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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

マイペースに異世界暮らし

ある夏の始まり

作者: 汐琉

フラグのやつの方が、今の季節とズレているので、今の季節の作品を書きたくなって書きました。


1話完結方式です。


主人公ゆるいので、何か世界観もゆるいです。



●7月◯日



 うだるような暑さの夏の午後。


 エアコンをつけるまでもないと扇風機の風を受けて微睡んでいた私は、市の防災無線の機械が『ぴんぽんぱんぽーん』と何処か間の抜けた音を鳴らした事で意識を浮上させる。



 少しだけ聞こえてくるであろう音に意識を傾ける。

 少しのノイズの後。


『〇〇山の──地内でクマの目撃がありました』


 緊張した様子の担当者の声が紡ぐ内容は、そこそこご近所の事だけれど何処か遠くの世界の事のようで……。


 私は再び微睡みそうになって、


『目撃されたクマの体長は八メートル』


 思わずカッと目を見開いて、上体を起こしてしまった。


「八メートル……!?」


 ニュースか何かだったか、新聞の誤植だったかメールの間違いで、七十メートルのクマが目撃されたと見た気がするので、それと似たような案件なんだろうけれど。

 体長八メートルのクマというのは、私の眠気を吹き飛ばすには十分な衝撃だった。


 すっかり目が覚めてしまった私は、喉の渇きを覚えて冷蔵庫へ向かう。

 中を覗き込んで、麦茶を切らしている事を思い出す。

 先ほど作った麦茶はまだ冷めていないだろう。

 熱い麦茶も嫌いではないが、今は冷たい飲み物が欲しい気分だ。

 幸いにも徒歩数分圏内に自動販売機があるので、そこへ買いに行く事にしようと財布を手に取る。

 Tシャツにハーフパンツ姿という気の抜けた格好だけど、顔見知りのご近所さんはみんな年上の紳士淑女ばかりなので気にしない。向こうも私が何着てようが気にしないだろうし。

