第17話 再び
うまく歩けなかった。
体のあちこちがずきずきして、呼吸するだけで痛む。
殴られた腕、蹴られた脇腹、背中……全部が言っていた。
――お前はここにいる資格なんてない。
衛兵に追い返されただけじゃない。
この町に押し戻された。
しかも殴られながら。
門から離れ、俺は路地の影にしゃがみ込む。
しばらく立てない。
指先が震えて、地面に触れるだけで砂利が刺さるみたいだ。
どうしても、涙は出てこない。
痛みも屈辱も怖さもあるのに、涙腺だけがうまく動かない。
けれど腹だけは裏切りなく鳴っていた。
「……」
喋れないとわかっていても、口が勝手に開きそうになる。
声にならない息が漏れただけで、喉の奥がひりついた。
夜が深くなっていく。
どこかで犬が遠吠えをして、別の場所で酔っ払いが笑っていた。
どちらにも俺は属していない。
立ち上がらないと死ぬ。
理由なんて考えなくても、体は理解していた。
足を引きずるように歩く。
気づけば町の外れの方へ向かっていた。
人の声が薄くなる場所。
でも、灯りがぽつりと揺れている。
店の裏口だった。
扉は半開きで、中から薄い明かりが漏れている。
その前に、小柄な人影がしゃがんでいた。
女の人だった。
年はよくわからない。
ただ、とても疲れた目をしていた。
俺と視線が合った瞬間、心臓が跳ねた。
逃げなきゃ。
追い払われる。
殴られるかもしれない。
体が勝手に後ろへ下がる。
でも、相手の手が先に伸びた。
「……おや」
声は驚いたようで、そのあと、何かを察したようでもあった。
俺の全身を見て、息を吸い込む。
逃げればよかった。
でも、足が動かない。
女の人は、俺の腕をすっとつかんだ。
痛くない。
優しいとは言わないけど、乱暴でもなかった。
そして、そばの籠から食べ物を取り出した。
固くなったパン。
肉のかけらが沈んだ冷めた煮込み。
そして、しわしわの果物。
「これで足りるかね。暖かいものじゃなくて悪いけど」
喉がきゅっと詰まる。
ありがとう、って言いたい。
助かった、と伝えたい。
声が出ないとわかっていても、気持ちが溢れ出そうになる。
口を動かしてみる。
ひゅっと息が鳴っただけで、言葉にはならなかった。
女の人は眉を下げた。
「声、出ないんだね」
俺は、かすかに頷いた。
「そうかい。なら、気にしないでいいさ」
その一言で、全身から力が抜けた。
涙が出ない代わりに、胸の奥がぎゅっと絞られる感じがした。
俺は食べ物を胸に抱え、ゆっくりと頭を下げた。
そしてもう一度。
三度目には、膝が折れそうになった。
言葉の代わりに、頭を下げるしかない。
「……気をつけな。裏通りを歩くなら、風に背を向けるんだよ。冷えるから」
そんなふうに声をかけられるのが、久しぶりだった。
いや、この世界に来てから初めてかもしれない。
俺は振り返らずに歩き出した。
泣いているみたいに視界が滲むのに、涙は流れていなかった。
裏路地に戻り、影に腰を下ろす。
パンを口に運ぶ。
固い。
なのに、こんなにうまいものがあるのかと思った。
手の中の指輪が、かすかに温かく感じた。
俺の気のせいでもかまわない。
(まだ終わりじゃない)
声にはできないけど、その言葉が胸の奥に灯った。




