街道の終わり
街道は、もうほとんど終わりだった。
丘を越えれば目的地の城下町――ラドネス。
セリアの父親の本拠地だ。
遠くに石壁の街が見えている。
夕暮れの光に照らされ、城壁は赤く染まっていた。
護衛の馬車は二台。
その横を――ハディが歩く。
荷台の軋む音。
馬の息。
護衛たちの足音。
それらが、静かな街道に溶けていた。
ハディの指輪の刻印が淡く熱を帯びる。
感知刻印。
普段は薄く広げているだけの索敵だ。
だが――
違和感。
空気の流れの中に、
針のような気配が混じった。
ハディは歩きながら、索敵を強化する。
一つ。
二つ。
三つ。
刻印の線が滑る。
そして――
ガコン
自分にだけ聞こえる音。
索敵刻印が収束し、切り替わる。
同時に、感知の範囲が鋭くなる。
そして確信する。
一人。
だが――
強い。
ハディは振り返らず、馬車の横にいる護衛たちに手信号を送った。
拳。
地面。
丘の上。
三人の護衛が反応する。
そのうちの一人、セリアの父の直属の若い男が頷く。
彼の手首には風の刻印。
風の刻印使い――トルン。
もう一人は槍持ちの老兵。
そして最後は盾役の大柄な男。
全員が馬車からわずかに離れる。
丘の上。
風が流れる。
そして――
現れた。
黒い外套の男。
ゆっくりと歩きながら丘を降りてくる。
その腕に刻印。
腕から指にかけて、
蛇のような紋様が伸びていた。
刻印使い。
男は笑った。
「……ずいぶん鋭いじゃないか」
護衛たちが構える。
トルンが低く言う。
「刻印持ちだ」
老兵が舌打ちする。
「このタイミングで、一人か」
男が腕を掲げる。
刻印が光る。
空気が震えた。
地面が――
割れた。
石が跳ねる。
土が爆ぜる。
地面の破砕。
老兵が叫ぶ。
「土の刻印!」
だが――
その瞬間。
ハディはもう動いていた。
先制のため、刻印を切り替える。
少なくとも見える範囲に増援はなし。
全力を出せる。
地面を蹴る。
身体が低く滑るように加速する。
敵の視界の外側へ。
刻印使いの男が目を見開く。
「速いじゃないか――」
言葉の途中。
ハディの刃が振られる。
男は咄嗟に腕を振る。
土が隆起し、壁になる。
短剣では威力が足りなず、刃が石に弾かれる。
男が笑う。
「いい斥候だ」
だがその時。
横から風が吹いた。
トルンだ。
風の刻印が光る。
突風。
圧縮された風が敵の足元を薙ぐ。
砂と土が巻き上がる。
視界が崩れる。
そこへ――
老兵の槍。
一直線。
刻印使いが舌打ちし、地面を盛り上げて防ぐ。
しかしその瞬間。
ハディはもう背後にいた。
感知刻印。
敵の動きが、輪郭として浮かぶ。
腕が動く。
刻印が起動する。
土が来る。
その半歩前。
刃が走る。
男の外套が裂ける。
血が飛ぶ。
刻印使いが大きく後退した。
盾役の男が前に出る。
「囲め!」
三人が円を作る。
刻印使いは笑った。
だがその笑みは、さっきより浅い。
腕の刻印がもう一度光る。
地面が隆起し――
その瞬間。
風。
トルンが先に刻印を回す。
風の刃。
土が砕ける。
老兵の槍が突き込まれる。
刻印使いは大きく跳び退き、丘の上へ退いた。
そして腕の血を見て笑う。
「今日はここまでにしておく」
男はハディを見る。
「面白い刻印だな」
次の瞬間。
地面が崩れ、土煙が上がる。
視界が晴れたとき。
男はもういなかった。
静寂。
風だけが吹く。
トルンが息を吐いた。
「……なんだあいつ」
老兵が唸る。
「刻印使いの盗賊か」
盾役が言う。
「馬車をひっくり返すには便利な刻印だったかもな」
ハディは丘の上を見ていた。
感知刻印を広げる。
気配はもう遠い。
完全に撤退している。
ハディは頷いた。
老兵が肩をすくめる。
「まあいい」
彼は街の方を見る。
丘の向こう。
石壁の街。
ラドネス。
「もう着いたようなもんだ」
馬車の中からセリアが顔を出す。
不安そうに周囲を見る。
ハディは軽く手を上げた。
問題ない。
その合図。
セリアはほっとしたように笑った。
馬車が動き出す。
丘を越える。
そして――
城壁の門が、目の前に広がった。




