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第26話 条件

声をかけられた瞬間、逃げ道はなかった。


路地の出口。

壁。

そして、影。


昼とは違う。

この距離、この立ち方は――敵だ。


俺は首飾りに触れかけて、やめた。

意味はない。

今は、走るか、聞くかしかない。


「安心しろ」


低い声。

街の言葉。

ゆっくりで、雑音が少ない。


「逃げてもいい。追いはしない」


信用できるかどうかじゃない。

逃げた瞬間に殺されない、という判断が先に来る。


俺は止まった。


男は一人だった。

革鎧。

刃物は見える位置に一本だけ。


盗賊だ。

間違いない。


「お前、喋れないんだろ」


胸の奥が、きゅっと縮む。

否定も肯定もできない。

ただ、瞬きが一つ。


それで十分だったらしい。


「構わない。必要なのは口じゃない」


男は一歩、距離を詰める。

近すぎない。

逃げ足を試している距離だ。


「勧誘だ」


そう言われた。


勧誘。

意味はわかる。

前世の知識が、単語だけを引っ張り出す。


「ただし、試験がある」


当然だ。

むしろ、ないほうが不自然だ。


男はしゃがみ、地面に何かを置いた。

布に包まれた、小さな装備品。


「失敗してもいい」


意外な言葉だった。


「寝床は用意する。腹も満たす。数日はな」


条件としては破格だ。

逆に、理由がある。


「成功すれば、これをやる」


布がほどかれる。


見た瞬間、理解した。

俺でもわかる。


――新人に持たせるもんじゃない。


刻印。

はっきりと、整った形で刻まれている。


今まで拾ってきたガラクタとは違う。

意味をなさない線じゃない。

“使われてきた”痕跡がある。


喉が鳴った。

空腹とは別の感覚だ。


「盗みじゃない」


男は言う。


「運びだ。見るだけ。触れるだけ。覚えるだけ」


試されているのは、腕前じゃない。

観察。判断。逃げ時。


――俺向きだ。


男は立ち上がる。


「受けるか、断るか」


断った場合の未来も、自然と浮かぶ。

今と同じ路地。

同じ空腹。

同じいつかの死。


俺は、ゆっくりと頷いた。


声は出ない。

でも、選択ははっきりしていた。


男は満足そうに笑った。


「いい目だ」


そう言って、背を向ける。


「今夜だ。ついて来い」


逃げ道は、まだある。

でも――


俺は、それを使わなかった。


刻印のある装備。

寝床。

試験。


全部、危険だ。

それでも。


いつまでも、こんなことを続けてはいられない。

だが、それはそれとして――


腹は、減っている。


俺は影の後ろを歩き始めた。

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