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【第六話(最終話)】 「ラスト・マーチ」



春の風が、古い駅舎をなでるように吹き抜けていく。

廃線となった旧・高松線。そのホームに、今ではもう列車は来ない。


北川剛志は、妻の車椅子を押しながら、静かに歩いていた。


「剛志さん、まだ歩ける?」

「……ああ。今日が最後だからな」


「最後?」

「ここを一緒に歩くのは、ってことだ」


この旧駅舎は、剛志が若いころ、命をかけて設計した場所だった。

当時は“未来の玄関口”とも呼ばれた駅も、今では町の人すら忘れかけている。


でも澄江は、言った。


「ここを歩くとね、あなたが若かったころの背中が浮かぶの。まっすぐで、熱くて、ぶっきらぼうで……でも、ちゃんと“未来”を信じてた背中」


剛志は黙って聞いていたが、やがて、ポツリとこぼした。


「お前と歩けて、よかった」


澄江はゆっくり笑った。


「腰をふりふり 歩いてゆこう……って、昔の歌にあったでしょ? 私たち、ずっと歩いてきたわよね」


「お前の“ふりふり”は今じゃ車椅子だけどな」


「失礼ね。でも――そうよ、一日一歩。ちゃんと、365日重ねてきた」


剛志は立ち止まって、深く息を吐いた。


「……今日で、お別れだな」


「ええ、駅とは、ね。でも私たちはまだ“途中”よ」


そのとき、どこからかラジオの音が微かに聴こえてきた。


「しあわせは 歩いてこない

だから歩いて ゆくんだね」


懐かしいメロディ。澄江がそっと口ずさみ、剛志も珍しくそれに合わせて、ぼそぼそと歌いはじめた。


「一日一歩 三日で三歩

三歩進んで 二歩さがる」


空は晴れて、少しだけ泣きそうな色をしていた。


「人生は ワン・ツー・パンチ

汗かき べそかき 歩こうよ」


「あなた、私のこと押すの、上手になったわね」

「そりゃあ、毎日押してるからな」


「あなたのつけた足あとにゃ

きれいな花が咲くでしょう」


剛志は目を細めた。

ホームの先には、かつて花壇だった小さな空き地があり、そこに今年も野の花が咲き乱れていた。


「……あれは、お前が植えたやつか」

「ええ。20年前。まだ私が元気だったころにね」


ふたりはその花の前で、しばし立ち止まった。


そして、剛志が言った。


「なあ、澄江。俺の“ラスト・マーチ”は、お前と一緒がいい」

「もちろんよ。今日も明日も、あなたの隣が私の道」


その言葉に、剛志は深く、静かにうなずいた。


そしてまた、ふたりは歩き出す。


右足を出して、左足を出して。

三歩進んで、二歩下がって。

それでもなお、しっかりと。


この歩みこそが、ふたりの365日であり、未来へのマーチだった。


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