7.
「ただいま帰りました父上、母上」
三日後、予定通りフェルセン家嫡男のロベルトが領主館に帰ってきた。
本当は昼には到着していたが、屋敷の玄関を潜った時点でサンドラの悪魔祓いの儀式が始まったので、両親に挨拶できたのは晩餐会の直前であった。
「まあ、今回もたくさん付けてもらったのね」
フェルセン伯爵夫人カリーナは、半年ぶりに会う息子の元気な姿に目を細めて微笑んだ。家族だけの晩餐会だが、きちんとパーティー用のドレスを着こみ、豊かに波打つ茶色い髪を綺麗に結い上げている。
髪は綺麗だが、頭には魚人のような魔物の剥製をそのまんま乗っけたような髪飾りを付けていた。
海神を祀る部族の守り神とされている魔物だそうだが、カリーナの真っ赤な瞳と相まって魔族の貴婦人のような姿になっている。娘から贈られた魔除けの髪飾りをカリーナは大事にしていた。
「ハハハ、まるで宝飾店の展示棚のようだな」
マルティンも息子の姿に笑い声をあげたが、彼も息子のことは言えない。伯爵という地位に相応しい正装をしているけれど、その首には髑髏が連なるようにデザインされた大きな首飾りを付けている。
これもサンドラから贈られた魔除けの品だ。髑髏一つ一つの目の部分に青い石が埋め込まれていて、お父様の瞳の色と同じだから魔除けの効きが良いだろうとかなんとか解説されたが、娘が自分に似合う物を選んでくれたというだけでマルティンは大層喜んだのだ。
両親に笑顔で迎えられたロベルトは、半年ぶりの帰省なので誰よりも多く、有りっ丈の魔除け道具を身に着けていた。
貴族の遠出用の衣装のまま、首にも両手にも両足にもジャラジャラと禍々しき宝飾品を大量につけて、頭にも角の生えた王冠のようなものを被っているから、母親似の茶色い髪も父親似の青い瞳も隠れてしまっている。
魔除けを付けているはずなのに、ロベルトこそすっかり魔界の帝王のような有様になっている。こんな恐ろし気な宝飾店の展示棚はない。
「この噎せ返るような香の匂い、我が家に帰ってきたなと実感できます」
しかし、ロベルトは気にせず両親と共に笑っている。兄も妹の奇行には慣れていた。
本当なら晩餐会の前に旅装束を着替えるべきなのだが、身に着けている魔除けの品々を無断で取るとサンドラが発狂するから、着替えずに晩餐の間へとやって来た。
両親もわかっているから気にしないし、使用人たちは馬車を降りる前に適切な衣装に着替えていただくべきだったと反省する。次期当主の身支度が済んでいないのは使用人の落ち度である。お嬢様の奇行があるとしても、それを含めて準備を進めるのが一流の使用人であった。
「今夜も晩餐会の装飾を取り仕切ったのはサンドラですね」
ロベルトが踏みこんだ屋敷の大広間は、豪華な内装が見るも無残に恐ろしく、暗澹たる飾りつけに埋め尽くされていた。
そもそも、家族だけの食事ならば食堂で取るべきだが、ここフェルセン家の領主館は、サンドラが引き籠って以来パーティーを開くことが無くなったため、大広間の使い道も無くなってしまった。
だから、せめて家族が揃う時の晩餐会だけは大広間を使おうと当主が言い出したのだ。
あと、単純にサンドラの悪魔除けの道具や彫像が大き過ぎて、食堂だと少々手狭なのだ。
入らなくもないのだけれど、威圧感のある彫像に遮られて家族の顔も見えないという状態では、おどろおどろしい品に慣れているフェルセン家の者たちでも、流石に圧迫感に耐えきれなかった。そのため、悪魔除けの結界を強める時は大広間を使うことにしたのだった。
今の大広間は、大きなガラス窓は全て分厚い黒い布に覆われ、神の力を宿しているというロザリオによって強力な結界を施されている、らしい。
部屋の四隅には大きな像が立てられているが、何を象った像かはわからない。どれも悪魔を倒す神やそれに類するものらしいから、とりあえず恐くて強そうということだけはわかる。
柱は天井にまで美しい彫刻が施されているのに、それらも黒い布に覆われているから、天井にぶら下がるシャンデリアに火は入れられていない。火事の怖れがあるし、シャンデリアにもお面や人形や生き物のミイラらしきものがぶら下がっているから、迂闊に蝋燭など立てられない。
テーブルの上にも、普通なら綺麗な花でも飾られるべき場所に奇妙な彫刻が並べられ、各自の椅子も人の顔や魔物の姿などを象った彫刻が施されている。古今東西あらゆる文化の魔除けを集めているから、室内に統一性はなく、異文化がめちゃくちゃに混ざり合った闇鍋の如き様相である。
私はアダムスファミリーが大好きです。
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