 サンダルを履いて玄関を開け、ぺたぺたと数歩歩いた所で道路脇にいた見慣れないお兄さんと目が合う。


 まるで軍服のような服をまとい、身の丈程の剣を背負ったお兄さんだ。

 どうでも良いが服の色はカーキ色だ。


 お兄さんは私と目が合って少し驚いたような顔をしていたが、すぐににこにことした笑顔になって近寄って来る。


「あれぇ? 放送聞こえなかったかな? クマ、出てるって言ってたよねぇ?」


 人懐こい笑顔を浮かべたお兄さんは、軍服っぽい堅苦しい格好からは予想もつかない緩い口調で話しかけてくる。


「……あー、聞こえましたけど、喉乾いちゃって」


 そこで言葉を切り、曖昧な笑顔で頭を下げる。


 そもそもここから車で数十分以上かかる距離でクマが目撃された程度なら、と色んな方面から怒られそうな言葉は飲み込んでおく。

 野生動物なのだから、万が一があるかもしれないし、確かに少し迂闊だったかもとお兄さんを窺うと、気にした様子もなく笑っている。


「そっかぁ。じゃあ、俺が買ってきてあげるから。何がいいの?」


 小さい子扱いみたいでくすぐったいが、お言葉に甘える事にして某有名炭酸飲料の名前を口にして、それを二本頼む。


「わかったぁ。家から出ちゃ駄目だよ?」


 背負っている剣の重さなど感じていないかのように颯爽と駆けていくお兄さん。

 今さらだが、親切なコスプレイヤーさんだろうか。

 なんでこんな田舎にいるのか謎だけど。


 家から出ちゃ駄目と言われてしまったので、大人しく玄関の上がり框部分に腰かけて待つ。

 しばらくすると外からお兄さんの声がしたので引き戸を開けると、笑顔のお兄さんが赤い缶を二本手に立っていた。

「はい、ジュースとお釣り」

 差し出された缶を受け取り、お釣りはお兄さんに押し付けようとしたが、返されてしまった。

 これは想定内だったので、私は二本買ってきてもらったジュースの一本をお兄さんへ差し出す。


「ありがとうございます。お駄賃です」


「……あー、もー、ありがと」


 私が引かないので、お兄さんはガシガシと髪を掻き乱しながらジュースを受け取って去っていった。


「また放送入るまで、おとなしくしてなきゃ駄目だよ?」


 そんな小さい子へ言い聞かせるような一言と、人懐こい笑顔を残し。


「うーん、優しい人もいるもんだ」


 照れ臭さから来るむず痒さを頬を掻いて誤魔化した私は、家の中へと戻ってお兄さんが買ってきてくれた炭酸飲料を開けて飲み始める。

 実は振ってあって噴き出した! みたいな事はなく、お兄さんの心遣いの分いつもより美味しく感じるぐらいだ。

 テレビを見る気にも、スマホを構う気にもなれず、そのまま扇風機の風を受けつつまったりしていると、再び防災無線の機械から『ぴんぽんぱんぽーん』という相変わらず気の抜ける音がした。


