記憶
装置に触れた瞬間、光が一段階強くなった。
白ではない。
淡い、鈍い光。
それが目ではなく、首飾りを介して“内側”に流れ込んでくる。
ハディの視界が揺れる。
壁も、床も、男の姿も――一度ほどけて、別の形に組み替わる。
見えたのは、知らないはずの光景だった。
整然と並ぶ装置。
規則正しく刻まれた回路。
滑らかな金属の床。
誰かの手が動いている。
迷いがない。
回し。
繋ぎ。
調整する。
――「遅れてるのは、ここが原因だね」
声がする。
若い。だが落ち着いている。
――「負荷が大きい。分散しろ。一本に集めすぎだ」
別の声。
短く、的確。
そのやり取りを、ハディは“知っている”。
意味が分かる。
どうすればいいかも、分かる。
視界が戻る。
石の部屋。
古い装置。
そして目の前の現実。
だが、もうさっきまでとは違っていた。
回路が“読める”。
もう見えるだけではない。
知っている刻印だけが読めていた今までは違い、刻印それぞれが意味を伝えてくる。
途切れている線。
歪んでいる流れ。
どこに触ればいいか。
考えるより先に、手が動く。
ハディは装置の縁に指をかけ、ゆっくりと押し込む。
カチ、と内部で何かが噛み合う。
光が安定する。
揺れていた刻印が、静かに整う。
男が一歩近づいた。
「……おい」
低く呼びかける。
さっきまでより、明らかに声色が変わっている。
「今の、理解してやったな?」
探るような口調だが、圧は強い。
ハディは答えない。
そもそも、説明できない。
男は少し眉をひそめたあと、鼻で笑った。
「黙りか。まあいい」
肩をすくめる。
「でもな、わかりませんじゃすまなくなっちまった」
視線が鋭くなる。
「誰に教わった?」
問い詰める調子。
一歩、さらに詰める。
「触れたことがあるやつの手つきだ」
ハディは目を逸らさない。
だが、何も返せない。
男はしばらく見つめてから、ふっと息を抜いた。
「……演技はしてなさそうだ」
少しだけ声が軽くなる。
「自分でも分かってねえ顔だな」
顎に手を当て、考える。
そして、小さく呟く。
「面倒くせえな」
だが、その声には苛立ちよりも興味が混じっていた。
男は装置の方に視線を移す。
「もう一回やれ」
短く言う。
「さっきみたいに、触ってみろ」
命令だが、乱暴ではない。
確認するような言い方。
ハディはゆっくりと手を伸ばす。
今度は意識して。
回路をなぞる。
線の流れを追う。
どこが詰まっているか、どこが弱いか。
分かる。
自然と、指が動く。
押す。
ずらす。
繋ぐ。
ガチ、と内部で音が鳴る。
次の瞬間。
装置の中央が、はっきりと光った。
さっきよりも強く。
安定して。
空気が震える。
低い振動が床を伝う。
男の目が、わずかに見開かれた。
「……おいおい」
小さく笑う。
「マジかよ」
半歩下がり、全体を見る。
その視線は、完全に変わっていた。
警戒ではなく、評価。
そして――確信。
「やっぱり鍵だったな、お前」
今度ははっきり言う。
「しかも、ただの鍵じゃねえ」
腕を組む。
少し考え、すぐに結論を出す。
軽く肩を回す。
「こっち側につかないか?」
言い方は軽いが、意味は重い。
ハディは動かない。
ただ、装置に触れたまま、呼吸を整える。
頭の中に残る感覚。
さっきの光景。
声。
手の動き。
それがまだ、消えない。
男がそれを見て、ふっと息を吐く。
「いい顔してるな」
少しだけ笑う。
「まあいい」
歩きながら言う。
「今は無理に聞かねえ」
振り返らずに続ける。
「その代わり、働いてもらう」
笑みを深くして、そう言った。




