63.
「まあ、悪魔への対処ならヴルがいれば充分か」
黒魔術師を無理に加入させる必要はないか、とテオドールは一人頷いた。ヴルも心得たと言わんばかりに飛び出してきて、可愛らしく胸を張っている。相変わらず紐に繋がれているイフちゃんがケッと唾を吐いた。
その態度にサンドラは物申さずにはいられない。イフちゃんの態度の悪さもだが、テオドールと火の精霊の無邪気さに、溜息を吐く。
「こんな末端の悪魔を数体倒した程度で、勝った気にならないでくださいまし」
サンドラだけは知っている。
この物語の終盤には、魔王に賛同した悪魔たちが人間界へと雪崩れ込み、各地で大軍を作り王都へと進行するのである。
下等悪魔ばかりだとしても、一国の軍隊にも匹敵する数が揃えば、勇者一行と中級の火の精霊だけでは到底太刀打ちできない。
だからこそ、サンドラは悪魔除けの手を緩めない。杖を新調し、家族の魔除けの品も一新したのは、悪役っぽさを増強するためではない。新たなる敵に立ち向かう門出とするためだ。
だが、それは未来の話しである。
今そんな話をしたところで、どうしてそんなことがわかるのかと言われてしまえば説明できない。
サンドラはできる限り真剣な面持ちで、相変わらず顔は前髪とフードに隠れて見えないから、雰囲気だけは重々しく、勇者たちに忠告する。
「悪魔の脅威が去ったわけではありませのよ、今も虎視眈々と人間社会を蝕む機会を伺っておりますわ」
サンドラの真に迫る雰囲気を感じ取ったのか、鳥たちが一斉に曇天へと飛び上がり、ぐずっていた空はゴロゴロと雷鳴を唸らせる。
「おまえが?」
「悪魔がですわ」
勇者のツッコミに、なんで私が人間社会を脅かさねばならないのか、とサンドラはイラっと言い返した。
だが、勇者だけでなく、サンドラの家族以外の全員がサンドラこそ元凶かと思った。
残念ながら、見送りのために並んでいたフェルセン伯爵家騎士たちも、サンドラの言葉は悪の親玉の台詞にしか聞こえなかった。
口にこそしなかったけれど、ここに並んでいたら自分たちも悪の組織の一員みたいに思われないかなと、ちょっと不安にもなった。
テオドールは素直に訊き返したものの、サンドラの悪役みたいな態度にはもう慣れていた。悪いやつではないのに強面のせいでよく勘違いされる人、というのはどこにでもいるもんだ。
それにしても、サンドラの禍々しく見える雰囲気は異常だ。これはやはり服装のせいなのだろうと、お洒落や身だしなみに興味のない勇者も、服装の影響を考えずにはいられない。
「……何か?」
じっと見つめていたら、サンドラが不思議そうに小首をかしげる。声や仕草は年相応の少女なのに、全体的に見ると気味の悪い婆さんになる。
せめて、顔が見えれば、もう少し印象は良くなるのではないか。そう思って、テオドールはサンドラに手を伸ばした。
前髪とフードをそっと上げて顔を覗き込む。
「普通に可愛いのに」
赤い瞳を真ん丸く見開き驚いている顔は、幼いけれど綺麗に整っている。腐っても伯爵令嬢、美容にも健康にも気を遣われている。引き籠っていたおかげで肌は透き通るように白く、傷も穢れもまったくない。
可愛らしい声や家族の顔を見れば、きっと普通に可愛らしい顔をしているのだろうと思っていた通りだ。もっと普通の恰好をすればいいのに、と服装に無頓着なテオドールさえ残念に思う。
対するサンドラの方は、八年ぶりに、遮るものが何もない状態で他者の顔を見た。
なんの障害もなく、無防備に、他者と眼が合ってしまった。
「き……きぇえええええ!? 悪魔?! 悪魔に憑りつかれるぅぅううう!!!」
「お嬢様!!」
「お気を確かに!!」
途端に発狂したサンドラに、後ろで控えていたフリーダとスウェンが駆け寄る。
「なんてことをするんだ!?」
「何をしてるのテオドール!?」
即座に妹を護るように前に出たロベルトと、勇者を引き剥がすように前に出たアリシアの声が重なる。
絶叫し引っ繰り返る姿は淑女とは思えない醜態であったが、曲がりなりにも高貴なお家柄の、しかも未婚のお嬢様に、断りもなく突然触れるなど無礼千万、非常に不適切な行動である。
「お嬢様への御無礼、大変申し訳ございません!!」
ラーシュはテオドールを羽交い絞めにして、ほとんど土下座するように頭を下げた。今回ばかりはテオドールも失礼なことをした自覚はあるのか、一緒に頭を下げる。
サンドラの狂気に当てられたように、とうとう空からは稲妻と激しい雨が降り注ぎ、一気に辺りは暗い嵐に包まれた。
嵐の中の土下座によって、勇者一行の新たなる旅は幕を開けた。
そんな不安な旅立ちを、サンドラは泡を吹いて失神していたため見ることはなかった。
第一部完結!!
サンドラ・フェルセンの戦いはまだまだ続く!続きはぼちぼち書くので気長にお待ちくださいませ。
あと、主人公と勇者の間にラブが生まれることはありません。絶対にありません。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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