第20話 炊き出し
炊き出しは、噂通り東区だった。
普段は人通りの少ない広場に、簡素な天幕が張られ、鍋が据えられている。
立ち上る湯気の匂いだけで、腹がきゅっと鳴った。
並んでいるのは、孤児、浮浪者、怪我人。
俺もその列の最後尾に混ざる。
身なりはひどい。
服は擦り切れ、靴底も薄い。
それでも俺は、背筋だけは伸ばして立っていた。
理由はわからない。
たぶん、日本人だった頃の癖だ。
列に並ぶときは、前を抜かさない。
余計な動きはしない。
鍋の前に立ったとき、給仕役の男が一瞬だけ眉を上げた。
次いで、その背後に立つ老人――執事らしき男と、鎧姿の護衛が俺を見る。
視線が、鋭い。
「……」
何か聞かれるかと思った。
身分か、名前か。
でも、俺は黙ったまま、両手を差し出す。
声は出ない。
出せない。
執事は数秒、俺を観察したあと、静かに頷いた。
「よい。与えなさい」
渡されたのは、でかいパンだった。
今まで見たことがないほど、ずっしりしている。
俺は一瞬だけ戸惑い、そして深く頭を下げた。
礼の言葉はない。
代わりに、動作で示す。
護衛の男は最後まで目を離さなかった。
まるで、「違和感」を測るみたいに。
(……気づかれたか?)
そう思ったが、追われることはなかった。
広場を離れ、俺は遠回りして寝床へ戻る。
角をいくつも曲がり、人の気配を避ける。
しばらくは安全。
そう判断した。
パンを半分だけ食べ、残りは包む。
腹が満ちると、頭が冴える。
――今だ。
俺は集めたガラクタを並べた。
金属片、革留め、壊れたバックル。
どれも装備としてはゴミ。
でも、刻印は違う。
一つずつ、触れる。
意識を向ける。
弾かれるもの。
何も起きないもの。
微かに反応するもの。
そのたびに、脳裏に文字にならない形が浮かぶ。
線、円、流れ。
(これは……流速)
(こっちは……向き?)
言葉にすると違う。
理解は、もっと感覚的だった。
指輪の刻印を「核」にして、別の刻印を近づける。
意識の中で、重ねる。
合わないものは、すぐにわかる。
拒絶。
ざらつく感じ。
合うものは――静かだ。
無理がない。
二つ、三つ。
少しずつ、組み合わせる。
すると、視界の端で、気配の“流れ”が見える気がした。
人が通ったあとに残る、空気の歪み。
完全じゃない。
でも、昨日よりはっきりしている。
(……刻印は、足し算じゃない)
組み合わせ。
順序。
相性。
冒険者が高価な装備を欲しがる理由が、少しわかった。
刻印の数じゃない。
「噛み合い」だ。
俺は夢中になっていた。
時間の感覚が薄れる。
だから――
視線に、気づかなかった。
屋根の影。
路地の向こう。
誰かが、俺を見ていた。
炊き出しに並ぶ姿勢。
刻印に没頭する集中。
逃げる気配のなさ。
盗賊ギルドの目は、静かに俺を“覚えた”。
俺はそれを知らないまま、
刻印を一つ、また一つと重ね続けていた。
生きるために。
逃げるために。
――強くなるつもりは、まだなかった。




