Ep15;鍛冶師アグニ、大魔女キリア
ノエリアの鍛冶場から、師匠から言われて薪を取りに来たらどこかから戦闘を行う音が聞こえてきた。
鉄で生き物を打ちつける鈍い音、獣の咆哮、消滅する魔物。
本来この辺りには魔物は出現しない筈なのだが、今は大量の魔物の気配がする。
こう言った時は、気配を消してその戦闘をやり過ごすんだと師匠から聞いている。だから草木のなかに潜んでいたら、何か半透明の小さなものが俺の前に来た時は驚いた。
『貴方は、如何して此処に?』
いぶかしげな声で、俺に話しかけてくる半透明な何か。
「いやいや、その前にアンタは何だ?」
言葉を発する半透明な物体、師匠にもこんなモノの存在は一度も教えられていない。
世界には、まだまだ俺の知らない物が有ると思うと、少しだけ好奇心が芽生えてきてしまう。
『えっと、私は精霊のリンです。使役はされていますけど』
少し困ったように、俺に自分の事を語る半透明の光る光球型精霊、リンさん。
「精霊!? 精霊ってそんな姿なの!? スッゲー、俺初めて見た!」
少々興奮して、言葉を発する。
だって精霊だぜ? 人間嫌いで普通俺らの前に姿を現さない精霊だぜ!?
そんなの興奮しない奴いたら可笑しくね!?
『それで、貴方は誰で、如何して此処に? 今はノエリアにアイリス王女が向かっているため、外出は控える事になっている筈ですが……』
え、そうだったっけ?
俺師匠から何も言われて無いんだけど。
「俺はノエリアの鍛冶師イグニスの一番弟子、アグニだ。今俺はあの破天荒師匠から薪を拾ってくるよう言いつかっていてな、その為にここに来たんだ。お姫様の事は良く知らねぇ。師匠からは何にも言われてねぇし……」
そう、俺の師匠は破天荒だ。何でも必ず我を通すし、自分が言った事を俺が出来ないと、きっつーいお仕置きが待っている。
だから早いとこ薪を集めないといけないんだが……
『そうですか。あの名工、イグニスのお弟子さん。解りました、時間を取らせてしまって済みません。私はやる事があるので、これでサヨナラです。では』
そう言ってリンと名のった精霊は俺の前から飛び立っていった。
俺はその後ろ姿(?)を見送ると、一気に冷めてきた頭で一つ、
「あ、薪集めしなきゃ……」
この後のお仕置きが、少しでも和らいでくれる事を祈るのだった。
◆ ◇ ◆
数分すると、アグニはもう薪を集め終わっていた。
だが、アグニはまだその森の中に居る。
何故か。
そんな事は簡単だ。アグニの前方には、光球型の精霊、リンを携えた赤い男の姿が有った。
「で、君がアグニ? 俺と殆ど歳変わんねぇんだな」
首をかしげ、質問をする緋色の外套を着た男────暁。
その瞳は左右で違い、漆黒と真紅のオッドアイである。そして頭髪は瞳の漆黒を更に深い闇で塗りなおした様な真黒な髪が、短いながらも所々はねている。
背丈は170に届くか届かないか程度。平均的か、もしくはこの年代にしては小さい方だ。
アキラから感じる気配はまさしくヒトの気配であるのに、アグニはここを動けないほどに緊張している。
そう、まるで蛇に睨まれた蛙のように。
「あ……、あぁ。俺がアグニだ。それで、アンタはナンなんだ?」
率直な質問。
圧倒的な力の差が有り、相手に知性が有るのなら話し合いは悪い手では無い。
いつもは喧嘩っ早いアグニなのだが、今回は先の黒焔を見て、そして触れて、完全に戦意を喪失している。
物体を瞬時に移動させたり、焼かずに触覚と同じ働きをする炎など聞いた事もない。
それにアグニの中の本能が、アキラに逆らうのは危険だと告げている。
アグニの質問に、アキラはこう答えた。
「異世界人。ここの言い方で言うなら異那人かな、そこで質問なんだがな。アグニはここに薪を取りに来てて、直ぐにでも街に帰りたい訳だろう?」
異那人、それはこの国では大きな意味を持つ存在。前回の魔王と勇者の戦いでの勇者は異那人だったと聞くし、太古の昔から魔王はほとんどがそうだったと聞く。
この国においてその異名を持つ者が重宝されるのにはそんな理由があったりするのだが、今はそんな事は関係ない。
