第34話 帳尻を合わせる者
ラグスは、報告書を最後まで読まなかった。
目を通したのは冒頭と、結果だけ。
途中は、指で軽く弾いて終わりだ。
「――消えたか」
部屋は下層区にしては静かだった。
厚い石壁と、余計な窓のない構造。
声が外に漏れない。
「はい」
報告役の男が答える。
感情はない。ただ事実だけを運ぶ声。
「倉の中で。争った形跡は薄いです」
「痕跡は?」
「処理済みかと。流れが消されています」
ラグスは鼻で笑った。
「雑じゃねえな。下層の連中の仕事じゃない」
椅子に深く座り、指を組む。
頭の中で、情報を並べ替える。
・誤った下見情報
・倉の人払い
・痕跡の消失
・年少組一名のみ消失
偶然が重なるには、綺麗すぎる。
「上か」
誰にともなく言った。
報告役は、何も答えない。
答えられない、が正しい。
「……で、生き残りは?」
「二名。怪我なし」
ラグスは、そこで初めて目を上げた。
「ほう」
指で机を叩く。
一定のリズム。考え事をするときの癖だ。
「いつも通り、運が良かっただけか?」
「……一人は、例の孤児です」
その一言で、空気がわずかに変わる。
「刻印をいじってるってやつか」
「はい。今回も、生還しています」
ラグスは少し考え、口の端を歪めた。
「なるほどな」
ヴァシュが消えた理由は、もういい。
帳尻は合っている。
問題は、合わなかった部分だ。
「失敗の原因は三つだ」
独り言のように言う。
「一つ。情報が最初から誘導されていた」
「二つ。現場に、上の手が入ってた」
「三つ――」
そこで言葉を切る。
「……想定より、しぶとい駒が混じってた」
刻印を並べ替える孤児。
普通なら効率が悪く、真似する価値もない。
だから、見逃されていた。
「上はな、駒が消える前提で盤を組む」
「だが、生き残る奴が出ると、歯車が鳴る」
ラグスは立ち上がり、窓のない壁を見る。
「次は、失敗しねえように来るぞ」
「……どうします?」
少しの沈黙。
「放っとけ」
「今は、な」
消えたヴァシュは、もう戻らない。
だが、生き残った二人は――使える。
「刻印構成、探っとけ」
「深入りはするな。潰すな」
それが、ラグスなりの線引きだった。
「生き残ったってことは、才能だ」
「才能ってのはな、殺すより使った方が安い」
部屋を出るとき、ラグスは一度だけ立ち止まる。
「……この街、そろそろ静かすぎる」
誰にも聞かれない声で、そう呟いた。
下層区ではまた一人、名前のない孤児が消えた。
そして同時に、
消えなかった存在が、確かに記録された。
それだけで、次の仕事はもう決まっている。
この街では、
生き残ること自体が、目立つ行為だった。