 思わず視線をそちらへ向けると、また先ほど同じ担当者の声が聞こえてくる。


『先ほど目撃された体長八メートルのクマは──』


 さっきのは言い間違えだったっていう訂正かなと内心でほっこりしていた私は、次の言葉を聞いて固まる。


『防衛隊によって無事に討伐されました。市民の皆様は外出されても問題ありません。繰り返します……』


 同じ内容の放送が繰り返されているが、私の頭の中ははてなマークが飛び交っていてそれどころではない。


「え? クマ倒された? 体長八メートルの?」


 慌ててテレビの電源を入れると、夕方のワイドショーが流れている。

 ちょうどやっていたのは、総理の進退は〜という少々お堅い話だ。

 しばらく呆然と見ていると、全国の話題からこの地域のニュースへと切り替わり、


「本当に討伐されてるし」


 思わずそんな感想が口から出た。


 それもそのはず。


 一狩り行くぜ! なゲームのモンスター討伐後の勝利画面みたいな画角で巨大なクマが画面に映し出されているのだ。

 素直な感想が口から出たって仕方ない。

 倒されたクマの隣に人が立っていて比較されなければ、ただのクマの映像なんだけど。

 動物愛護団体とかはうるさそうだなぁと思うぐらいで。


 しばらくボーッと討伐されたクマを眺めていたら、画角が変わってクマを討伐したであろう人達が映し出される。

 その人達が揃いで着ているのは、見覚えのあるカーキ色の軍服っぽい服。

 携えているのはコスプレイヤーかと突っ込みたくなる武器の数々。

 太刀や弓、槍、あとボウガンぽいやつ。

 武器に明るくない私に分かるのはそれぐらい。

 防衛隊の活躍を語るナレーションを聞き流しながら、さらに見ていると大剣を背負った背中が見切れる。

 よく見たくて思わず身を乗り出したが、カメラのレンズは別の所へと向けられてしまい、討伐されたクマの話題も終わってしまう。




 まるで日常のニュースを流したような、そんなサラッとした感じで。



 ここでやっと私は違和感に気付いた。



 昼寝から起きた後、ずっと放置していたスマホを手に取る。



 青い鳥からアルファベット一文字になったアレを私はしていないが、こんな大ニュースがあればソレで色々な人が呟いているのではと思ったのだが……。


「……ほとんど話題になってない、だと?」


 たまに話題にしている人も、よくあるよねー、的なのと、防衛隊マジイケメン、というファンの方々っぽい呟きだけ。

 ナニソレ怖いとかマジか!? とか私みたいな感想を抱いた人はいないらしい。


 流れでネットニュースを見ていくと、何とかさんちの猫又ちゃんとか、外国の湖の巨大モンスターが狩られたとか、逆に巨大なイカが船を沈めたとか……。


「フェイクニュース……?」


 そう言いたくなるようなニュースがサラッと日常に紛れて存在している光景がそこには広がっている。

 大物カップルがくっついたとか別れたとか、新しいアニメ映画が人気だとかのニュースと並んで、普通にモンスターのニュースが存在している。


「……すてーたすおーぷん?」


 呟いてみたくなって口にしたが、何も起こらなかった。

 誰も見てないけど、恥ずかしい。


 だけど、確実に。


 私の頭が狂ったとかではなければ、ここは私の二十年間過ごしていた世界ではなさそうだ。


「えー……これも、一応、異世界転移? というより、パラレルワールド?」


 パラレルワールドだとして。


 そこへ転移した場合は、異世界転移で良いのだろうかとどうでも良い事を悩みながら、私は程良く冷めた麦茶を容器に移して冷蔵庫へ入れるのだった。




●7月▲日



 一晩寝て。

 よく冷えた麦茶を飲み。


 ここが異世界かパラレルワールドか悩んでいたけど、よく似た異世界という分類で良いのかも。

 私の認識だと、パラレルワールドなら、ここで暮らしていた『私』がいると思うのだけど、どうやらそれは存在しないらしい。

 昨日のクマの後、たまたま近所の方と会う機会を得たのだが、まっっったく知らない人達だった。


 そして、私と家を見比べて。


『いつの間に家ごと越してきたんだ?』


『まぁいいか、ご近所同士よろしく』


『若い人が増えるのは嬉しい』


『若者の危険手当増額されて良かったのう』


 などと口々に言いながら歓迎してくれた。

 まったく知らない人達だったが、今までのご近所さんと変わらない田舎のズケズケしてお節介だけど人の良い紳士淑女ばかりで良かった。


 というか家ごと引っ越して来た事になるんだな、私。

 

