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第五話 気配

腹はまだ痛む。喉も乾いている。

それでも、今日は死なない気がしていた。


昼の町は騒がしい。

荷馬車の軋み、怒鳴り声、笑い声、どこかで肉を焼く匂い。

全部自分とは遠い世界のものだ。


人の前に出ないようになっていた。

声が出ないせいで、ぶつかっても言い返せない。

「違う」と言えないなら、最初から避ければいい。


そんな考えが自然に身についている。


裏通りに踏み込むと、空気が変わる。

湿った臭いも、暗い影も、耳に入る騒音より落ち着いた。


昨日歩いた道を選ぶ。

足は勝手に、壁や影を縫うように動く。


袋の山に近づこうとした時だった。


ぞくり、と背筋を撫でる感覚。


何かいる。


足を止めた瞬間、袋の陰から男が現れる。

無精ひげの大柄な男。

舌打ちして去る。


見られていない。

けれど、あと一歩違えばぶつかっていた。


偶然だ、と言い切れなかった。


――気配。


言葉より先に体が感じていた。


昨日はなかったはずの感覚。

いや、昨日は気づけなかっただけかもしれない。


少年は喉に手を当て、息を押し出すように吐く。


声にはならない。

でも胸の奥が冷たい水で洗われたみたいにすっと軽くなる。


袋を漁り、拾えるものを拾う。

噛み切れないパンの欠片。

ぐずぐずになった果物の芯。

よくわからない乾いた何か。


それだけで胃に落ちる重量感が違う。


歩きながら、指先に違和感。


手が、金属の輪に触れる。


指輪だ。


いつの間にか、指にはまっていた。

はめた記憶はなく、痛みも窮屈さもない。


抜こうとは思わなかった。

ただの輪っかだ。

宝でも呪いでもない。


気が向いたら外す。

今はその気分じゃない。


そんな程度のこと。


夕暮れになり、影が長く伸びる。

人が減り、裏通りが世界の端みたいに静かになる。


少年はゆっくり歩きながら気づいた。


風の流れ。

踏んだ土の湿り。

遠くの足音。


世界が、昨日よりほんの少しだけ近い。


それでも誰もいない。


声がないから、孤独が皮膚の内側に貼りつく。


だけど、心の中だけははっきりしていた。


――今日も生きた。


声にならない言葉が胸に沈む。


そして少年は影の中へ消え、

今夜眠れそうな隙間を探す。

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