拘束
意識が浮かぶ。
沈む。
その繰り返しの中で、最初に戻ってきたのは音だった。
水が落ちる音。
どこかで鉄が擦れる音。
遠くで、低く唸るような振動。
まぶたを開けると、天井は低く、石の継ぎ目は粗い。
湿った空気が肌にまとわりつく。
体は横たえられている。
手は拘束されている。
捕まっている。
首飾りは――ある。
わずかに安堵がよぎる。
だが次の瞬間、視界に影が差した。
あの男だった。
静かに、そこに立っている。
無駄な気配がない。
それでいて、逃げ場がないと分かる距離。
男は少しだけ首を傾けた。
「起きたか」
声は低く、抑えられている。
感情は薄いが、無機質ではない。
観察する者の声だ。
ハディは何も答えない。
男は気にした様子もなく、少し距離を詰める。
「無理に動くなよ。壊れる」
淡々と言い、視線をハディの首元に落とす。
「……それ、反応してるな」
指を伸ばすが、触れる寸前で止める。
試すように。
「地下で触れただろう」
一拍。
「回路に」
ハディの指先がわずかに動く。
男の目がそれを捉える。
「やっぱり」
小さく息を吐く。
納得したように。
「見えてるのはお前だ」
断定だった。
ハディは目を逸らさない。
男は少しだけ笑った。
「黙っててもいい。どうせ分かる」
足音が一つ、石床に響く。
ゆっくりと歩き、部屋の隅に置かれた何かを指で叩く。
金属音。
それは、古い装置だった。
円形の枠に、細かい刻印がびっしりと刻まれている。
「これはな」
男が振り返る。
「拾い物だ」
軽く肩をすくめる。
「お前が触ったやつと、同じ系統の物だ」
視線が細くなる。
「ただし――動かない」
間を置く。
「普通はな」
静かな空気が張り詰める。
男はハディの前に戻る。
しゃがむ。
目線を合わせる。
「お前なら動かせる」
短く言う。
押し付けるようでも、命令でもない。
ただ、事実を置くように。
「だから連れてきたんだ」
ハディの呼吸がわずかに乱れる。
男はそれを見逃さない。
「安心しろ」
と、低く続ける。
「すぐにどうこうするつもりはない」
ほんのわずかに間。
「壊したくないからな」
その言い方に、ぞくりとしたものが混じる。
物として見ているわけではない。
だが、人として見てもいない。
男は立ち上がる。
「試そうか」
一言。
それだけで、意味は通じた。
装置の方へ視線をやる。
「触れ」
短く言う。
拒否の余地はない。
ハディはゆっくりと体を起こす。
痛みが遅れてくる。
だが、無視する。
首飾りがまた震える。
あの地下と同じ感覚。
目の前の装置に、見えない線が浮かぶ。
繋がる。
いや――引っぱれられている。
男の声が背後から落ちる。
「どう見える」
試すような問い。
だが、答えは求めていない。
ハディは何も言わない。
ただ、手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
装置の刻印が――
わずかに光った。
空気が震える。
低い唸りが、床を伝う。
男の気配が、初めて変わる。
一歩、踏み出す。
「……やっぱりか」
小さく呟く。
その声には、わずかな確信が混じっていた。
そして、続ける。
「いいな」
短く。
静かに。
「これで話が早いぞ」
装置の光が、ゆっくりと強くなる。
ハディの刻印が引きずられるように共鳴する。
逃げられない。
繋がっている。
男はその様子を見下ろしながら、淡々と言った。
「お前は鍵だ」
間を置く。
「この街を開くためのな」