 昨日ジュースを買いに行こうとした時誰も外にいなかったのは、防災無線を聞いて建物の中に待機していたかららしい。

 お隣のおじさまは、私が出てしまった事に気付いてどうやって止めに行くか悩んでいたら、あのお兄さんがちょうど通りがかって止めてくれて安堵したと話してくれた。

 他の人達は私があのタイミングで外へ出てしまったという事に驚き、心配して怒ってくれた。

 本当に良い人達だ。

 元の世界へ帰られるかわからないが、とりあえず仲良く出来そうな人達がご近所で良かった。



 そう言えば、先日は慌てていたし、動揺しまくっていてわからなかったが、落ち着いてよく見れば流れてくるニュースの芸能人や政治家は、誰も彼も知らない顔だった。

 元より私がそういう事に興味が薄いせいもあって、昨日は気付けなかった。


 大人気! とニュースになっていたアニメ映画も、私が予想していたアニメ映画とは違うものだった。

 そちらは少し観たかったのでちょっとだけ残念だ。


 代わりというか、私が契約していた動画配信サービスはそのままこちらでも契約されているようで、普通に使えたのでこちらのドラマやアニメなどを楽しむ事も可能だ。


 庭も一緒について来てくれているタイプの異世界転移だったので、私が裏庭でやっていた家庭菜園もそのままだ。


 ちょうどキュウリが採り頃だったのを思い出したので、台所にある勝手口から裏庭へ出てキュウリを採る。


 採れたてなので、トゲトゲがツンツンな新鮮なキュウリだ。


 このまま丸かじりも美味しそうだが、塩昆布とごま油と混ぜて……とキュウリをカゴに入れながらレシピを考えていた私は、視線を感じた気がして周囲を見渡す。

 すると、よく言えば自然そのままで趣ある我が家の茂みから何かがこちらを見ている。

 ぎょろりとした大きな目は、明らかに人の物とは違う。

 いきなり異世界生物と遭遇かと身構えて、恐る恐る後退りしていた私は、視線の主が見ているのが自分ではない事に気付いて動きを止める。


「えぇと、これ欲しい?」


 なんとなくだが敵意はなさそうなので話しかけてみる。

 これで意思疎通出来れば儲けもんだ。

 無理そうならカゴぶん投げて勝手口へダッシュ一択。


 無言で窺っていると、茂みが大きく揺れる。

 どうやら茂みの中にいる視線の主が首を上下に振っているようだ。

 それに伴い、きゅわきゅわ、謎の鳴き声が聞こえてくる。


「じゃあ、ここに置いておくから」


 存外に可愛らしい鳴き声に癒されながら、私は採ったばかりのキュウリの半分をその場に置いてから屋内へと入る。


 台所の窓からこっそり外を窺っていると、茂みから出て来たのは緑色の肌を持つ小学校低学年ぐらいの背丈をした二足歩行の生き物。

 異世界ファンタジー定番のゴブリンか!? と思ったが、よく見ると違う。


 頭にはふさふさとした毛と丸い皿。顔にはクチバシ。手には水かき。背中には甲羅。


 どう見てもあれだ。


「カッパか」


 心の声が洩れてしまい、カッパくんにも聞こえてしまったようだ。

 もともとぎょろりとしていた大きな目を真ん丸くして私を見たカッパくんは、脱兎の如く逃げ出すかと思われたが、その先の行動は予想外だった。

「きゅわ」

 キュウリを両手に持って私を見ると、ぺこりと頭を下げて急ぐ様子もなくとてとてと歩いて茂みの奥へと去っていった。

 転移前は竹やぶだったうちの茂みの奥だが、転移後はもしかしたら水場があるのかもしれない。



「怖い見た目の方のカッパじゃなくてよかった」



 本日の感想はこれに尽きる。



 よく友人から「ズレてるよね」と呆れられていた私だが、今は良い方にズレているのだろう。



●7月✕日




「おや、今日も来たの?」



 異世界効果なのか、今日も大豊作な家庭菜園を前に腕組みをしていると、背後の茂みがガサガサとしてここ数日で見慣れた顔が現れる。

 肌が緑で目がきゅるんとした意外と可愛らしい隣人(?)のカッパくんだ。

 ご近所さんに聞いたら、カッパくんはイジメたりしなければ害はなく、逆に色々助けたりしてくれるタイプのモンスターらしい。

 まだここの生活には慣れないが、テレビを見ていると普通に朝の番組の『本日のお犬様』コーナーでケルベロス的な子が出て来たり、コボルトなのか二足歩行の子が出て来たりするのだ。

 嫌でも慣れてきてしまう。

「きゅわ」

「美味しい? よかった、よかった」

 最初はキュウリを持って帰っていたカッパくんだったが、最近は作業をする私の隣で一本食べていく。

「きゅわきゅわ」

 感想なのかお礼なのかわからないが、そんな一言を残して頭を下げて去っていく律儀なカッパくん。

 野菜は何でも好きらしく、トマトも喜んでもらっていってくれた。

 人だろうがモンスターだろうが、愛想が良くて礼儀正しい子なんて、可愛がらない方がおかしいよね。

 本日も『カッパくんの頭を撫でる』という裏ミッションは達成出来なかったが、可愛い笑顔を見られたので良しとしよう。



 本日は朝から相当暑い。

 麦わら帽子を引っ張り出して被り、家庭菜園へ向かう。

 いつもやって来るカッパくんの姿が見えないが、仕方ないだろう。

 一応カッパくんの分のキュウリを平らなザルに乗せて日陰に置いておく。

 作業を一段落させて、汗を拭いながらふと疑問を抱く。


「なんか家庭菜園広がってない?」と。


 ぐるりと見渡すと、やはり何か広がっている気がする。

 しばらく眺めてみたが答えは出ないので、眺めていたらトウモロコシが食べ頃になっているのに気付いたので、トウモロコシを収穫する。

 ご近所さんにもお裾分けだなぁと呟いている私はちゃんと気付いているよ。


 トウモロコシなんて植えてない、と。


 まぁ、この世界に突然来ちゃったような私が今さら気にする事でもないかと流しただけ。




 順調に私はこの世界に順応してしまっているいるようだ。



 ちょうど仕事も辞めたばかりだし、心配してくれるような家族もいない。



 これは神様がくれた少し変わった夏休みだと思って、少しのんびり過ごすのも良いかもしれない。



 うんうんと頷いていると、お馴染みになった防災無線からの放送が聞こえてくる。



『ぴんぽんぱんぽーん。〇〇川に体長五メートル程の鮭が……』



 夜は冷凍庫に入れてあった塩鮭を焼いて食べよう。



 ──特に深い意味はない。



いつもありがとうございますm(_ _)m


夏休みの午睡中に見た夢。


そんな雰囲気目指してます←え

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