第12話 路地裏の先にあるもの
足音が、石畳を叩き割るみたいに響き渡る。
少年は走っていた。
息が切れて喉が燃える。
肺が裂けるように痛い。
背後では笑い混じりの怒号が追いかけてくる。
「ガキが一丁前に盗みやがって!止まりやがれ!」
衛兵ではない。
声の響きが違う。
油臭い皮服のこすれる音、勝手知った路地の足運び。
街の底で生きる連中――盗賊ギルド。
少年は自分がいつの間にか縄張りのパン屑に手を伸ばしたのだと理解する。
だが意味として理解できても、そのルールは知らない。
知っているはずもない。
掴んだパンの欠片は、小石ほどの価値かもしれない。
それでも、この街の底では、それが「所属」を決める境界線だった。
曲がり角をひとつ滑り、崩れかけた樽を飛び越え、薄暗い通りを抜ける。
追手は2人か3人か。
足音だけでそう感じた。
「ガキの癖に足がはええな!」
楽しくて仕方がないかのような声。
それが余計に恐ろしい。
少年はさらに走る。
肩が壁にすれて服が破れ、膝が何度も石に打ちつけられる。
痛い。でも止まれない。
やがて細い路地が尽きた先に――巨大な市門があるのが見えた。
昼でも影を落とす、黒い壁みたいな門扉。
その向こうは、街じゃない。
少年はそこで、ほんの少しだけ目を奪われた。
城壁の外。
想像すら曖昧な未踏の世界。
森、畑、野原――絵の具を溶かしたような景色が、記憶のどこかからぼんやりと浮かぶ。
日本の風景でも、この世界の断片でもない、混ざった幻想。
背後の足音が距離を縮める。
現実に引き戻され、少年は門へ向かうふりをして、すぐ横へ身体を投げた。
城壁の脇、石造りの排水溝――大人ではまず入れない隙間。
小さな体を押し込む。
埃と泥が肌を刺す。
息を止める。
「どこだ!?」「見失ったか!?」
盗賊たちの声が頭上で響き、通り抜け、足音は遠ざかっていく。
しばらくして、少年はようやく息を吸った。
胸元には、握りつぶしてしまいそうなパンの欠片。
それを見下ろしながら、もう一度、門の方向を見やる。
――壁の外。
知らないものだらけで、危険ばかりかもしれない場所。
けれどここより少しはマシなのかもしれない。
少年の胸に、息のように薄い想いが立ち上がる。
いつか、あっちへ。
その願いは、腹の虫にかき消されるほど弱くて頼りない。
だが確かに灯った。
盗賊の縄張りでも、衛兵の管理でもない場所。
自分の足で歩けるところ。
少年は排水溝から静かに這い出し、暗い路地裏へ戻っていった。
今日のところは、生きることが先だ。
それでも胸だけは、城壁の外に向いたまま。




