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8.

 灯りはテーブルの上に立てられている太い蝋燭だけだ。室内は薄暗く、しかも悪魔の嫌う匂いだという香が焚かれているから、煙たい上に室内全体に靄がかかっている。

 鉄壁の悪魔除けが施された大広間のはずだが、どう見ても悪魔信仰の集会場だ。真っ当な伯爵家の令嬢としてあるまじき装飾だ。


 しかし、ここにツッコミを入れる者は誰もいない。両親も笑顔で地獄の入り口のような広間を見回す。

「サンドラちゃんも家政のお勉強には熱心ですもの」

「きっと立派な女主人になれるだろうな」

 部屋の暗さにもキツい香の匂いにも家族は慣れていた。


 こんな晩餐会準備があってたまるか、と室内に控えていた使用人たちは心の中でツッコミを入れる。彼らも真っ黒いローブを着せられ、謎の杖を持たされ、室内の魔除けの結界の一部をさせられている。どう見ても悪魔召喚を行いそうな身なりだ。


 お嬢様が成れるとしたら立派な魔女だろうな、と料理を運ぶために待機している給仕たちも心の中でツッコミを入れる。サンドラは料理にこそ口出しはしないけれど、場の雰囲気に合わせた料理を作るのも貴族家専属料理人の務め。この魔物の住処のような晩餐の間に相応しい料理を作るため、料理長はいつも発狂するほど頭を悩ませている。

 だがしかし、この屋敷で御令嬢の行いを非難するものは誰もいない。三日前にこの屋敷に赴任したメイドも、明るい世界に別れを告げたような顔で黙って壁際に佇んでいる。


 フェルセン伯爵家令嬢サンドラは、この家ではただの勉強熱心で内気な少女なのであった。


「失礼いたします、伯爵様、奥様、御子息様、お揃いのところご無礼お許しください」

 大広間のドアを開き、入ってきたのは従僕のスウェンである。主人がいる時に広間に入っていい身分ではないが、彼も普段から黒いローブを纏ったサンドラ付の使用人であるため、だいたいの例外は許されていた。


 片眼鏡を付けているのは視力矯正ではなく、サンドラの選んだ魔除けの品である。眼鏡からぶら下がるのはチェーンではなく、悪魔をも殺す毒を持つという蜘蛛を象った物、と聞かされているが、あまりに精巧に出来ているため本物の蜘蛛にも見える。スウェンは感情のないような顔をしているが、毎日魔除けの品をつける時は、これはレプリカだと己に言い聞かせてつけている。


「どうした」

 訊ねなくても、スウェンが担いでいる珍妙な像を見ればサンドラに言いつけられた仕事だろうことはわかる。だが、礼儀としてマルティンは声をかけた。


「はい、サンドラお嬢様のご指示で、こちらの彫像を運んでまいりました、これは皆様方が広間に入ってから配置するようにとのお言いつけです」

「わかった、サンドラの言うとおりにしなさい」

「ありがとうございます」


 許しを得てスウェンは像を大広間の隅、唯一空いていた手前左の角へ配置する。背の高い従僕と同じくらいの高さがある木彫りの像だが、スウェンの足取りは軽い。

 彼も魔術の才能があったため四年前からサンドラの助手も務めている。主な仕事はサンドラの身の回りの力仕事だ。見た目はひょろりと背ばかり高い青年だが、それでいて彼はなかなかの力持ちだった。


 スウェンは像を置き、何やら呪文を唱えてから速やかに退室した。

「ああ、この像は初めて見ます、また新調したんですね」

「お兄様触らないでくださいまし!」

 ロベルトがたった今置かれた大きな像に近寄った時、少女の鋭い声が飛んできた。


 広間の入り口から闇を背負ってやって来たサンドラである。


 何故闇を背負っているかというと、単純に屋敷全体が暗くなっているからだ。相変わらず魔除けの品をじゃらじゃら鳴らしながら、暗い廊下から暗い広間へ入る。


 サンドラは基本的に地下の自室から出てこない。屋敷の中だとしても、彼女が移動するには全ての窓を閉め切りカーテンも閉め、外へ通じる場所全てに結界を張り、悪魔を感知する儀式を屋敷中に施さなければいけないのだ。

 だから、面倒臭いのでサンドラはあまり部屋から出ない。悪魔祓いをしなければ安心できないサンドラでも、毎度儀式を行うのは面倒臭いという感覚はあった。


 そのため、地下室はサンドラが暮らすとなった時点で改装され、キッチンも風呂もトイレも完備されているから、生活にまったく支障はない。貴族家ならば、親子であっても用があれば当主の部屋に娘を呼びつけるのが常識だが、フェルセン夫妻は娘の部屋に自ら赴くことを厭わなかった。


 そんな彼女の凡そ一ヶ月ぶりの外出である。屋敷内だが。いつもの真っ黒いローブは脱ぎ、余所行き用のドレスに身を包んでいる。

 だが、ドレスは真っ黒だし、長袖で襟は首まで覆い裾は床に付くほど長いから、全身黒ずくめなことは変わりない。頭には深いフードの代わりに黒いレースのベールを被っている。まるで葬式のような服装だが、こんなに禍々しい宝飾品を付けて葬式に参列する令嬢はいないだろう。


「すまんすまん、この魔物たちを踏みつけている鼻の長い生き物は初めて見たからな」

「グルズモア教の神獣ですわ、ルーディア族の古き言い伝えにある悪魔を倒す巨獣ですの、この部屋の結界を最も強固に保つために寸分のずれも許されないのですよ、決して手を触れないでくださいまし」

「ルーディア族といえば東の山岳地に住んでいるという民族だね、サンドラの研究も東の果てまで行ったか」


 ロベルトは神経質なサンドラのことも微笑ましく見守る。グルズモア教なる宗教はさっぱり知らないが、こんな妹を持てば嫌でも異文化への理解は進む。詳しくは知らないけれど、サンドラの研究がいよいよ世界全土にまで至ったことを心から誇らしく思っている。

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