到着
丘を越えると、城下町ラドネスの全景が広がった。
石造りの城壁。
高い見張り塔。
門の前には商人の荷車が列を作っている。
護衛の馬車がゆっくりと門へ向かう。
門番が槍を立て、近づいてくる馬車を見た。
紋章を確認すると顔色が変わる。
「セリア様の馬車だ!」
門がすぐに開かれる。
重い木扉が軋み、ラドネスの中へ道が続いた。
石畳の道。
両側に並ぶ店。
人の声。
焼いた肉の匂い。
街の喧騒が一気に押し寄せる。
長い街道の静けさとはまるで違う。
護衛たちは自然と肩の力を抜いた。
トルンが息を吐く。
「やっと終わったな……」
老兵が鼻を鳴らす。
「まだだ。屋敷までが護衛だ」
とは言うものの、声は軽い。
もう敵が襲ってくる場所ではない。
馬車は貴族区へ向かう坂を上る。
城壁の内側、さらに石の壁に囲まれた区域。
大きな屋敷が並ぶ。
やがて門の前で止まった。
鉄の門。
家紋の旗。
セリアの実家だった。
門が開き、馬車が庭へ入る。
石畳の中庭。
使用人たちが駆け寄ってくる。
馬車の扉が開く。
セリアが降りた。
屋敷の扉から、壮年の男が歩いてくる。
厳しい顔。
軍人のような立ち姿。
セリアの父だ。
「……無事だったか」
セリアが少しだけ笑う。
「はい、お父様」
男の視線が護衛たちへ向く。
トルン。
老兵。
盾役。
そして――ハディ。
男はゆっくり頷いた。
「よく守ってくれた」
短い言葉だった。
だが重い。
その時。
ハディの刻印が、微かに震えた。
感知。
反射的に広げる。
範囲は街の一角まで届く。
そして――
引っかかる。
遠い。
だが、はっきり。
さっきの気配。
丘で戦った刻印使い。
ラドネスの中にいる。
ハディの目が細くなる。
遠くの屋根の上。
黒い影が一瞬だけ動いた。
こちらを見ている。
そして消えた。
「どうした?」
トルンが聞く。
ハディは首を振った。
今は何も言えない。
証拠もない。
老兵が手を叩く。
「よし、依頼完了だ」
盾役が笑う。
「飯だな」
セリアが振り返る。
少し迷ってから言う。
「皆さん……本当にありがとうございました」
彼女の視線がハディで止まる。
ハディは軽く手を上げた。
言葉は出ない。
だが、それで十分だった。
屋敷の門が閉まる。
護衛任務は終わった。
だが。
ラドネスの屋根の上。
黒い外套の男が笑っていた。
腕の刻印が、ゆっくり光る。
「……面白い」
男は呟く。
「また会おう」
風が吹く。
その姿は、闇の中に消えた。




