第30話 刻まれた数
仕事の切れ目の夜。
俺は寝床の隅で腰を下ろし、集めたガラクタを並べた。
数は五つ。
どれも拾い物だ。
欠けた金属片。
歪んだ指輪台。
古い革留め。
割れたバックル。
薄い板金。
それぞれに刻まれているのは、一文字だけ。
浅く、雑で、読み取りづらい。
それでも触れると、かすかな反応が返ってくる。
首飾りには四つの刻印。
指輪には二つ。
この数は、もう疑いようがない。
そして手甲。
左手の革の内側、指の付け根から手首にかけて、三文字。
ただ――意味が掴めない。
一文字ずつなら感触はある。
だが三つをまとめて読むと、輪郭がぼやける。
構造。
材質。
厚み。
空洞。
“結果”だけが先に来て、刻印そのものの意味が言葉にならない。
高位じゃない。
たぶん、工作用。
そういう予感だけが残る。
まずは指輪。
二つの刻印を、意識の中で並べる。
世界の輪郭が、きゅっと締まった。
暗がりでも形が崩れにくい。
距離感が狂わない。
――《輪郭強化》。
頭の中に、静かに収まる。
一つ目。
次に首飾り。
四つの刻印を順に回し、最も抵抗の少ない並びを探す。
呼吸と鼓動が揃う。
視覚と聴覚のズレが消える。
――《感覚同調》。
二つ目が、内側にセットされる。
二つを重ねる。
刻印の順序を、さらに詰める。
噛み合った瞬間、視界の端に細い“線”が走った。
人の気配の残り。
空気の歪み。
隙が、糸みたいに浮かぶ。
――《気配感知》。
三つ目。
ここまでは、安定している。
まだ余裕がある。
今なら、もう一ついける。
俺はガラクタを足した。
一字刻印は補助だ。
動きが追いやすくなる。
方向が定まる。
止まりどころの予感が生まれる。
逃げるための組み合わせ。
悪くない。
だが――
四つ目を“セット”しようとした瞬間、
並びが、ばらけた。
線が切れる。
感覚が跳ねる。
頭の中で、刻印が滑り落ちる。
無理だ。
今の俺じゃ、三つまで。
四つ目は、保持できない。
最後に手甲をはめる。
壁に触れる。
床に触れる。
中空。
抜け。
壊れやすい支点。
三文字の刻印は、相変わらず結果だけを寄越す。
理由は、まだ教えてくれない。
刻印は足し算じゃない。
組み合わせと順序。
そして、保持できる“枠”。
確認を終え、刻印を包む。
頼りすぎない。
勘を殺さない。
屋根の影に、視線を感じた。
盗賊ギルドの目だ。
首飾り四。
指輪二。
手甲三。
ガラクタ五。
三つのスキル。
それが、今の限界。
俺は霧の中へ歩き出す。
生きるために。




