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閑話:ミークの目に映るもの

組み手の音は、乾いた板を叩くみたいに軽くて、それでいて妙に重かった。


 踏み込みのたびに床の埃がふわりと浮く。昼下がりの光の中で、それがやけにゆっくり落ちていくのを、私はぼんやり眺めていた。


 向かい合っているのは、あいつとラグスだ。


 正直に言えば、最初はただの気まぐれだと思っていた。

 あいつが強いのは分かる。でも、型も流派もない。名乗りもしないし、教える気配もない。聞いても多分、肩をすくめるだけだろう。そもそも――文字も書けない人だ。理屈を並べるような性格でもない。


 なのに。


 踏み込んだ瞬間、動きが消える。


 いや、消えるわけがないのに、目が追いつかない。

 低く沈み込んだ姿勢から、肘が滑るみたいに伸びる。殴る、というより触れる距離で止まるのが余計に不気味だ。


「……変な間合いだな」


 ラグスが、楽しそうに笑った。


 ラグスは強い。

 力も速さも、単純な格なら街の連中じゃ相手にならない。重い踏み込みに合わせて床板が軋む。その一歩だけで空気の圧が変わるのが分かる。


 普通なら、そこで押し切られる。


 けれど、あの人は一歩ずらす。

 真正面から受けない。肩を入れて、体の軸だけ外す。

 その動きが、どこかで見たような――でも、どこでも見たことがない妙な格好だ。


 足を払う仕草。

 腰を捻って相手の力を流す動き。

 肘で受けて、体ごと回る。


 たぶん、どれもどこかの武術なんだろう。

 けど混ざり方が雑で、なのに妙に理にかなっている。


 演舞の真似をする子供みたいな動き。

 でも、それを何度も何度も繰り返して、体に落とし込んだ人間の重さがある。


 ラグスの拳が肩をかすめた。


 普通なら、あれで終わりだ。

 けれど、あの人はその勢いを利用して半歩回り込み、ラグスの背中側に立つ。

 決め手にはしない。ただ、そこにいることを見せる。


「……なるほどな」


 ラグスが息を吐いた。

 嬉しそうでもあり、少しだけ悔しそうでもある声だ。


「型がよくわからねえ。

 何種類混ぜてんだ?」


 あいつは何も言わない。

 肩で息をしながら、ただ立っている。


 説明する気なんて、最初からないのだろう。

 多分、言葉にする気もない。出来ない、じゃなくて、しない。


 ラグスが腕を組む。


「強さの種類が違うな。

 試合の強さじゃねえ。……でも、喧嘩じゃめちゃくちゃ効く」


 私は思わず口を挟んだ。


「予測できないんですよね。

 次に何が来るか、全然形になってないのに、ちゃんと当たる」


 ラグスが頷く。


「積み重ね方が変なんだ。

 正解を覚えたんじゃなくて、“格好いいと思った動き”を残してきた感じだな」


 その言葉が妙にしっくり来て、私は少し笑った。


 あいつは多分、理屈で強くなったんじゃない。

 ただ、覚えたんだと思う。


 目に焼き付いた動き。

 かっこいいと思った瞬間の感覚。

 それを何度も真似して、失敗して、残ったものだけが今の形になっている。


 だから、整っていない。

 でも、崩れない。


 ラグスが最後に一歩踏み込み、軽く拳を止めた。

 あの人の顎の手前で、ぴたりと止まる。


「まあ結論だ」


 ラグスは笑う。


「型も理屈もねえけど――

 普通に強えよ、お前」


 あの人は、ほんの少しだけ肩をすくめた。

 照れているのか、興味がないのか、相変わらず分からない。


 でも、さっきより呼吸が軽い。

 ほんの少しだけ、嬉しそうに見えた。


 たぶん、気のせいじゃない。

主人公は微かな記憶から覚えている限りの動きを繰り返した結果、映画や漫画の動きがごちゃ混ぜになったよく分からない武術を使う様になりました。

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