夜番
門と館の間、庭を見下ろす回廊で、呼吸を整える。
夜番は俺と、門前に二人。
内部については知らされていない。
月は雲に隠れている。庭は暗い。
灯りは最小限。侵入者に輪郭を与えないためだ。
少しの違和感から、いつものように、索敵用の刻印を整える。
首飾りの金属片に刻まれた線。
意識を落とすと、線の並びが浮かぶ。
外へ向かって広がる配列。
薄く、広く。
波紋のように。
音ではない。
匂いでもない。
違和感をかたちにする配置。
中庭の空気は静かだ。
風の揺れ。木の擦れ。小動物の移動。
異常は――
ある。
わずかに、庭石の影がずれる。
視線を落とさず、配列を一段深く沈める。
もう一つ。
塀の外。
三つ。
呼吸を浅くする。
侵入経路は南東角。
庭師用の小門。
合図を出すには距離がある。
今は動くべきだ。
刻印の並びを掴む。
索敵用の線は拡散している。
戦闘には向かない。
意識の中で、線を寄せる。
外へ広げていた輪を、内へ畳む。
円環を締める。
南京錠のダイヤルをまとめて回すように、
配列を一気にずらす。
一段。
二段。
三段。
位置が噛み合う。
――ガコン。
音が響く。
自分にだけ。
世界が、少し硬くなる。
広く浅い感覚が、鋭く狭い刃に変わる。
戦闘用。
身体の芯が重くなる。
反応が前に出る。
影が塀を越える。
一人目は着地が上手い。
音を殺している。
二人目は遅れる。
三人目は弓。
狙いは、俺。
視線の感知か何かか、気づいたことに気づかれている。
相手の刻印は、見えない。
回廊の柱から身を切る。
矢が飛ぶ。
さっきまでの俺なら、避ける前に気付くだけだった。
今は違う。
放たれる瞬間、空気の圧が歪み、不自然に静かな矢が放たれる。
半歩ずらす。
矢は背後の木戸に刺さる。
突き刺さる音すらない。
走る。
階段は使わない。
回廊の手すりを越え、中庭へ落ちる。
着地と同時に前転。
衝撃は流す。
一人目が短剣を抜く。
間合いが浅い。
こちらを斥候と見ている。
踏み込む。
手甲で刃を弾く。
金属が擦れる音。
衝撃は腕を通して逃がす。
刻印の反応が、相手の重心の揺れを教える。
左足に寄りすぎ。
足払い。
崩れる。
肘を落とす。
終わり。
二人目が横から来る。
戦闘配列の感覚が背後を拾う。
振り向かない。
腰を沈め、逆手で短剣を振る。
腹に入る。
息が止まる音。
そのまま肩を掴み、庭石へ叩きつける。
動かない。
三人目。弓。
距離がある。
再装填が早い。
刻印が、弦を引く動きを先に拾う。
直線で走ると読まれる。
庭木の影を縫う。
矢が幹に刺さる。
もう一本。
それも避ける。
距離が縮む。
弓を捨て、短剣へ持ち替える。
遅い。
踏み込みの瞬間、配列がわずかにずれる。
反応が鈍る。
戦闘配列は消耗が早い。
終わらせる。
低く潜り、足首を刈る。
転倒。
刃を握る手を踏みつける。
短い悲鳴。
続けて、くぐもった悲鳴。
静かになる。
周囲を確認。
少なくとも、屋敷に異常はない。
追加なし。
配列を保ったまま、庭を一周する。
異常は消えている。
正門にいたはずの見張りの気配も。
深く息を吐く。
ダイヤルを戻すように、配列を回す。
逆順。
広く。
浅く。
――ガコン。
今度は軽い音。
世界が柔らかく戻る。
二階の窓に人影。
セリアだ。
灯りを背に、こちらを見ている。
騒ぎは最小限に抑えた。
屋敷内はまだ混乱していない。
俺は何も言わない。
言えない。
だが、戦闘配列の残滓が、まだ胸の奥で熱い。
彼女はしばらく庭を見下ろし、
やがて窓を閉じた。
護衛任務は続く。




