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第16話 外の空気は、死の匂い

 夜が明ける前、少年は歩き出した。


 路地裏の影に潜っていた間とは違う足取り。

 腹は減っているし、体は重い。

 けれど、それでも“今が一番マシ”だと判断できるだけの経験はあった。


 追われている場所にとどまれば死ぬ。

 それだけは確かだ。


 だから、門へ向かった。


 日が昇る前、門番が手を抜く時間。

 冒険者が寝ている時間。

 町全体の注意力が緩むはずの時間帯。


 少年は、薄明の影を縫うように壁沿いを歩く。


 息を潜め、気配を消し、角を曲がるたび首飾りに触れる。

 指輪がほんのり熱を帯びる。

 それは心の中で鳴る警戒ベルとも重なって、歩幅を調整する助けになった。


 やがて、門が見えた。


 まだ閉ざされているが、見張りは眠そうだ。

 そこをくぐれば――


 自由。

 違う。

 たぶん もっと危険な世界。


 でも、この町よりはマシだ。

 そう信じたかった。


 少年は塀の外壁に沿って、膝の高さほどの木柵までにじり寄る。

 夜の間に歩哨が動かしたらしく、隙間が広がっている。

 子どもなら通れる。


 息を殺し、腹をよじり、腕を伸ばし――

 細い身体を押し込む。


 外へ、出た。


 空気は冷たく、湿り気があり、町とは違う匂いがした。

 草、土、夜露、そして――


 獣の息の匂い。


 背筋が凍る。


 目の前の草影が揺れた。


 最初はただ風かと思った。

 次に、何か黒い塊がうずくまっているのだと気づいた。

 さらに目が慣れた瞬間、それが 俺のサイズより大きい何か だと悟る。


 長い手足。

 歪んだ耳。

 光る目。


 町で聞いた噂の単語が、すっと浮かぶ。


 魔物。


 体が勝手に動いた。


 逃げる。

 音も忘れて走る。

 足が絡みそうになっても転ばない。

 指輪の温度が火傷のように指を刺激する。


 背後から何かが跳ねる音がする。

 草を割る音が大きくなる。

 獣の息が耳元に迫るように感じる。


 少年は門に向かって一直線に走った。

 小さな足が石を蹴り、泥を撒き散らす。


 町の壁が見えた。

 門兵も気づいた。


 だが、少年が門に潜り込むと同時に、腕が乱暴に掴まれた。


 「どこに行ってやがった、ガキ!」


 怒声とともに地面に叩きつけられる。


 続けざまに、拳と蹴り。


 痛みで声が出ない。

 それ以前に喉が塞がっているせいで何も叫べない。


 逃げようとして外へ出た。

 帰ってきた。

 それだけなのに、理由も聞かずに暴力だけが降り注ぐ。


 少年は縮こまることしかできない。


 殴られながら、湿った土の匂いに混ざって、外の風が鼻をかすめた。


 怖い。

 二度と出たくない。

 でも――


 外には確かに何かがある。


 それだけが、かすれた希望のように胸に残った。


 衛兵はやっと興味を失い、面倒くさそうに吐き捨てる。


 「次は殺すぞ、名無しの餓鬼が」


 名前がない。

 声も出せない。

 それでも、生き残って戻ってきた。


 少年は血の味を感じながら、痛む体で立ち上がる。


 町にも、路地にも、外にも居場所はない。

 でも、どこかにはあるはずだ。


 指輪が鈍く光り、首飾りが胸元で揺れた。


 少年は今日も、生き延びた。

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