声
遠出の依頼は、護衛だった。
門を出て半日ほど進んだ宿場で、豪奢な馬車と合流する。
今回守るのは高位の家の一行。
表向きは街との関係づくりだが、実際にはお頭の利権に乗る形での視察だと聞かされていた。
俺の役目は前に出て道を確かめること。
それだけのはずだった。
馬車の扉が開き、少女が降りてくる。
飾りは多いが、視線は落ち着いていた。
周囲を眺めるその目は、護衛の数や配置を確かめているようで、
ただ守られているだけの人間ではないとすぐに分かった。
出発してしばらくは何事もなく進んだ。
道も天候も穏やかで、警戒は続けつつも緊張は薄い。
昼の休憩に入ったとき、不意に名前を呼ばれた。
振り向くと、少女がこちらを見ている。
隣に座るよう促され、少し戸惑いながら従った。
距離が近い。観察されているのが分かる。
「あなた、ほとんど喋らないのね」
否定する理由もなく、ただ視線を返す。
「声、出してみて」
言われるままに、短く息を整えてみる。
喉に力を入れる。
何度か試す。
だが、うまく形にならない。
声になりかけて、消える。
もう一度。
少しだけ強く。
やはり出ない。
諦めるというより、最初からこういうものだと分かっている感覚だった。
少女は少しだけ首を傾げた。
失望というより、納得に近い表情。
「無理に出さなくていいわ」
軽い口調だったが、観察は続いている。
その視線に、妙な勘違いが浮かぶ。
つらい目にあったのね、
と言われそうな雰囲気だ。
いや、あってないが。
心の中でだけそう返す。
その直後、空気が変わった。
風の流れが止まり、
遠くの音が急に薄くなる。
体が先に反応する。
林の奥にわずかな揺れ。
待ち伏せ。
手を上げて合図を出すと同時に、矢が飛んできた。
護衛が素早く盾を構え、馬を下げる。
混乱は短い。
数は多くない。
完全な暗殺ではなく、様子見の襲撃。
回り込んで距離を詰める。
相手の視線がこちらに移る前に踏み込み、崩す。
二人とも深追いせず離脱した。
任務は排除ではなく護衛だ。
戻る頃には隊列は立て直されていた。
馬車の窓が少しだけ開く。
少女と目が合う。
恐怖は見えない。
むしろ確認が終わったような表情だった。
休憩の再開はなかった。
そのまま出発する。
歩きながら、さっきのやり取りを思い返す。
声は出なかった。
だが、何かが少しだけ分かった気がした。
出すこと自体じゃない。
出そうとしたときの感覚。
呼吸の置き方。
喉の力の抜き方。
ほんのわずかな糸口。
たぶん、あれで十分なんだろう。
宿場が近づくころ、少女がもう一度だけこちらを見る。
今度は何も言わない。
ただ小さく頷いた。
評価というより、
覚えた、という感じだった。
護衛任務は続く。
戦いは小さい。
だが流れは静かに変わっている。
俺の役目も、少しだけ増えた気がした。
声はまだ出ない。
けれど、
出そうとしたときの感覚だけが残っている。
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