは断末魔の叫びを上げる事も出来ずに灰となった。

 本来あの魔獣は火の海の中でさえも快適に過ごすと言うが、それを焼き払うとはどういう事か。そしてそれについ先程身を包まれていた事に、アグニは恐怖を覚えた。


 フレイムナーガだった灰の中から、アキラは魔光石を取りだすと、アグニに向かって一言。


「大丈夫だったか?」


 のんきにも、笑顔で問いかける。


「肉体的には、な」


 頬の肉をぴくぴくと引きつらせながらも、なんとか答えたアグニだった。



 ◆ ◇ ◆



 最後の休憩だとアグニが言い、目についた大木に二人して腰を掛ける。

 フゥ、と一息ついてから俺────昼神(ヒルガミ) (アキラ)に問いかけるアグニ。


「なぁ、その大剣(クレイモア)、俺に見してくれよ」


「ん? ほい」


 見習いとはいえ鍛冶師だからか、俺の背負う大剣に興味を示すアグニ。その瞳はキラキラと輝いている。

 それに対して俺はこの大剣は、筋持久力の修行として使っているだけだ。特に執着もない、でもまぁ愛着は有るんだろうか。


 そんな事を考えつつ俺は、背負った大剣を抜き放ち、直ぐそこの地面に突き刺した。

 ヒュン、と言う音を立ててアグニの頬を俺の大剣が掠める。


「ウオォォッ! おまっ、(あぶ)、アッブネェェ! 切れたらどうすんだよ!

 てか、頬切れてるし! 後で覚えてロボォォ……!!」


 叫び続けるアグニに目もくれずに、その口を強制的に塞いで治癒の魔術をそのままかける。


「休憩の時くらいは静かにしてくれよ。気が休まらねぇ」


 コイツに傷がついちゃいけねぇ、それ故に俺は常に極薄の獄焔を全方位に放出している。ある種のクモの巣のようなモノだ。

 これに魔的なモノが引っ掛かれば直ぐに焼き尽くして、魔光石を回収するのも少し疲れる。


「ゲホッ、ゴホッ。悪かった、じゃあ、見せてもらう」


 塞いでいた手を取ると、俺は感覚を黒焔へと移す。

 今の所魔的なモノの気配はしない。むしろ前方からは清らかな気配が、ん?

 街、か? 


 意識を前方の街らしき物に移す。極薄の黒焔は、霧状に成るまで薄く、薄くしていく。

 すると、


「ッ!!」


 大きな壁に当たったかと思うと、脳に激しい痛みが駆け抜けた。

 意識は、完全にここに戻ってきた。ヤバイ、これはきっと……気付かれた。


「アグニ!」


 大きく叫びを上げる。


「な、なんだよ……」


 驚きに身を竦めるアグニ。

 こちらを見ているのだろうが、俺は振り返りもせずに立ちあがる。


「それ、お前にやるよ」


 そう言って漆黒の炎で身を包み、記憶の中に有るギルドの依頼で行った事のある辺境の村を思い浮かべる。


「ちょッ────!」


 アグニの焦ったような声が聞こえた気はしたが、聞かなかった事にしよう。

 (ゲート)の魔術で、俺はその場から逃げだした。



 ◆ ◇ ◆



 一言だけ言い残して、黒焔に身を包まれていくアキラ。


「ちょっと待てよ! どうしたんだいきなり!!」


 焦り叫ぶ俺の声は、虚しく森に木霊する。

 木の周りを歩いてみても、さっきまで暁の居たそこには何の痕跡もない。

 視界の端に映った漆黒の美しき焔は、きっともっと大きな力が有るのだろう。今まで見た炎の中で、あそこまで俺に畏怖させた炎は他になかった。


「……どうすりゃいいんだよ、相棒」


 仲間と呼ばれて、俺は嬉しかった。

 一緒に休んで面白い話もしたし、アイツの話は俺を夢中にしてくれた。


 相棒と呼ぶ事も、許してくれた。

 もっと多くの時間、共に笑っていられると思っていた。


 一息、溜め息を吐いて歩き出す。

 右手にはアキラの使っていた大剣を持つ。刃こぼればかりで、切れるようには到底見えない。


「バカかよ……」


 それを使って魔獣をさんざん切り捨てていた姿が、未だに瞼に焼きついている。

 視界が、緩やかに滲んでいく。


「ホント、バカかよ」


 柄の布をめくれば「いつか返しに来い」と、無茶な願いが焼きつけられていた。


「バカはテメェだ。どれだけ薪持ってきてんだ! 俺は両手に持てるだけと言った筈だろう!!」


「え?」


 聞きなれた偏屈な師匠の怒声に、俺は顔を上げる。

 するとそこには、うず高く積まれた薪の山。


「アイツ、絶対見つけてぶん殴ってやる。

 まずは、この町一番の鍛冶師になる。そんでもって、この剣強くしてアイツの前に現れてやる」


 涙にぬれた顔をぬぐい、俺は工房に走りだす。

 力強い独り言は、誰に聞かれるでもなく熔けていく。




 アグニの見た薪の山の端には、小さく。そう、本当に小さく「俺は旅に出る。お前はどうする?」と、見習いの俺に対して、とんだ皮肉が書かれていた。




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