視るための目
刻印は、見えない。
少なくとも、俺はそう思っていた。
触れれば分かる。
組めば応える。
だが、目で見るものではない。
そう教わってきた。
夜、呼び出されたのは組合ではなく、
下層の古い倉庫だった。
灯りは少ない。
中にいるのは二人。
ラグスと――頭。
頭は椅子に座り、机もなしに酒瓶を置いている。
ラグスは壁にもたれ、腕を組んでいた。
「来たか」
短い声。
逃げ場はない。
「刻印は見えねえ」
ラグスが言う。
「普通はな」
頭が続ける。
「だが“見えるようにする”技術はある」
初耳だ。
頭は自分の手首を見せた。
何もない。
「目を凝らすな。焦点をずらせ」
言われた通りにする。
輪郭を見るのをやめる。
奥を見る。
形ではなく、流れを。
最初は何もない。
だが――
空気の揺らぎのような線が、
皮膚の下に浮かぶ。
三文字。
淡く、滲むように。
「“重”“巡”“断”だ」
頭が笑う。
「重さを操り、巡らせ、断つ。
戦うための並びだ」
ラグスが鼻を鳴らす。
「見えたか」
小さく頷く。
次はラグスだ。
腕をまくる。
「俺は隠してねえ」
集中する。
見えない。
「見るな」
ラグスが言う。
「感じてから、重ねろ」
意味が分からない。
だがやる。
呼吸を合わせる。
ラグスの立ち方を見る。
重心を見る。
その瞬間。
肩から胸へ、
四つの文字が走る。
“圧”“返”“留”“裂”
反動を返す構成。
受けて、溜めて、返す。
強い。
頭が言う。
「刻印は普段は沈んでいる。
意識して浮かせる技術がある」
「なぜ今まで教えなかった」
ラグスが代わりに答える。
「見えると、余計なことを考える」
頭が笑う。
「だが、お前はもう必要だ」
次は俺だ。
二人の視線が刺さる。
刻印は目に見えない。
はずだった。
意識を落とす。
組み替える。
三つの塊を並べ、
間に繋ぎを置く。
その瞬間。
空気が、震えた。
手首の奥に、
淡い線。
ラグスが低く言う。
「三系統か」
頭は目を細める。
「輪郭、感覚、気配……か」
言葉にされると、
少しだけ輪郭が固まる。
だがまだ未完成だ。
線が安定しない。
「制御が甘い」
ラグスが近づく。
「見せる刻印と、隠す刻印を分けろ」
頭が続ける。
「全部見せる奴は、長生きしない」
その言葉は軽いが、
意味は重い。
最後に頭が言った。
「次の依頼は、刻印持ちが相手だ」
酒を置く。
「見えなければ死ぬ」
ラグスが肩を鳴らす。
「見えても死ぬがな」
倉庫を出る。
夜風が冷たい。
刻印は、見える。
だが、
見えるということは
読まれるということでもある。
次は
刻印同士の読み合いになる。
俺はまだ、
その入口に立っただけだ。