最後のアキラからの質問にアグニは「ああ」と、小さく返事をする。
肯定の意味を表す返事を聞いたアキラは、ほんの少しだけ表情を和らげて、こんな事を言った。
「ならさ、俺を案内してくんねぇか? 俺途中で迷っちまってよ。
それに見たとこ、アグニは無傷じゃねぇか。それなら危険度の少ないそっちから行かせてもらった方が俺としても嬉しいし、薪は俺がまとめて持ってけばアグニも楽だろ?」
それはアグニにとっても、とてもいい案に思えた。
「ああ、良いぜ。俺も両手に薪抱えてたら帰るの遅くなるしな」
そう答えた時、アグニの身体は自然に薪を地面において、アキラの方に手を差し伸べていた。
するとアキラも同じように手を伸ばし、アグニの手を力強く、がっしりと握りしめる。
「じゃ、よろしくな。これから、俺らは仲間だ」
アキラの放つ言葉に、アグニは「応っ!」と小気味良い返事をする。
その約束が、これから起こる時代の奔流に大きな影響を与える事を、全く知らずに。
◆ ◇ ◆
魔術都市ノエリア、その多くの部分を家に持つ大魔女キリアの豪邸。その客間は王宮の客間にも勝るとも劣らない豪華さと不可思議さを持っている。所々に置かれている調度品には、規則性が無いように見える。だが、それらは一つ一つ、そして全てにおいて意味を持っている。
私、アイリス大ニ王女の座るこのソファも、その前に悠然とたたずむ小柄な少女の周囲におかれた小さな人形達も、それぞれに、そして全体的に意味をもつものなのだ。
「で、ニーニャよ。今度の客人は勇ましきものであったか?」
少女は私をニーニャと呼び、質問をする。
ニーニャとは幼少期の私の名だ。この国では13の誕生日に幼名を棄て、新たに一人の人間としての名を名乗る事を許される。
故に通常の者が今の私を呼ぶ時は、アイリス様。などの堅苦しい呼び方にならなければならず、初めは私もこの呼び名は恥ずかしかったため注意をしたのだが、全く取り合ってはくれなかった。
「いえ、キリア殿。彼からは魔王の資格は感じられなかったのですが、勇者の資格も読み取ることが出来ませんでした。これは、どう言う事なのですか?」
からかうような眼で、私を見続ける小柄な少女。その名はキリア。そう、少女の容姿をしたこの者こそが、大魔女キリアなのだ。
「言っておくが、1000年を生きたとて解らぬ事は有る。
ニーニャよ、今度はもしかすれば、もしかするのやも知れぬぞ」
一言目の言葉は、そう言う事なのだろう。今までの異那人は、どちらかと言えば勇者の資格を持ち、そして魔王討伐を行っている物が多数だった。
全く何もしない者が居なかった訳ではないが、それにしては、あの成長速度は異常だ。
何か裏があるようにしか思えない。
「そう、ですか」
今回のノエリアへの来訪、それは親友の事を心配に思っての事と言う事にしてあるが、本題はこちらだ。心配でない訳ではないが、優先順位としてはこちらが上なのだ。
そう、今度の異那人────ヒルガミ アキラが、勇者に成りうるのか、それともこの国、そしてこの世界を乱す魔王に成ってしまうのか。
それを大魔女であり、10世紀を生きる賢者であるキリアに答えてもらう事で、今後の彼に対する対処を考える事。
「彼の者ならば、きっとこの世の、壊れに壊れた御伽噺をも、変えてくれるのではないだろうかの」
どこか遠くを眺めるように、キリアは呟く。
キリアの回答により、得られて事はただ一つ。解らないと言う事。
危険因子として取る事も出来るが、最高の客人であるとも言える。
この状況を私の父ドラグノリア王に話したのならば、あの賢き王の事だ、彼を危険因子として取り、内密に処分してしまうのではないだろうか。
そんな危機感が、私を支配する。
「ならば、彼は大陸に避難させましょう」
真剣な眼差しで、私はキリアを見つめる。
「そうさの。では、久々に大魔方陣でも行使するかの」
やはり遠くを見つめたまま、キリアは感じ取れぬほどに巨大な魔力を、やすやすと行使する。
魔術都市ノエリアに、緩やかな風が、吹き出した。




