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第15話 罠と転機

 夜の路地裏は、昼より静かで、昼より危険だった。

 少年は胸の奥がざわつくのを感じながら、石畳を歩く。


 食べ物を探す、という大義名分はある。

 だが今夜はそれだけじゃない。


 ――いけるかもしれない。

 町の外へ。

 追手の目をかいくぐって。


 その考えが頭に浮かぶたび、喉が乾き、呼吸が浅くなる。

 怖い。

 でも、もう逃げているだけでは飢え死にする。


 少年は、いつもより暗い路地を選んで進んだ。


 そこだった。


 ぬるりと、気配が動いた。


 足が止まる。

 誰も見えない。

 けれど、真横に「何か」が立っている錯覚。


 ――来た。


 遅かったのか、早かったのかはわからない。

 ただ、追っていた連中がついに本気で仕掛けてきたのだけは理解できた。


 影が余裕を持って近づいてくる。

 足音はしない。

 なのに、暗闇に黒い気配が三つ、四つ。


 少年は反射的に走った。


 石畳を蹴る音。

 自分の息しか聞こえない。

 でも背後の闇は、滑るように距離を縮めてくる。


 袋小路が前に現れる。


 終わりだ。


 そう思った瞬間、脳裏に黒い線が浮かび上がる。


 走れ、壁の上。


 意味があるような、ただの錯覚のような。

 だが考える暇もなく体が反応した。


 壁に足をかける。

 滑るはずの場所が、わずかに踏ん張りを返す。

 指輪が熱を帯び、首飾りが肌に触れた。


 少年は壁を蹴り、横手へ滑り込むように転がった。


 身を引きずって狭い路地の隙間に入る。

 そこは子どもですら窮屈な穴のような通路。

 大人の体格では絶対に抜けられない。


 追ってきた影が入口で止まる。


 暗がりの男が低く声を漏らした。


 「ガキのくせに……いや、刻印か?」


 刻印。

 少年には意味がない言葉だが、どこかで聞いた覚えがある気がした。

 夢のような記憶の底で、誰かがその語を口にしたような。


 男の声が続く。


 「放っておくと面倒な芽を出しやがる」


 口調は苛立ち半分、興味半分。

 だが次の瞬間、短い合図とともに刃が閃いた。


 少年は奥へ走った。

 狭い路地の奥は舗装もない土路地だった。

 どん詰まりかと思った道が、裏通りへと抜けている。


 足元の感覚だけを頼りに闇を駆け抜ける。

 背後では影が怒号を上げ、別の道へ回り込む音が散るように響いた。


 町全体が敵に変わった気がする。


 逃げたはずなのに、胸には次の理解が刻まれていた。


 もはや、この町では生き延びられない。


 盗賊ギルドは遊びで追っているわけじゃない。

 監視でも、警告でもない。

 始末する気だ。


 息が切れて、少年は荒い呼吸のまま影に溶ける。


 この路地裏も、寝床も、拾い物のルートも、全部もう安全じゃない。


 それでも腹は減る。

 食べなきゃ死ぬ。

 死ぬのが怖いから逃げる――その単純な理屈が体を動かす。


 少年はふらつきながらも立ち上がる。


 首飾りが胸で揺れ、指輪が小さく温もりを返す。


 まだ死んでいない。

 そして、これまでより少しだけ遠くへ行けるかもしれない。


 潮目が変わった。


 夜明け前の空が、路地の隙間から薄く青みを帯び始める。


 少年は、息を吐いた。

 次は――外だ。

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